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S1:赤いビルヂングと白い幽霊

17.ホクトとミナミ

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 それにしても一体、シノさんがいないのにミナミは、いつまでいるつもりなんだろう? というかなんでココにいるんだ? と思っていると、坂の下からホクトがやってくるのが見えた。
 幽霊の正体が判明し、自警団が解散になった後、そう言えばホクトの姿をあんまり見掛けた記憶が無いし、最近ではすっかり敬一クンの大学の時間割を把握しているらしくて、今日の午前中はここに居ないことも知っているはずなのにどうしたのかと思ったら。
 ホクトは俺に爽やかな挨拶をすると、スタスタとミナミのほうに寄っていく。
 二人天宮はまたしても店先で、あの三河漫才モドキのような諍いを起こすつもりだろうか?

「わ、何を食べてるんだ南、それ東雲さんのキッシュじゃないよなあ!?」

 ホクトに話掛けられてるのに返事もせず、ミナミは俺を呼び付けるみたいなチラ視線を寄越してくる。
 ミナミのそばに近寄りたくない俺は、一応出資者のウェイターをしてやるべきかどうか考えてる間に、またしてもどうやって人の気配を察知したのか、奥から銀の盆を持った白砂氏が出てきた。
 そしてパイとミルクティを、チャチャっとホクトの前に置いて戻ってきた。

「シロタエさん、なんでまたパイを出したの?」
「出資者の連れに給仕をするのは当然だ」

 それってどんな三段論法なんだ? って俺が思ったら案の定、何の説明もなくいきなりアップルパイを出されたホクトが、わけが判らずキョロキョロしている。

「今の人はだれだ?」
「新しく雇ったパティシエ」
「新しいパティシエ? 俺は聞いてないぞ?」
「北斗には関係ナイ」
「何言ってんだ! 関係無いならもう全部伯母さんにぶちまけて、終わりにするぞ!」
「パティシエが折角出してくれたもの、試食しないの?」

 ミナミを睨みつけつつ、ホクトはアップルパイを食った。

「すごく美味いじゃないか! こんなパティシエどこで見つけてきたんだ? よほどの給料出さなきゃ、こんなパイを焼けるパティシエは…」
「北斗うるさい」
「オマエのほうから呼び出しておいて、うるさいとはなんだ!」
「部屋探ししてるよね」
「なんでオマエがそんなこと!?」
「俺の部屋、二世帯対応型マンションなんだけど、興味は?」

 どうやらホクトはエビセンに出遅れた分を取り戻すため、この近隣に部屋を探しているらしい。
 幽霊騒動が一段落して、この数日はきっと部屋探しに時間を使っていて、顔を見せなかったんだろうと、俺は察しを付けた。
 それをミナミが嗅ぎつけた…とゆーより、実は俺はミナミのホクトに対する態度の中に、シノさんに対するストーキングと同じニュアンスを感じていたりする。
 ホクトがる時間に必ず雲隠れしてたのは、ホクトのスケジュールを熟知してるからだろうし、敬一クンを見て「ブス」なんて言葉が出てきたのは、ホクトが敬一クンを「可愛い」と言ってるからだろうし、そもそも小学生の時から絶交を連発してて絶交してないって、そんなのはよほど関心を引きたい相手にやることだ。
 恋愛感情とは違うようだけど、ミナミはホクトに、よほど拘りがあるのだろう。
 ホクトは最初、ミナミが何を言い出したのか解らなかったようだが、例のチラ見視線を意味深に向けられて、取り引きのもうし出に気付いたようだ。

「セキュリティは?」
「有人管理人が常駐。エントランス入口とエレベーターに暗証番号。ドアは指紋解錠。二世帯利用時は別登録可能」
「条件は?」
「干渉しない、フォローはする、ババアには言わない」
「今日中に移動してくるがいいか?」
「了解」

 どうやら取引は成立したらしい。
 スッと立ち上がったミナミがレジカウンターに近付くと、またしても白砂氏はそれを察知して、こちらに顔を出す。

「タルトは?」
「焼ける」
「スポンジは?」
「もちろん」
「カフェ飯は?」
「詳細はまだ未定だが、やりたいとは思っている」
「営業時間は固定?」
「販売は午前11時開始。メニューと終了時間は、柊一の気分次第だ」
「リクエストと取り置きは?」
「柊一が応じるなら」
「了解」

 ミナミはカウンターに万札を置いた。

「釣りは柊一に渡して」
「了解した」

 菓子職人と出資者の会話というより、軍人の会話みたいだ。
 でもこれで白砂氏は、出資者のミナミにも公認の、専属パティシエになるだろう。
 そしてマエストロ神楽坂には、妙なご近所さんが、また一人増えたようだ。



*赤いビルヂングと白い幽霊:おわり*
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