上 下
30 / 83
ルースせんせいのおべんきょうかい

1

しおりを挟む
 ルースのやつが勉強会を開くだなんて言ってきやがった。
 しかもチビと一緒に。

「うっわ……ゴミ溜めみたいな部屋だなあ…よくこんな場所に……ぐはぁ!」

 いつも俺はトガリの作る朝食朝メシの匂いで目を覚ます。だが基本的にオレの部屋へは誰も入れさせない。唯一の例外がチビだけだ。
 戦場では常に気を張ったまま眠っていた。夜襲に対応できる意味ももちろんあるが、最大の敵はいつも隣にいる、自称「仲間」だ。理由は聞かなくても分かるだろ? 寝首をかく奴らはみんな獣人を毛嫌いしている連中か、オレを倒して名声でも欲しいヤツか。
そんな毎日だったから、自分の住処でもいつもと違う起こされ方をされると、意識のほうが勝手に動き出すようになっちまったというわけだ。

「ラ、ラッシュ……さん、なんで……」小さいルースの身体は、俺の無意識の蹴りを食らった衝撃で、ものの見事に向かいの壁にめり込んでいた。

 っていうか、突然俺の部屋に入ってきたお前が悪い。

「あ、トガリはもう明け方早々に仕事に出ちゃいましたよ。なんでも今日は店の掃除もしなきゃいけないって言ってたんで」

 そっか。トガリは近所の食堂みせのコックに決まったんだっけか……
 しかし何故ルースがここに? 朝から調子崩されてワケがわからん。

「トガリ喜んでましたよ。あそこのマスター、寡黙むくちだけどいい人で、うまいメシ作れりゃ種族なんて関係ないって。なもんですから、美味しいご飯作れるトガリは一発採用されちゃいましたしね」

 トガリのいない厨房で、時間が経って冷えたスープに火を入れながら俺は聞いていた。テーブルではチビがパンを黙々と食べている。やっぱり俺に似て大食いっぽいな。

 ルースの話だと、トガリの作る煮込み料理が絶品だとかで、以前からあいつの名は知れ渡っているんだとか。
 確かにな……俺も、そして親方だって。今までにトガリの料理は残したことがなかった。
 美味いとかそういう次元じゃないんだ。口に運ぶたびにさらに腹が減ってくるみたいな、無限に食える気がするんだ。あいつのメシは。

 で、本題に戻ると。

「これ、なんて読むかわかりますか?」
 ルースはさらさらとペンで書いた何かを俺に見せてきた。しかし読み書きを知らない俺にはこんなのさっぱりだ。

「ですよね。読めないですよね……でもそれじゃマズイんです」
 あいつは矢継ぎ早に質問を浴びせかけてきた。向かいの店の看板には何が書いてあるか。リンゴの今日の値段は? さらには俺の名前を書いてみろと言われたら……

 さて、どうする?

「これからは世界もようやく落ち着きを取り戻します。そうなると私もラッシュさんも今みたいな仕事はなくなってしまうのですよ。としたら我々は別の働き口を探さなきゃならないのです。その点、トガリは私たちの中では一番利口です。だけどラッシュさん」
 ルースは台所のカウンターから身を乗り出して、俺と顔を突き合わせてきた。

「あなたはその腕っぷし以外に、なにかアピールできるものがありますか?」

 ……無論、俺にはそんなこと答えられるわけでもなく。

「はい、殴られるのを承知で言いますよ。平和な世界にとっては、あなたは不必要なのです。無能にして無芸大食なデクの棒なのです。そんなことじゃこれからの世の中渡って行くことは不可能に近いのです!」

 本来ならここで数百発はこいつを殴りたい気分だったんだが、今はなぜかその拳にさえ力が入る気が起きてこなかった。
 腹が減っていることもそうだが、こいつの力説することが全て当たっているからだったからかも知れない。

「でも、正直……」ルースは大きくため息をつき、続けた。
「おやっさんを恨みますよ……ラッシュさんに戦わせる事以外、まともな教育をさせなかったあの人に。確かに戦士育成の面にかけては天才的でした、が、その他においては人並み以下のマネジメント能力しか持ちあわせてませんでしたからね……」
 ルースは寂しそうな目をして、最後に付け加えた。

