51 / 90
S3:猫と盗聴器
18.パティシエ白砂聖一
しおりを挟む
「しかし、スペイン風バルの店を、私は見た記憶が無いのだが?」
「あ、看板ちっさい上に、店の入口が階段で…」
店の前で俺が階段を示すと、白砂サンは「ほう」と頷いた。
「これは確かに、見落としそうな店だね」
階段も狭く、壁には店のメニューではなく "足元にお気をつけて!" ってな注意書きが貼られている他に "bienvenido LAGRIMA REAL!(王様の涙へようこそ!)" と書かれたものがあった。
たぶん "王様の涙" が店名なんだろう。
階段下の扉を開けると、店内もまた狭かったが、活気のある感じの店だ。
給仕をしている背の高い美人が「いらっしゃいませ! お好きなお席にどうぞ!」と声をかけてくる。
だが結構な繁盛店らしく、席はカウンターしか空いていなかった。
メニューはスペイン語表記の下に、日本語で詳しくどんな料理かが解説されている感じだし、俺一人だったらキョドりそうだが、白砂サンがじっくりと内容を見聞してくれているので、心にもちょっと余裕がある。
「ふむ…、多聞君はお酒を?」
「まぁ、出来れば」
「では、こちらのタパス4種はどうだろう?」
「たぱす? ってなんです?」
「スペイン料理で出てくる、小皿料理だね。この店は、10種類の中から4種を自由に組み合わせて頼めるようだ」
見せてもらったメニューには、アヒージョとかフリット、チョリソーやトルティージャと言った俺の知ってる名称から、ボケロネスとかブティファラなんていう、知らない名称が並んでいた。
一つ一つにちゃんと解説があったので、俺はアヒージョと内臓の煮込み料理それにブティファラというソーセージと鱈のコロッケを選んだ。
白砂サンも同じくタパス4種を頼んだが、イワシの酢漬けとフリットとトルティージャ、マッシュルームを逆さまにしてオリーブオイルと生ハムににんにくを詰め込んで焼いたものを頼んでいた。
そして俺には白ワインをチョイスしてくれたのに、自分はペリエを注文している。
「ワイン、頼まないんですか?」
「私、お酒はちょっとね」
意外だな…と思いつつも、酒なんて究極の嗜好品だから、そこはあえて探求しなかった。
「そういえば、ランチの残りを夕食にしてるんですか?」
料理を頼んで待つ間、なんとなく他に話題が思いつかずに俺は問うた。
「翌日、お客様にお出しする|訳にはいかないからね。それほど大量に余らせるようなことはしていないが…。というか、君にも手伝ってもらっているのだがね」
返された答えに、俺はキョトンとしてしまった。
「俺が?」
「うむ。ランチのセットそのままの形で出していないので、気付いていなかったかもしれないが。昨晩も、マスを夕食に出したと思う」
「あ~…」
言われてみれば、ランチのメインはマスのムニエルだったし、夕食のテーブルにもマスがいたと思う。
だけど夕食で出てきたマスは、玉葱とかほうれん草がホワイトソースと一緒にパイ皮に包まれていて、かっこが変わっていたから全然気が付かなかったのだ。
「昨日のパイ包み、ホワイトソースがすごく美味かったなぁ」
「客層に若い女性が増えているので、ホワイトソースにクリームチーズを混ぜ込んでみたのだ」
「え、でもランチはムニエルだったよね?」
「試食だね。なかなか好評価だったので、今度出してみる予定だ」
なるほど、と、俺は頷いた。
白砂サンはパティシエだけど、料理の基礎ってのをみっちり勉強しているのだそうだ。
というのも、白砂サンの師匠は個人経営の洋菓子店の経営者だが、パティシエの資格を持ってなくて、それで随分肩身の狭い思いをしてきたために、才能のある弟子の白砂サンにはパティシエになって欲しいといって、そういう勉強をばんばんさせてくれたらしい。
俺は知らなかったのだけど、パティシエってのはフランスの国家資格の名称で、当然ながら国家試験をパスしないと名乗れない肩書なんだそうだ。
白砂サンの師匠は、日本の菓子製造技能士の資格を持っていたけど、色々な都合が重なってフランスまで行けなかったという。
とはいえ、白砂サンも師匠の元で働きながらの受験だったから、フランスへは受験する時だけ行ったらしい。
受験のための準備に、師匠のツテでどっかのホテルの厨房で一年ほど修行をしつつ、空き時間は師匠の菓子店で働くような、ブラックを通り越した年中無休の24時間勤務…みたいなこともしたらしい。
そんなすごい修行を経た現在の白砂サンは、パティシエだけど調理師免許もちゃんと持ってて、シェフというかコックとしても非常に有能だ。
昨日のパイ包みも、件の説明の通りホワイトソースにクリームチーズの酸味が加わってコクがあるけどさっぱりしていて、アブラの乗ったマスに玉葱やほうれん草の甘みがほどよくからむ、実に旨い一品だった。
「あ、看板ちっさい上に、店の入口が階段で…」
店の前で俺が階段を示すと、白砂サンは「ほう」と頷いた。
「これは確かに、見落としそうな店だね」
