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S3:猫と盗聴器
31.モジャモジャの大男
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あれから、数日が過ぎた。
ミナトの件は白砂サンとミナミの間で、某かの話が進んだり戻ったりしているらしい。
簡単に言うと、俺達の予想通りにミナミは子供になんの興味も持って無いのだが、"恥ずかしい孫" を手元に置いておくのは業腹だが、"跡継ぎの男児" が居なくなるのは困る…みたいな感情で、伯母サンの態度がハッキリしない…って状況のようだ。
話をシノさん越しに聞かされているだけなので、話の肝心な要点はあまりお知らせされず、曖昧な下世話ネタばっかり供給されるから、本当はどうなっているのかなんて、判るはずもない。
という訳で、俺はいつも通りに店じまいの支度をしていた。
表に出ている三角黒板を片付けながら、何気なく坂の方を見ると、薄汚い大男がフラフラと歩いてくるのが見える。
この路地はウチの店以外、普通の住宅ばっかりだから、近隣住民以外の人間が通るのは、カフェの客と何かの配達員くらいだ。
だがその男はカフェの客っぽくもなければ配達員でもなく、ひたすらモジャモジャに汚いので、俺は不審者を見る目でそいつをジイ~ッと見つめてしまった。
男はまるで魂が抜け出ちゃってるみたいにフラフラ歩いてくると、赤ビルの脇の小道に入って行こうとする。
「あ! あのっ、チョット…っ!」
そこは赤ビルの裏口しか無い袋小路だから、俺は慌ててその男に声を掛けた。
本音を言えば、デカくてモジャモジャの見知らぬ男に声を掛けるのなんかイヤだったけど、不審者を見過ごして赤ビルに入れたなんてバレたら、後でシノさんにコロされるから、ありもしない勇気を振り絞って声を出したのだ。
「あ、多聞サン…」
振り返った男は、虚ろな目で俺を見て、そう言った。
そうして立ち止まった相手をしげしげと見直して、俺はソイツがコグマだとようやく気が付いた。
「うわ…小熊クン、なの? あの、キミ…どうしたの?」
俺の問いかけに、コグマはいきなりワッと泣き出した。
デカくてモジャモジャの男に店頭で泣かれても困るので、俺はコグマをどうにか宥めて、片付け途中の店の中の、試聴コーナーの前に引っ張り込んだ。
「大丈夫?」
「全然、大丈夫じゃありません」
ビビりな内面はさておき、見掛けは常に元気いっぱいで、モテるためだけに身体を鍛え、金髪碧眼をこれ見よがしに自慢して、イケメンぶっていた脳筋バカのコグマが見る影も無い。
無精髭も伸びた髪もファッションではなく、放ったらかしにした結果のモジャモジャだし、髭に隠れて一瞬判らないが、頬もげっそりと刮げ落ちている。
自慢の碧眼も生気がなくて、覇気の無さにムッキムキの筋肉まで萎んで見えた。
「何があったんだよ?」
「多聞サンだって、知ってるでしょう? 僕と聖一サンのケンカ…」
「そりゃ、目の前でやられたからね。でもそんなに思い詰めてるなら、白砂サンと話をすれば良いじゃないか」
「だって…」
「なんだよ?」
「あの日以来、聖一サン、全然口を利いてくれないんです。メールしても返信をくれないし、LINEのメッセージは未読のままだし…。だから僕、気晴らしに新宿や六本木辺りの、常連だった出会い系のバーに行ったんです」
「それで、モテなかったの?」
「まさか! モッテモテでしたよ!」
「なら、良かったじゃん」
「良くありません。誰と付き合っても、全然楽しめなかったんです」
「なんで?」
「………実は…」
コグマはその先の言葉を、モノスゴク小さな声でしか言わなかった。
「勃たなくなったぁ!?」
「ヒドイ! 多聞サン! そんな大きな声で言わなくても良いじゃないですかっ!」
「ああ、ごめん。…でも聞こえてないよ」
俺はチラッと厨房への出入り口に目をやり、白砂サンが出て来る気配が無いことを確認してからそう言った。
白砂サンは営業中は店で何かあるとすぐ様子を見に来るが、閉店後は厨房の念入りな片付け作業に集中していて、滅多なことではコチラには来ないのだ。
「ホント言うと、全然ダメになったワケじゃないんです。だけど誘った相手とイイ感じになってくると、聖一サンに言われた一言を思い出しちゃって。そうなると、聖一サンの顔がチラついちゃうし。それに、ハッキリ言って聖一サンみたいに高貴で美しいヒトは、他に居ません。ちょっと容姿が素敵でも、態度がガサツだったりすると、もうゲンメツしちゃって…」
「そんなら尚更、白砂サンに謝りに行きなよ」
「それじゃ僕が一方的に悪いって、認めるコトになりますよね」
「全部悪いとは言わないケド、キミの方がデッカイの、やらかしてるぢゃん…」
「それは僕だって、解ってますよ…。でも謝りに行くとしても、タイミングってもんがあるでしょ?」
「まぁ、それはあるね」
「だから僕、ここ数日は遊びに行かず、毎日定時で上がって真っ直ぐ帰って来てたんです。でも聖一サン、全然凹んでるように見えないんですよ!」
「は?」
「だって恋人とケンカしたら、誰だって落ち込むでしょ? そのまま別れちゃうかもってなったら、誰だって寂しくなるでしょ? 聖一サンが寂しそうにしていたら、やっぱり僕が傍に居た方がイイって、アピール出来るじゃないですか。なのに聖一サンときたら、そーいう様子が全然無くてっ!」
