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3.ピアノとヴァイオリン
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それで俺は、元の位置に戻ろうとしたが、視界を過ぎった光景に不思議な印象を受けて、振り返ってしまった。
一瞬、同じ人物が二回通り過ぎたような気がしたのだ。
だが見てみればなんという事もない、メンバーの中に双子がいたのだ。
それがまたちょっとハーフっぽい感じのする、メゾンでさんざん美形を見慣れている俺でも目を引かれるほどの、美貌の双子だ。
だがこのソックリさん達は、片割れが髪を染めていて、すぐに見分けがついた。
まぁ、双子ってのは相手との差異を作りたがるものだと言うし、間違えられるのを嫌うと言うから、わざと髪を染めているのかもしれない。
「おー、確かにグランドピアノ!」
コーキと呼ばれた先頭の彼は、ピアノの傍に寄ったところで感嘆の声を上げる。
まぁ、これも最近見慣れた光景のひとつ…と言えなくもない。
「ウワサ通り大きいな。フルコンサイズ?」
「…うん、ベーゼンドルファーのコンサートグランドだね。88鍵の」
「でも調律大丈夫なのか? まさか、あのおっさんが調律してるとか、ないよな?」
「普通に調律師呼んでるんじゃない? この店、高そうだし」
そういう話は、もうちょっと声のトーンを落として話しなさい。
と〝おっさん〟呼ばわりされた身としては言ってやりたい気もしたが、なんせビビリの小心者なので、ココロの中でツッ込むだけで済ませておく。
ポーンと鍵盤を叩いたコーキ君は、ヒューと口笛とも溜息ともつかない息を吐いた。
「音、バッチリじゃん!」
その後もなんとなく聞こえた少年達の会話から、彼らが高校生だという事が分かった。
さすがに音楽家のタマゴ達は、ピアノを弾き始めたら雑談は止まる。
弾いているのはずっとコーキ君だけで、付いてきていた二人は、演奏が止まったところであれこれ言っても、自分達は楽器に触れない。
だがその理由も、会話の中でなんとなく分かった。
ソックリさん達は、天宮家の連中とは違って、本物の双子のようだ。
髪を染めている方がお兄さんのヨウ君で、染めてない方が弟のセイ君。
そもそも音大の付属なんだか、音大を目指しているんだかの、そのスジでは有名な私立の音楽高校に通っている。
当然、資産家の息子達で、当たり前のように練習スペースを持っているけど、コーキ君だけは一般家庭用のアップライトを使っているらしい。
近々にコンテストだか試験だかを控えていて、学校にあるグランドピアノは競争率が高く、なかなか練習が出来ないというのだ。
そんな折り、ウチのウワサを聞きつけて、わざわざ地下鉄を乗り換え、迷子になりそうな路地をたどって、此処までやってきたのだろう。
「君達は、高校生かね?」
俺は高校生達の方を態と見ないようにしていた所為で、厨房から白砂サンが出てきていた事に全く気付いていなかった。
「えっ、あ、はい、そうですっ!」
雑談混じりで練習曲について話をしていた少年達は、唐突に現れた銀髪碧眼のホンモノの外人が、流暢な日本語で話しかけてきて、びっくりした様子だった。
「今日は、練習に?」
「そ…そうです」
厨房に居ても、客が来たら気付く特技を持つ白砂サンは、奥で仕事をしながら、ずっとこちらの演奏を聴いていたらしい。
だがそもそも紋切口調で居丈高な白砂サンの態度は、少年達を萎縮させるに充分だ。
彼らはなんとなく「おっさんは演奏してイイって言ったのに、嘘だったの?」的な目線を俺に送ってきている。
少年達の救いを求めるような視線に応えて、俺は仲裁に入った。
「あの、白砂サン。うるさかったですか?」
「いや。ただ、数人いるようなのに、演奏が一つしか聴こえないのが気になった」
元来、細かいコトにこだわりまくるオタク体質の白砂サンは、客が少なくてヒマだったからか、気になった部分を探求しにきたらしい。
俺達の会話から、どうやら怒られる訳ではないらしいと理解した少年達は、なんとなく顔に安堵が見える。
「改めて訊ねるが、なぜ一人しか演奏していないのかね?」
「えっと、あの……僕たち、ピアノを弾きに来てて…このベーゼンドルファー製の大きなピアノってなかなか触れないから…だから、えと…」
コーキ君が、俺が雑談の断片から察したのとほぼ同じ内容の説明をする。
白砂サンは、なるほどと言った様子で話を聞いていたが、ふと何かに気付いたような様子を見せた。
「誰がヴァイオリニストなのかね?」
なんとなく白砂サンの目線を追うと、少年達の荷物の中に、なるほどヴァイオリンケースが一つ混ざっている。
「俺です」
ヨウ君が、挙手をした。
「聴かせてもらってもいいだろうか?」
「なぜですか?」
「もう三時間ばかり、同じ演者の同じ曲を聴いていて、飽きた」
なんの飾りもクッションもなく、それは言っちゃダメだろうと思ったが、俺がフォローをするスキもなく、コーキ君はショックな顔になっている。
「別に、下手では無かったよ」
「いえ……あの……、はい…」
がっかりした顔の友人の様子に義憤を覚えたのか、セイ君が奮起したように立ち上がった。
「じゃあ、ピアノは僕が」
しょんなりしているコーキ君が力なく椅子から立ち上がると、セイ君はその背中をポンポンと叩いて、小声で「ドンマイ」と言っている。