階段も狭く、壁には店のメニューではなく "足元にお気をつけて!" ってな注意書きが貼られている他に "bienvenido LAGRIMA REAL!(王様の涙へようこそ!)" と書かれたものがあった。
たぶん "王様の涙" が店名なんだろう。
階段下の扉を開けると、店内もまた狭かったが、活気のある感じの店だ。
給仕をしている背の高い美人が「いらっしゃいませ! お好きなお席にどうぞ!」と声をかけてくる。
だが結構な繁盛店らしく、席はカウンターしか空いていなかった。
メニューはスペイン語表記の下に、日本語で詳しくどんな料理かが解説されている感じだし、俺一人だったらキョドりそうだが、白砂サンがじっくりと内容を見聞してくれているので、心にもちょっと余裕がある。
「ふむ…、多聞君はお酒を?」
「まぁ、出来れば」
「では、こちらのタパス4種はどうだろう?」
「たぱす? ってなんです?」
「スペイン料理で出てくる、小皿料理だね。この店は、10種類の中から4種を自由に組み合わせて頼めるようだ」
見せてもらったメニューには、アヒージョとかフリット、チョリソーやトルティージャと言った俺の知ってる名称から、ボケロネスとかブティファラなんていう、知らない名称が並んでいた。
一つ一つにちゃんと解説があったので、俺はアヒージョと内臓の煮込み料理それにブティファラというソーセージと鱈のコロッケを選んだ。
白砂サンも同じくタパス4種を頼んだが、イワシの酢漬けとフリットとトルティージャ、マッシュルームを逆さまにしてオリーブオイルと生ハムににんにくを詰め込んで焼いたものを頼んでいた。
そして俺には白ワインをチョイスしてくれたのに、自分はペリエを注文している。
「ワイン、頼まないんですか?」
「私、お酒はちょっとね」
意外だな…と思いつつも、酒なんて究極の嗜好品だから、そこはあえて探求しなかった。
「そういえば、ランチの残りを夕食にしてるんですか?」
料理を頼んで待つ間、なんとなく他に話題が思いつかずに俺は問うた。
「翌日、お客様にお出しする|訳にはいかないからね。それほど大量に余らせるようなことはしていないが…。というか、君にも手伝ってもらっているのだがね」
返された答えに、俺はキョトンとしてしまった。
「俺が?」
「うむ。ランチのセットそのままの形で出していないので、気付いていなかったかもしれないが。昨晩も、マスを夕食に出したと思う」
「あ~…」
言われてみれば、ランチのメインはマスのムニエルだったし、夕食のテーブルにもマスがいたと思う。
だけど夕食で出てきたマスは、玉葱とかほうれん草がホワイトソースと一緒にパイ皮に包まれていて、かっこが変わっていたから全然気が付かなかったのだ。
「昨日のパイ包み、ホワイトソースがすごく美味かったなぁ」
「客層に若い女性が増えているので、ホワイトソースにクリームチーズを混ぜ込んでみたのだ」
「え、でもランチはムニエルだったよね?」
「試食だね。なかなか好評価だったので、今度出してみる予定だ」
なるほど、と、俺は頷いた。
白砂サンはパティシエだけど、料理の基礎ってのをみっちり勉強しているのだそうだ。
というのも、白砂サンの師匠は個人経営の洋菓子店の経営者だが、パティシエの資格を持ってなくて、それで随分肩身の狭い思いをしてきたために、才能のある弟子の白砂サンにはパティシエになって欲しいといって、そういう勉強をばんばんさせてくれたらしい。
俺は知らなかったのだけど、パティシエってのはフランスの国家資格の名称で、当然ながら国家試験をパスしないと名乗れない肩書なんだそうだ。
白砂サンの師匠は、日本の菓子製造技能士の資格を持っていたけど、色々な都合が重なってフランスまで行けなかったという。
とはいえ、白砂サンも師匠の元で働きながらの受験だったから、フランスへは受験する時だけ行ったらしい。
受験のための準備に、師匠のツテでどっかのホテルの厨房で一年ほど修行をしつつ、空き時間は師匠の菓子店で働くような、ブラックを通り越した年中無休の24時間勤務…みたいなこともしたらしい。
そんなすごい修行を経た現在の白砂サンは、パティシエだけど調理師免許もちゃんと持ってて、シェフというかコックとしても非常に有能だ。
昨日のパイ包みも、件の説明の通りホワイトソースにクリームチーズの酸味が加わってコクがあるけどさっぱりしていて、アブラの乗ったマスに玉葱やほうれん草の甘みがほどよくからむ、実に旨い一品だった。
10
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
おっ☆パラ
うらたきよひこ
キャラ文芸
こんなハーレム展開あり? これがおっさんパラダイスか!?
新米サラリーマンの佐藤一真がなぜかおじさんたちにモテまくる。大学教授やガテン系現場監督、エリートコンサル、老舗料理長、はたまた流浪のバーテンダーまで、個性派ぞろい。どこがそんなに“おじさん心”をくすぐるのか? その天賦の“モテ力”をご覧あれ!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる