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S3:猫と盗聴器
3.白砂サンはキッチリしている
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敬一クンの言う通り、現在のマエストロ神楽坂は未だ収支がやや赤の状態を保っている。
白砂サンが "普通の店みたい" に営業を始めたには始めたが、しかし今までシノさんのキッシュや菓子パンが飛ぶように売れていたのは、それが滅多に販売されない希少価値があったからだ。
おまけに常設営業されていても、目玉商品の "オーナーのキッシュ" は気分次第の販売だから、それが目的のお客さんは店に来ない。
もっとも白砂サンのパイを買ったお客さんは、その魅力でてっきりリピーターになってはいるが、それだって毎日買ってくれる|訳じゃないし、収支が赤くなるのは当然だ。
ついでに言えば、エビセンとホクトと言う二名のヘルプは、言葉通りヘルプであってバイトですら無い。
というのも、二人は単に敬一クンが困った状況になった時に居合わせると助けにくる…のパターンを繰り返していたら、なんだかバイトみたいな状況になっただけだからだ。
「私はこの店を、一生赤字で続ける気などない。一年以内に二人には正規の給料を支払える程度にし、名店として知られる存在にも追々なってもらわねば困ると思っている」
白砂サンの美しすぎる向上心と輝くような野心に、俺は目眩すら感じた。
でも考えてみたら、白砂サンは此処の窯を見る以前は自分で独立した店舗を持ちたいと思っていたようだし、当たり前に客が来て利益の出る店を作りたいと思っていて当然だってことに気付いた。
ダラケたシノさんが道楽でやってるみたいな店に客が来ないのは当然と思い込んでいた俺と、独立して人気店を作ろうとしている白砂サンの、志の違いってやつだろう。
と言うか、もしかして俺がハッキリと「レコード部の管轄の掃除はしないで」と言ったら、白砂サンは掃除をしなかったんじゃないか? とか考え始めてしまう。
「確かに俺も、海老坂と天宮に、給料の代わりに弁当を持たせるような状況は脱したいと思ってますが…」
「当然だろう。それに彼らは学生だ。数年したら自身の進路のためにアルバイトをしているどころではなくなる。彼らに頼るのを前提に、仕事の予定を組むのは危険だろうな」
「確かにそうですね。二人が抜けたあとに、赤字営業のまま、次のバイトを同じ条件で雇い入れるわけにいきませんし」
「そーかもしらんが、でぃも今すぐそこまで決めなきゃいかんのん?」
真面目な経営の話だからか、シノさんはやや面倒くさそうに言った。
「以前の勤め先だった個人経営の洋菓子店は、店長が今のマエストロと同様に、従業員の数が少ないことを理由に、厨房内のヒエラルキーを明確にせぬままにしておいた。その後、店が急に忙しくなる事案が発生し、そこでいきなり複数人のアルバイトを雇った。結果、アルバイトの中に狡猾に立ち回って古参の従業員同士を諍わせて喜ぶような者が居て、厨房内が非常に混乱した。最終的に、私以外の従業員が全員店を辞めてしまい、新たな従業員が仕事を覚えるまでは、店の切り盛りで、休みも取れないような有様だった。少人数だった時から上下をハッキリさせていれば、諍いがあそこまでこじれずに済んだだろうし、起きずに済んだトラブルもあったと思う」
「どんな風にモメたん?」
「それは、今は関係ない」
面倒な店のヒエラルキーの話なんかよりも、よっぽど好奇心をそそる話題に、シノさんは目をキラキラさせながら "トラブル" の詳細を訊ねた。
だが当然のことながら、白砂サンにブレがあるわけも無い。
キッパリと一言で切り捨てられて、シノさんはすごすごと引っ込んだ。
白砂サンが "普通の店みたい" に営業を始めたには始めたが、しかし今までシノさんのキッシュや菓子パンが飛ぶように売れていたのは、それが滅多に販売されない希少価値があったからだ。
おまけに常設営業されていても、目玉商品の "オーナーのキッシュ" は気分次第の販売だから、それが目的のお客さんは店に来ない。
もっとも白砂サンのパイを買ったお客さんは、その魅力でてっきりリピーターになってはいるが、それだって毎日買ってくれる|訳じゃないし、収支が赤くなるのは当然だ。
ついでに言えば、エビセンとホクトと言う二名のヘルプは、言葉通りヘルプであってバイトですら無い。
というのも、二人は単に敬一クンが困った状況になった時に居合わせると助けにくる…のパターンを繰り返していたら、なんだかバイトみたいな状況になっただけだからだ。
「私はこの店を、一生赤字で続ける気などない。一年以内に二人には正規の給料を支払える程度にし、名店として知られる存在にも追々なってもらわねば困ると思っている」
白砂サンの美しすぎる向上心と輝くような野心に、俺は目眩すら感じた。
でも考えてみたら、白砂サンは此処の窯を見る以前は自分で独立した店舗を持ちたいと思っていたようだし、当たり前に客が来て利益の出る店を作りたいと思っていて当然だってことに気付いた。
ダラケたシノさんが道楽でやってるみたいな店に客が来ないのは当然と思い込んでいた俺と、独立して人気店を作ろうとしている白砂サンの、志の違いってやつだろう。
と言うか、もしかして俺がハッキリと「レコード部の管轄の掃除はしないで」と言ったら、白砂サンは掃除をしなかったんじゃないか? とか考え始めてしまう。
「確かに俺も、海老坂と天宮に、給料の代わりに弁当を持たせるような状況は脱したいと思ってますが…」
「当然だろう。それに彼らは学生だ。数年したら自身の進路のためにアルバイトをしているどころではなくなる。彼らに頼るのを前提に、仕事の予定を組むのは危険だろうな」
「確かにそうですね。二人が抜けたあとに、赤字営業のまま、次のバイトを同じ条件で雇い入れるわけにいきませんし」
「そーかもしらんが、でぃも今すぐそこまで決めなきゃいかんのん?」
真面目な経営の話だからか、シノさんはやや面倒くさそうに言った。
「以前の勤め先だった個人経営の洋菓子店は、店長が今のマエストロと同様に、従業員の数が少ないことを理由に、厨房内のヒエラルキーを明確にせぬままにしておいた。その後、店が急に忙しくなる事案が発生し、そこでいきなり複数人のアルバイトを雇った。結果、アルバイトの中に狡猾に立ち回って古参の従業員同士を諍わせて喜ぶような者が居て、厨房内が非常に混乱した。最終的に、私以外の従業員が全員店を辞めてしまい、新たな従業員が仕事を覚えるまでは、店の切り盛りで、休みも取れないような有様だった。少人数だった時から上下をハッキリさせていれば、諍いがあそこまでこじれずに済んだだろうし、起きずに済んだトラブルもあったと思う」
「どんな風にモメたん?」
「それは、今は関係ない」
面倒な店のヒエラルキーの話なんかよりも、よっぽど好奇心をそそる話題に、シノさんは目をキラキラさせながら "トラブル" の詳細を訊ねた。
だが当然のことながら、白砂サンにブレがあるわけも無い。
キッパリと一言で切り捨てられて、シノさんはすごすごと引っ込んだ。
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