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S1:赤いビルヂングと白い幽霊

8.甘食じゃなくてアマホク

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 聞けば聞くほど謎が深まるミナミのことで、ホクトを交えて三人で話をしていると、坂の下から上がってくるカブのエンジン音が聞こえてきた。

「あ、ケイちゃん帰って来た」

 原チャながらも力強いスーパーカブが颯爽と路地を曲がって行ったところで、シノさんは厨房に続く通路に向かって叫んだ。

「ケイちゃーーん! 上あがンないで、こっち来てーー!」

 入り口脇の駐輪場にカブを停めたのだろう敬一クンが、廊下を通ってこちらへやってる。

「ただいま、兄さん。どうかしましたか?」
「店の帳簿が見たいってヒトが来てんだよ」
「帳簿? また税務署の人ですか?」
「チガウ。アマホクは、えーと、出資者の従兄弟…だったよなあ?」

 振り返ったシノさんの後ろから、敬一クンが顔を覗かせる。

「あれ、天宮?」
「ああっ、ケイ!」

 敬一クンの顔を見て以降数分間のホクトの状態を、なんと表現すればいいのだろうか。
 ハタと動きを止め、驚きと感動と喜びと~~みたいな表情のあとに両手を広げて、ダッと敬一クンに駆け寄ったホクトは、そのまま敬一クンをギュウ~~! とばかりにハグした。
 それがやっと少し離れた…と思ったら、敬一クンの顔をしげしげと見つめ、いきなりひたいと両頬にチュウをして、それからまたギュギュギュのギュウ~~! てなハグをしている。
 アクション全部が演技過多なミュージカルみたいになってて、しかも敬一クンはいつも通りにのほほんとしてて、されるがままになっている。
 俺はその一部始終を、半口開けて眺めてしまった。
 一緒に眺めていたシノさんが、モノスゴク嬉しそうな声で言った。

「なあなあケイちゃん、アマホク、ケイちゃんの友達かー?」
「甘食がどうかしたんですか?」
「いや甘食じゃなくて、アマホク」

 まだ敬一クンをハグしていたホクトが、ようやくコッチを振り返った。

「東雲さん! ケイ…いや、中師と東雲さんは、どういう関係なんですか!」
「ケイちゃんは、俺のメシマズババアの再婚相手の息子だから、俺の弟だ!」
「弟? めしまず? え? 何?」
「天宮は友人です。でもおまえ、どうして此処にいるんだ?」

 なんだか会話が、有用な情報と無用な情報が入り混じって、わけが判らなくなってきた。

「あのさ、知り合いみたいだし、皆、部屋に上がってよく話したら? 俺が店を片付けるから」
「あー、俺も店たたむの手伝う。ケイちゃん、友達なら先に二人で上行って、旧交を温めててよ。すぐ行くから」

 珍しいことにシノさんが、率先して片付けを手伝うという。

「解りました。じゃあ、天宮。こっちに」

 敬一クンがホクトを連れて行ったので、俺とシノさんは、自分達が昼メシを食うために店の前に出していたテーブルと椅子を店内に回収し、大きく開けてあったフランス窓を閉じた。

「レン、ごめんなぁ。スッゲェ痣ンなりそうだなぁ」
「それはいいよ。それよりシノさん、近所にストーカー住んでるって、なんで早く言ってくれないのさ!」
「変なコトゆーなよ。俺はちゃんと、マエストロ神楽坂には強力なスポンサーが付いてるから大丈夫! って話したろ」
「スポンサーの話は聞いたけど、そのスポンサーが、変態ストーカーのひと口妖怪だなんて話は聞いてないよ!」

 俺が詰め寄ると、とうとうシノさんが露骨に面倒くさそうな顔をした。

「レン。俺はオマエと付き合ってるワケじゃないって、ゆってあるよな」
「…うん」
「カレシじゃないのに、ジェラシーめらめら?」
「だって、嫉妬するのはカレシとか関係無いでしょ。それに俺がシノさんに惚れてるの、知ってるクセに…」

 俺が俯いてブツブツ言うと、シノさんは盛大な溜息を吐いた。

「オマエがそんな嫉妬深い性格してっから、俺はオマエをカレシにしたくねェんじゃん! さっきのアマホクとケイちゃん見てたろが! ほっぺにチューくらいでだれも騒いでねーだろ! ハグも挨拶! 嫉妬禁止! 文句言うなら、今度は本気でオマエにグーパンすっからな!」
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