コグマに切々と訴えられても、俺は素直に頷いてやれなかった。
ミナトの件は白砂サンとミナミの間で、某かの話が進んだり戻ったりしているらしい。
簡単に言うと、俺達の予想通りにミナミは子供になんの興味も持って無いのだが、"恥ずかしい孫" を手元に置いておくのは業腹だが、"跡継ぎの男児" が居なくなるのは困る…みたいな感情で、伯母サンの態度がハッキリしない…って状況のようだ。
話をシノさん越しに聞かされているだけなので、話の肝心な要点はあまりお知らせされず、曖昧な下世話ネタばっかり供給されるから、本当はどうなっているのかなんて、判るはずもない。
という訳で、俺はいつも通りに店じまいの支度をしていた。
表に出ている三角黒板を片付けながら、何気なく坂の方を見ると、薄汚い大男がフラフラと歩いてくるのが見える。
この路地はウチの店以外、普通の住宅ばっかりだから、近隣住民以外の人間が通るのは、カフェの客と何かの配達員くらいだ。
だがその男はカフェの客っぽくもなければ配達員でもなく、ひたすらモジャモジャに汚いので、俺は不審者を見る目でそいつをジイ~ッと見つめてしまった。
男はまるで魂が抜け出ちゃってるみたいにフラフラ歩いてくると、赤ビルの脇の小道に入って行こうとする。
「あ! あのっ、チョット…っ!」
そこは赤ビルの裏口しか無い袋小路だから、俺は慌ててその男に声を掛けた。
本音を言えば、デカくてモジャモジャの見知らぬ男に声を掛けるのなんかイヤだったけど、不審者を見過ごして赤ビルに入れたなんてバレたら、後でシノさんにコロされるから、ありもしない勇気を振り絞って声を出したのだ。
「あ、多聞サン…」
振り返った男は、虚ろな目で俺を見て、そう言った。
そうして立ち止まった相手をしげしげと見直して、俺はソイツがコグマだとようやく気が付いた。
「うわ…小熊クン、なの? あの、キミ…どうしたの?」
俺の問いかけに、コグマはいきなりワッと泣き出した。
デカくてモジャモジャの男に店頭で泣かれても困るので、俺はコグマをどうにか宥めて、片付け途中の店の中の、試聴コーナーの前に引っ張り込んだ。
「大丈夫?」
「全然、大丈夫じゃありません」
ビビりな内面はさておき、見掛けは常に元気いっぱいで、モテるためだけに身体を鍛え、金髪碧眼をこれ見よがしに自慢して、イケメンぶっていた脳筋バカのコグマが見る影も無い。
無精髭も伸びた髪もファッションではなく、放ったらかしにした結果のモジャモジャだし、髭に隠れて一瞬判らないが、頬もげっそりと刮げ落ちている。
自慢の碧眼も生気がなくて、覇気の無さにムッキムキの筋肉まで萎んで見えた。
「何があったんだよ?」
「多聞サンだって、知ってるでしょう? 僕と聖一サンのケンカ…」
「そりゃ、目の前でやられたからね。でもそんなに思い詰めてるなら、白砂サンと話をすれば良いじゃないか」
「だって…」
「なんだよ?」
「あの日以来、聖一サン、全然口を利いてくれないんです。メールしても返信をくれないし、LINEのメッセージは未読のままだし…。だから僕、気晴らしに新宿や六本木辺りの、常連だった出会い系のバーに行ったんです」
「それで、モテなかったの?」
「まさか! モッテモテでしたよ!」
「なら、良かったじゃん」
「良くありません。誰と付き合っても、全然楽しめなかったんです」
「なんで?」
「………実は…」
コグマはその先の言葉を、モノスゴク小さな声でしか言わなかった。
「勃たなくなったぁ!?」
「ヒドイ! 多聞サン! そんな大きな声で言わなくても良いじゃないですかっ!」
「ああ、ごめん。…でも聞こえてないよ」
俺はチラッと厨房への出入り口に目をやり、白砂サンが出て来る気配が無いことを確認してからそう言った。
白砂サンは営業中は店で何かあるとすぐ様子を見に来るが、閉店後は厨房の念入りな片付け作業に集中していて、滅多なことではコチラには来ないのだ。
「ホント言うと、全然ダメになったワケじゃないんです。だけど誘った相手とイイ感じになってくると、聖一サンに言われた一言を思い出しちゃって。そうなると、聖一サンの顔がチラついちゃうし。それに、ハッキリ言って聖一サンみたいに高貴で美しいヒトは、他に居ません。ちょっと容姿が素敵でも、態度がガサツだったりすると、もうゲンメツしちゃって…」
「そんなら尚更、白砂サンに謝りに行きなよ」
「それじゃ僕が一方的に悪いって、認めるコトになりますよね」
「全部悪いとは言わないケド、キミの方がデッカイの、やらかしてるぢゃん…」
「それは僕だって、解ってますよ…。でも謝りに行くとしても、タイミングってもんがあるでしょ?」
「まぁ、それはあるね」
「だから僕、ここ数日は遊びに行かず、毎日定時で上がって真っ直ぐ帰って来てたんです。でも聖一サン、全然凹んでるように見えないんですよ!」
「は?」
「だって恋人とケンカしたら、誰だって落ち込むでしょ? そのまま別れちゃうかもってなったら、誰だって寂しくなるでしょ? 聖一サンが寂しそうにしていたら、やっぱり僕が傍に居た方がイイって、アピール出来るじゃないですか。なのに聖一サンときたら、そーいう様子が全然無くてっ!」
コグマに切々と訴えられても、俺は素直に頷いてやれなかった。
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