「ラッシュさん、あなたがこの世界で一番の被害者かもしれません」と。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ということで、今日から私がラッシュさんとチビちゃんに読み書きを教えまーす!」
 なんか今日はこいつやけに強気だ。俺も圧倒されてしまうくらい。
 ルースの奴が言うには、読み書きこそが人として最低の教育ラインらしい。
今からでも遅くはない、それにチビも一緒に学べば相乗効果で更に俺の頭は良くなる……んだとか。

「これから私がいる間は、毎朝のごはんの後に読み書きの授業を行います。私が先生ですからね!」
 そう言ってルースは誇らしげに自分の胸をドン! と叩いた。
 読み書きの勉強か……そんなの今まで親方から一度も教わってこなかったな。なんて考えながらパンを頬張っていると、一番最初に食事を終えたルースが、持参してきた大きな肩掛けカバンの中から、何やら黒い板切れを取り出してきた。紙はまだ貴重だから、チョークと黒板を使って勉強するとのこと。全く面倒くさいことになってきやがった。

「るーすおべんきょするの?」チビがたどたどしい言葉で尋ねた。
「いや、チビちゃんがお勉強するんだよ、お父さんと一緒にね」
「おとうたんといっしょー!」チビがいつものように満面の笑顔で俺に抱きついてきやがった。

「あ、そうそうラッシュさん、最初に一つだけ言っておきますが…」
 ルースは俺へと向き直り、ニヤリと不敵な笑みを浮かべてきた。
「お分かりかとは思いますが、学力の面で息子さんに負けないよう、ぜひとも頑張ってくださいね」
 さらに俺の鼻先に、にやけたツラを近づけた。
「そ・れ・と! 先生である私に拳を向けるのは言語道断ですので!」
 勝ち誇ったかのような、まるで俺にガツンと言い聞かせてくるかのようなその口ぶり。
 その日以来、ルースは妙に怖さを増してきたような気がした。

 そしてチビはチビで、早速あてがわれた黒板に絵を描き始めている。
 目付きが悪くて、白く塗りつぶした鼻の上にX印がある。
 これは、まさか…
「できた! おとうたん!」
「よくできましたー、ラッシュさんそっくり!」

 俺たちの毎日は、こうして新しく始まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

異世界召喚されたのは、『元』勇者です

ユモア
ファンタジー
突如異世界『ルーファス』に召喚された一ノ瀬凍夜ーは、5年と言う年月を経て異世界を救った。そして、平和まで後一歩かと思ったその時、信頼していた仲間たちに裏切られ、深手を負いながらも異世界から強制的に送還された。 それから3年後、凍夜はクラスメイトから虐めを受けていた。しかし、そんな時、再度異世界に召喚された世界は、凍夜が送還されてから10年が経過した異世界『ルーファス』だった。自分を裏切った世界、裏切った仲間たちがいる世界で凍夜はどのように生きて行くのか、それは誰にも分からない。

召喚されたけど要らないと言われたので旅に出ます。探さないでください。

udonlevel2
ファンタジー
修学旅行中に異世界召喚された教師、中園アツシと中園の生徒の姫島カナエと他3名の生徒達。 他の三人には国が欲しがる力があったようだが、中園と姫島のスキルは文字化けして読めなかった。 その為、城を追い出されるように金貨一人50枚を渡され外の世界に放り出されてしまう。 教え子であるカナエを守りながら異世界を生き抜かねばならないが、まずは見た目をこの世界の物に替えて二人は慎重に話し合いをし、冒険者を雇うか、奴隷を買うか悩む。 まずはこの世界を知らねばならないとして、奴隷市場に行き、明日殺処分だった虎獣人のシュウと、妹のナノを購入。 シュウとナノを購入した二人は、国を出て別の国へと移動する事となる。 ★他サイトにも連載中です(カクヨム・なろう・ピクシブ) 中国でコピーされていたので自衛です。 「天安門事件」

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...