MAESTRO-K!

琉斗六

文字の大きさ
64 / 122
S3:猫と盗聴器

28.可愛くない子供

しおりを挟む
 ミナト少年はスツールに座って、マンガを読んでいた。

「ミナト、私の友達の柊一とその弟の敬一だ。多聞君は、昨日会ったね。柊一はメゾンの大家で、私の勤め先のマエストロ神楽坂という店のオーナーでもある」

 子供にそこまで詳細な紹介をする必要は無さそうだが、白砂サンは必要とか相手がどうこうでなく、そこまで言わないと自分の気が済まないんだろう。

「やっほー、こんちわ! なに読んでるん?」

 ミナト少年はチラとシノさんを見たが、すぐに視線をマンガに戻し、返事をしなかった。

「なあ、口は利けるンじゃろ? ちゃんとお答えしろって」

 そんな子供の態度に怯まず、シノさんはミナトの隣のスツールに座った。

「別に」
「うわ、ミナミと同じ返事」

 思わず言った俺を、ミナトはギッと睨んだ。

「同じじゃないもん!」
「済まない、ミナト。君がミナミの部屋に居たので、先入観が拭えないのだ」

 こんな不躾な子供に、そこまで平身低頭に謝る必要も無いだろうに。
 ミナトは目線を白砂サンに移したのちに、ふう~っと大きく溜息を吐いて、マンガを閉じるとスツールから降りた。

「どうしたのかね?」
「大人が居ると、めんどくさい。あっちの部屋にっても良い?」
「そうか。いいだろう。向こうの部屋で、遊んでいなさい」

 そのまま、俺達に挨拶もせずミナトはLDKから出てった。
 昨日も思ったけど、全く可愛げのない子供だ。

「もしかして、セイちゃんのその顔の傷、あの子にやられたん?」

 シノさんに習って、俺と敬一クンもそこでスツールに座ると、白砂サンはまるでどっかのカウンタバーのマスターみたいにカウンターの向こう側に立って、俺達にコーヒーを淹れてくれた。

「昨夜風呂に入れようとした時に、暴れられてしまってな。だが、もう問題は無い」
「そうなん?」

 白砂サンはシノさんから貰ったお土産の干物を、冷蔵庫に入れながら返事をする。

「ミナトが暴れたのは、意思の疎通が無かったからだ。知らない大人に急に服を脱がされたら、暴れて当たりまえだ。私の気遣いが足りなかった。ミナトは何も悪くないよ」
「あの子いくつよ? 7歳? 8歳? そんくらいだよね、風呂ぐらい一人でハイれるっしょ? セイちゃん、なんで服脱がそうとしたん?」
「風呂にハイるように勧めて、着替えに私のシャツを用意し、ミナトが脱衣所で服を脱いでいる時にそれを渡そうとしたところ、ミナトが傷だらけなことに気付いた。思わず傷を見るために、服の裾をたくし上げてしまったのだ」
「それは南さんが子供に手をあげていたってことですか?」

 どこまでも野次馬モードのシノさんとは真逆に、敬一クンはいつもの天然モードから、時々豹変するシビアモードになっていて、質問する口調もちょっときつかった。

「いや、違う。ミナトの傷は主に猫の引っかき傷だった。痣もあったが、殴られたのでは無く、ぶつけた痕だ。ミナミは育児放棄していただけで、暴力は振るっていない」
「なぜそう断言出来るんです、確証でもあるんですか?」
「人為的に振るわれた暴力の痕と、過失で付いた痣の違いは、身を持って知っている」

 白砂サンの言葉の意味を理解して、敬一クンはハッとしたようだった。

「すみません。余計なことを言いました」
「構わん。敬一がミナトのことを、真剣に心配してくれているのは解っている。ミナトは驚いて抵抗をしたが、私が虐待家庭で育ったことを話し、傷を見るために触ったと伝えたら、ミナトのほうから、暴れたことをちゃんと謝罪してくれた。私に打ち解けてくれたと思う。あの子は大変賢い子だ」
「打ち解けたって言ってるワリに、お悩み気味なのは、ナゼじゃ?」
「色々反省点が多くてな。入浴後に食事をさせたのだが、うっかり普通のメニューを食べさせてしまい、嘔吐させてしまった。それに、よほどストレスが溜まっているのか、昨夜もあまり眠れていない様子でな。……とても、痛ましい」
「ありゃま。そんで、お医者は?」
「診せていない」
「でも嘔吐したのなら、医者に診せるべきでは?」
「本人が、医者には行きたくないと言っている。話を聞いたら、この数日まともな食事をしていなかった。吐いて当然だった。ネグレクトされていたからこそ、ミナトが申告するまえに気付くべきだった。私の失敗だ。落ち着いたところでスープを飲ませ、今朝はおかゆを食べさせたが、体調は悪くない。無理に受診させる必要は無いと思う」
「アマミー、あの子にメシ食わせて無かったん?」
「思うにミナミは、あの子が居ることを、忘れていたのではないかと思う」
「はあ? 自分の子供なのに?」

 あんまり深入りしたくないと思っていたけど、俺は思わず訊ねてしまった。

「ミナトに聞いたところによると、あの子はミナミと殆ど顔を合わせずに居たらしい。たぶん一週間ほどまえに、祖母……ミナミの母親でホクト君の伯母上だが、祖母に連れてこられて、あのマンションに置いていかれたそうだ」
「たぶんって、あの子の歳で、なんで日数がワカンナイの?」

 訊ねたのは、シノさんだ。

「一週間というのは、ホクト君が伯母上らしき人を見たという話から推察している。ミナトは猫とミナミが嫌で、あの家に居る間の殆どは、クローゼットに隠れていたと言っている。ストレスで夜も眠れず、日にちの感覚が少し麻痺しているようだ。いつあのマンションに連れて来られたのか、正確に思い出せなくなっている。虐待をされた子供には、良くあることだから、ミナトが嘘を吐いているわけでは無いよ」
「南さんはあの子が自分の部屋に居たことを、知らなかったんですか?」
「それは無い。祖母がミナミと引き合わせたと言っている。だがミナミはミナトに無関心で、ミナトもミナミを嫌って避けていたそうだ」
「じゃあその間ずっと、あの子は食事して無かったんですか?」
「猫用の食べ物を食べていたと言っている」

 今時、ネグレクトや虐待なんて話は腐るほど耳にするが、しかしそれはあくまで遠い他人の話で、間近でそんな話を聞くとは思っていなかった。
 敬一クンなど、愕然とし過ぎて絶句している。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

翡翠の歌姫-皇帝が封じた声【中華サスペンス×切ない恋】

雪城 冴 (ゆきしろ さえ)
キャラ文芸
宮廷歌姫の“声”は、かつて皇帝が封じた禁断の力? 翠蓮は孤児と蔑まれるが、才能で皇子や皇后の目を引き、後宮の争いや命の危機に巻き込まれる―― その声の力に怯えながらも、歌うことをやめられない翠蓮(スイレン)に近づくのは、真逆のタイプの二人の皇子。 優しく寄り添う“学”の皇子・蒼瑛(ソウエイ)と、危険な香りをまとう“武”の皇子・炎辰(エンシン)。 誰が味方で、誰が“声”を利用しようとしているの――?声に導かれ、三人は王家が隠し続けた運命へと引き寄せられていく。 【中華サスペンス×切ない恋】 ミステリー要素あり、ドロドロな重い話あり、身分違いの恋あり 旧題:翡翠の歌姫と2人の王子

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

処理中です...