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S1:赤いビルヂングと白い幽霊
15.専属パティシエ誕生
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騒ぎを聞きつけて部屋から出てきたエビセンと、シノさんが呼んできた敬一クン、それに謎の高飛車将校の手を借りて、俺とコグマは五階のペントハウスに戻った。
そこらじゅうぶつけまくって、痣だらけだ。
「それで兄さん、こちらは?」
ダイニングのデッカいテーブルの上座(?)でふんぞり返っている謎の高飛車将校は、いかにもそんな質問をされるのが心外だって感じでチラッと敬一クンを見る。
「ありゃ? ケイちゃんはセイちゃんに会ったコト無かったっけか? こちらは白砂聖一さん、レンのお隣さんだよ」
「シロタエさんですか…。はじめまして」
フルネームを聞いたところで、敬一クンが不思議そうな顔をしていたのも無理はない。
なぜならシロタエ氏は、詰襟の服装も白っぽいが本人の髪も真っ白な上に肌色も白く、そもそもどう見ても日本人じゃない顔立ちで、目玉なんかガラス玉みたいなスカイブルーなのだ。
態度は軍人みたいだが、気配がしないというか、動きが異様に静かでコンクリの階段を、硬そうなヒールの付いた革靴で登っている時ですら殆ど足音が聞こえないほどだったから、暗闇の中にこの人物がいたら、幽霊に見えても仕方が無いと思う…。
だが鋼の精神力を持つコックローチ・ストライカーのエビセンには、そんな言い訳は通用しなかった。
「ヘタレビビリぐま! 何が幽霊だっ、普通に生きてる人間じゃねーか!」
とうとう俺もコグマもエビセンの年功序列の枠からおン出されて、人格の境界線すらなくなっている。
二人とも口を開いて何かを言う前に、腰抜けは黙っとれ! の一言で一蹴された。
「そんでセイちゃん、戻って来てンのに、戻ってナイってどーいう意味?」
「着替えを取りに来ていただけだ。既に何度か来ている」
参考までにシロタエ氏が着替えを取りに戻った日にちを訊ねると、幽霊の目撃日にピタリと一致した。
「セイちゃんちのおとっつぁん、ソッチューだっけ? 死んだんか?」
「兄さん、そんな言い方は失礼…」
「いいや、いっそ死んでくれればこんなにこじれなかったんだが、あいにく生きている。半身不随で滑舌が悪くなったのに、中身は相変わらず元のままだ」
シノさんの直球すぎる問いを敬一クンが窘めるスキもなく、シロタエ氏はシノさんを上回るバットのど真ん中で、返事を打ち返した。
「あ~、なまじ生き残られてちゃ、そりゃこじれるわな~」
「だが、跡継ぎのことはいくら話し合ったところで解決はしない。最後の温情で介護施設への入居の手続きだけは済ませてやる約束なので、数日後にはこちらに戻る予定だ」
「跡継ぎ?」
自分も父親の期待を裏切って、東京の大学に進学した敬一クンにしてみれば、そこは気になるワードなのだろう。
「クソジジイは、カソリックの神父だ。私が後を継ぐことを希望している」
宗教関連で鍛えられてきたと言われたら、やたらに響く声とか、今時は学生でもあんまり見かけない詰襟とか、所作がやたら静かな理由とかに、変に納得してしまう。
「くそ…なんですか?」
「クソジジイ。父のことだ」
シロタエ氏の返答に、敬一クンは殊更ビックリしたような顔をしている。
「なぜ、そんな風に呼ぶんですか?」
「父と呼ぶのも腹立たしいからだ」
「なぜ、跡を継がないんですか?」
「私はキリスト教徒では無いのでね」
「父親が神父なのに、宗教が違うんですか?」
するとシロタエ氏は、今までと全く同じ紋切り口調で言った。
「私はゲイだ」
いきなりのカミングアウトに仰天した。
でもこの仰天は、あんまりズケズケハッキリ言われたから仰天したのであって、シノさんに惚れてる俺が、ドン引き出来る筋合いじゃない。
それに考えたらもっとたまげるべきなのは、この場にいるメンツはみんな、同じ嗜好だってことだ。
唯一、同趣味を表明してない敬一クンは、どうやら単語の意味がよく解らないらしく、モノ問いたげな顔でコッチを見るので、目線が合わないよう慌てて顔を逸らした。
ついでに、敬一クンの脇っ腹をエビセンが肘で突つきながら小声で「あとで教えてやっから」と言ったことも、俺は聞かなかったことにしておきたい。
「ティーンエイジの頃にゲイだとカミングアウトしたら、全寮制の神学校に入学させられた。その後は逃亡を図っては連れ戻されることを繰り返してきたが、色々手間も時間も掛けてようやく帰化の申請も通り、姓名も日本人名になり、改宗も済ませた。それを伝えるために連絡をしたところ、卒中で倒れたと言ってきた。そこで仏心を出したのが間違いだったのだが、一方的に家出をしたままなのも後味が悪いように思い、顔を見せに戻ったのだが。半身不随になったことを利用して、私の同情を引き、介護をさせることで家に繋ぎ止め、意見の合わない性的嗜好を矯正させるための策略だと判明したので、きっぱりと親子の縁を切ると引導を渡してやった」
「おとっつぁん、背水の陣で敗北かぁ~。ま、なんでも自分の思うとーりにしたかったら、それなりに伏線張って、アタマ下げる相手には、下げとかなきゃイカンって話だな」
シノさんはニシシと笑ってるが、俺がシロタエ氏の父親だったら "コイツには言われたくない" と反論するだろう。
「ところで柊一。戻ったら話そうと思っていたのだが、実は頼みがある」
「なんじゃい?」
「此処に入居をする際に、いつかあの窯を使わせて欲しいと頼んだことを覚えているか?」
「おうよ。でもセイちゃん、直ぐはムリつってたじゃん」
「実は、父が倒れたとの連絡を受け、取る物も取り敢えず実家に戻ったのだが。先日、長期休暇の申請をしようと勤め先に連絡したところ、既に私は離職していると言われた」
「えっ? それって無断欠勤とかで? いや、でも、親が倒れたって話したんだよねぇ?」
「前述の通り、ジジイは私を跡継ぎにする気でいた。私が実家に戻ったタイミングで、弁護士らしき代理人を使って、勝手に離職手続きをされていた」
「それは酷い。でもそういう事情なら、職場の人事部に再雇用を願い出てみては? 上手くいかないようなら、役所やハローワークで対処の相談をするくらいのことは、手伝います」
未だ現実の不合理さを知らぬ敬一クンは、腹を立てているようだ。
「大丈夫さ、ケイちゃん! セイちゃんにはもっといい就職先があんだから!」
「え?」
「セイちゃんはパティシエなんだぜ! 最初に部屋見に来た時、俺は丁度、窯に火を入れてキッシュ焼いてたんだ。そしたらセイちゃんが、窯をちっと使わせて欲しいちゅーから、そこで一緒にランチの準備したのさ。セイちゃんは部屋も窯もカフェも、み~んな気に入ってくれて、今の職場には義理があるから直ぐには辞められねェけど、片が付いたらマエストロ神楽坂でパティシエやりたいって言ってくれてんだ。セイちゃんのアップルパイ、絶品なんだぜ!」
「柊一のキッシュも絶品だ。それに、あの窯は実に素晴らしい。私は自分の店を持つのが夢だったが、あの窯を見てしまったら、店を持つことよりもあの窯でパイを焼くことの方に、魅力を感じている。ジジイの振る舞いは業腹だが、結果的に全てリセットとなったのは好都合だ。心機一転して、ここで仕事をしたいと思っている」
「やったぁ! セイちゃん来るの手ぐすね引いて待ってたんだぜ! あ、給料のこととかは、ケイちゃんと相談してくれな。営業はセイちゃんがしたい日にしてくれりゃいいからサッ!」
アタマ下げるとか言っていた舌の根も乾かぬうちに、シノさんはまたしても、人生の当たりくじを引き当てたらしい。
「あの窯を使って、自由に仕事が出来るのならば、私も嬉しい」
クセのある綺麗な笑顔を見合わせているシノさんとシロタエ氏は、全く似てないのに、同じ顔をしているように見えた。
そこらじゅうぶつけまくって、痣だらけだ。
「それで兄さん、こちらは?」
ダイニングのデッカいテーブルの上座(?)でふんぞり返っている謎の高飛車将校は、いかにもそんな質問をされるのが心外だって感じでチラッと敬一クンを見る。
「ありゃ? ケイちゃんはセイちゃんに会ったコト無かったっけか? こちらは白砂聖一さん、レンのお隣さんだよ」
「シロタエさんですか…。はじめまして」
フルネームを聞いたところで、敬一クンが不思議そうな顔をしていたのも無理はない。
なぜならシロタエ氏は、詰襟の服装も白っぽいが本人の髪も真っ白な上に肌色も白く、そもそもどう見ても日本人じゃない顔立ちで、目玉なんかガラス玉みたいなスカイブルーなのだ。
態度は軍人みたいだが、気配がしないというか、動きが異様に静かでコンクリの階段を、硬そうなヒールの付いた革靴で登っている時ですら殆ど足音が聞こえないほどだったから、暗闇の中にこの人物がいたら、幽霊に見えても仕方が無いと思う…。
だが鋼の精神力を持つコックローチ・ストライカーのエビセンには、そんな言い訳は通用しなかった。
「ヘタレビビリぐま! 何が幽霊だっ、普通に生きてる人間じゃねーか!」
とうとう俺もコグマもエビセンの年功序列の枠からおン出されて、人格の境界線すらなくなっている。
二人とも口を開いて何かを言う前に、腰抜けは黙っとれ! の一言で一蹴された。
「そんでセイちゃん、戻って来てンのに、戻ってナイってどーいう意味?」
「着替えを取りに来ていただけだ。既に何度か来ている」
参考までにシロタエ氏が着替えを取りに戻った日にちを訊ねると、幽霊の目撃日にピタリと一致した。
「セイちゃんちのおとっつぁん、ソッチューだっけ? 死んだんか?」
「兄さん、そんな言い方は失礼…」
「いいや、いっそ死んでくれればこんなにこじれなかったんだが、あいにく生きている。半身不随で滑舌が悪くなったのに、中身は相変わらず元のままだ」
シノさんの直球すぎる問いを敬一クンが窘めるスキもなく、シロタエ氏はシノさんを上回るバットのど真ん中で、返事を打ち返した。
「あ~、なまじ生き残られてちゃ、そりゃこじれるわな~」
「だが、跡継ぎのことはいくら話し合ったところで解決はしない。最後の温情で介護施設への入居の手続きだけは済ませてやる約束なので、数日後にはこちらに戻る予定だ」
「跡継ぎ?」
自分も父親の期待を裏切って、東京の大学に進学した敬一クンにしてみれば、そこは気になるワードなのだろう。
「クソジジイは、カソリックの神父だ。私が後を継ぐことを希望している」
宗教関連で鍛えられてきたと言われたら、やたらに響く声とか、今時は学生でもあんまり見かけない詰襟とか、所作がやたら静かな理由とかに、変に納得してしまう。
「くそ…なんですか?」
「クソジジイ。父のことだ」
シロタエ氏の返答に、敬一クンは殊更ビックリしたような顔をしている。
「なぜ、そんな風に呼ぶんですか?」
「父と呼ぶのも腹立たしいからだ」
「なぜ、跡を継がないんですか?」
「私はキリスト教徒では無いのでね」
「父親が神父なのに、宗教が違うんですか?」
するとシロタエ氏は、今までと全く同じ紋切り口調で言った。
「私はゲイだ」
いきなりのカミングアウトに仰天した。
でもこの仰天は、あんまりズケズケハッキリ言われたから仰天したのであって、シノさんに惚れてる俺が、ドン引き出来る筋合いじゃない。
それに考えたらもっとたまげるべきなのは、この場にいるメンツはみんな、同じ嗜好だってことだ。
唯一、同趣味を表明してない敬一クンは、どうやら単語の意味がよく解らないらしく、モノ問いたげな顔でコッチを見るので、目線が合わないよう慌てて顔を逸らした。
ついでに、敬一クンの脇っ腹をエビセンが肘で突つきながら小声で「あとで教えてやっから」と言ったことも、俺は聞かなかったことにしておきたい。
「ティーンエイジの頃にゲイだとカミングアウトしたら、全寮制の神学校に入学させられた。その後は逃亡を図っては連れ戻されることを繰り返してきたが、色々手間も時間も掛けてようやく帰化の申請も通り、姓名も日本人名になり、改宗も済ませた。それを伝えるために連絡をしたところ、卒中で倒れたと言ってきた。そこで仏心を出したのが間違いだったのだが、一方的に家出をしたままなのも後味が悪いように思い、顔を見せに戻ったのだが。半身不随になったことを利用して、私の同情を引き、介護をさせることで家に繋ぎ止め、意見の合わない性的嗜好を矯正させるための策略だと判明したので、きっぱりと親子の縁を切ると引導を渡してやった」
「おとっつぁん、背水の陣で敗北かぁ~。ま、なんでも自分の思うとーりにしたかったら、それなりに伏線張って、アタマ下げる相手には、下げとかなきゃイカンって話だな」
シノさんはニシシと笑ってるが、俺がシロタエ氏の父親だったら "コイツには言われたくない" と反論するだろう。
「ところで柊一。戻ったら話そうと思っていたのだが、実は頼みがある」
「なんじゃい?」
「此処に入居をする際に、いつかあの窯を使わせて欲しいと頼んだことを覚えているか?」
「おうよ。でもセイちゃん、直ぐはムリつってたじゃん」
「実は、父が倒れたとの連絡を受け、取る物も取り敢えず実家に戻ったのだが。先日、長期休暇の申請をしようと勤め先に連絡したところ、既に私は離職していると言われた」
「えっ? それって無断欠勤とかで? いや、でも、親が倒れたって話したんだよねぇ?」
「前述の通り、ジジイは私を跡継ぎにする気でいた。私が実家に戻ったタイミングで、弁護士らしき代理人を使って、勝手に離職手続きをされていた」
「それは酷い。でもそういう事情なら、職場の人事部に再雇用を願い出てみては? 上手くいかないようなら、役所やハローワークで対処の相談をするくらいのことは、手伝います」
未だ現実の不合理さを知らぬ敬一クンは、腹を立てているようだ。
「大丈夫さ、ケイちゃん! セイちゃんにはもっといい就職先があんだから!」
「え?」
「セイちゃんはパティシエなんだぜ! 最初に部屋見に来た時、俺は丁度、窯に火を入れてキッシュ焼いてたんだ。そしたらセイちゃんが、窯をちっと使わせて欲しいちゅーから、そこで一緒にランチの準備したのさ。セイちゃんは部屋も窯もカフェも、み~んな気に入ってくれて、今の職場には義理があるから直ぐには辞められねェけど、片が付いたらマエストロ神楽坂でパティシエやりたいって言ってくれてんだ。セイちゃんのアップルパイ、絶品なんだぜ!」
「柊一のキッシュも絶品だ。それに、あの窯は実に素晴らしい。私は自分の店を持つのが夢だったが、あの窯を見てしまったら、店を持つことよりもあの窯でパイを焼くことの方に、魅力を感じている。ジジイの振る舞いは業腹だが、結果的に全てリセットとなったのは好都合だ。心機一転して、ここで仕事をしたいと思っている」
「やったぁ! セイちゃん来るの手ぐすね引いて待ってたんだぜ! あ、給料のこととかは、ケイちゃんと相談してくれな。営業はセイちゃんがしたい日にしてくれりゃいいからサッ!」
アタマ下げるとか言っていた舌の根も乾かぬうちに、シノさんはまたしても、人生の当たりくじを引き当てたらしい。
「あの窯を使って、自由に仕事が出来るのならば、私も嬉しい」
クセのある綺麗な笑顔を見合わせているシノさんとシロタエ氏は、全く似てないのに、同じ顔をしているように見えた。
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