そしてセイ君がピアノ椅子に腰を下ろすと、ヨウ君はケースからヴァイオリンを取り出した。
室内にポーンと一音〝ラ〟が響くと、ヴァイオリンから同じ音程の音がそれを追うように奏でられる。
それから二人は、目配せすらせずに息を合わせ、俺でも知っているクライスラーの「愛の喜び」を演奏し始めた。
一瞬、同じ人物が二回通り過ぎたような気がしたのだ。
だが見てみればなんという事もない、メンバーの中に双子がいたのだ。
それがまたちょっとハーフっぽい感じのする、メゾンでさんざん美形を見慣れている俺でも目を引かれるほどの、美貌の双子だ。
だがこのソックリさん達は、片割れが髪を染めていて、すぐに見分けがついた。
まぁ、双子ってのは相手との差異を作りたがるものだと言うし、間違えられるのを嫌うと言うから、わざと髪を染めているのかもしれない。
「おー、確かにグランドピアノ!」
コーキと呼ばれた先頭の彼は、ピアノの傍に寄ったところで感嘆の声を上げる。
まぁ、これも最近見慣れた光景のひとつ…と言えなくもない。
「ウワサ通り大きいな。フルコンサイズ?」
「…うん、ベーゼンドルファーのコンサートグランドだね。88鍵の」
「でも調律大丈夫なのか? まさか、あのおっさんが調律してるとか、ないよな?」
「普通に調律師呼んでるんじゃない? この店、高そうだし」
そういう話は、もうちょっと声のトーンを落として話しなさい。
と〝おっさん〟呼ばわりされた身としては言ってやりたい気もしたが、なんせビビリの小心者なので、ココロの中でツッ込むだけで済ませておく。
ポーンと鍵盤を叩いたコーキ君は、ヒューと口笛とも溜息ともつかない息を吐いた。
「音、バッチリじゃん!」
その後もなんとなく聞こえた少年達の会話から、彼らが高校生だという事が分かった。
さすがに音楽家のタマゴ達は、ピアノを弾き始めたら雑談は止まる。
弾いているのはずっとコーキ君だけで、付いてきていた二人は、演奏が止まったところであれこれ言っても、自分達は楽器に触れない。
だがその理由も、会話の中でなんとなく分かった。
ソックリさん達は、天宮家の連中とは違って、本物の双子のようだ。
髪を染めている方がお兄さんのヨウ君で、染めてない方が弟のセイ君。
そもそも音大の付属なんだか、音大を目指しているんだかの、そのスジでは有名な私立の音楽高校に通っている。
当然、資産家の息子達で、当たり前のように練習スペースを持っているけど、コーキ君だけは一般家庭用のアップライトを使っているらしい。
近々にコンテストだか試験だかを控えていて、学校にあるグランドピアノは競争率が高く、なかなか練習が出来ないというのだ。
そんな折り、ウチのウワサを聞きつけて、わざわざ地下鉄を乗り換え、迷子になりそうな路地をたどって、此処までやってきたのだろう。
「君達は、高校生かね?」
俺は高校生達の方を態と見ないようにしていた所為で、厨房から白砂サンが出てきていた事に全く気付いていなかった。
「えっ、あ、はい、そうですっ!」
雑談混じりで練習曲について話をしていた少年達は、唐突に現れた銀髪碧眼のホンモノの外人が、流暢な日本語で話しかけてきて、びっくりした様子だった。
「今日は、練習に?」
「そ…そうです」
厨房に居ても、客が来たら気付く特技を持つ白砂サンは、奥で仕事をしながら、ずっとこちらの演奏を聴いていたらしい。
だがそもそも紋切口調で居丈高な白砂サンの態度は、少年達を萎縮させるに充分だ。
彼らはなんとなく「おっさんは演奏してイイって言ったのに、嘘だったの?」的な目線を俺に送ってきている。
少年達の救いを求めるような視線に応えて、俺は仲裁に入った。
「あの、白砂サン。うるさかったですか?」
「いや。ただ、数人いるようなのに、演奏が一つしか聴こえないのが気になった」
元来、細かいコトにこだわりまくるオタク体質の白砂サンは、客が少なくてヒマだったからか、気になった部分を探求しにきたらしい。
俺達の会話から、どうやら怒られる訳ではないらしいと理解した少年達は、なんとなく顔に安堵が見える。
「改めて訊ねるが、なぜ一人しか演奏していないのかね?」
「えっと、あの……僕たち、ピアノを弾きに来てて…このベーゼンドルファー製の大きなピアノってなかなか触れないから…だから、えと…」
コーキ君が、俺が雑談の断片から察したのとほぼ同じ内容の説明をする。
白砂サンは、なるほどと言った様子で話を聞いていたが、ふと何かに気付いたような様子を見せた。
「誰がヴァイオリニストなのかね?」
なんとなく白砂サンの目線を追うと、少年達の荷物の中に、なるほどヴァイオリンケースが一つ混ざっている。
「俺です」
ヨウ君が、挙手をした。
「聴かせてもらってもいいだろうか?」
「なぜですか?」
「もう三時間ばかり、同じ演者の同じ曲を聴いていて、飽きた」
なんの飾りもクッションもなく、それは言っちゃダメだろうと思ったが、俺がフォローをするスキもなく、コーキ君はショックな顔になっている。
「別に、下手では無かったよ」
「いえ……あの……、はい…」
がっかりした顔の友人の様子に義憤を覚えたのか、セイ君が奮起したように立ち上がった。
「じゃあ、ピアノは僕が」
しょんなりしているコーキ君が力なく椅子から立ち上がると、セイ君はその背中をポンポンと叩いて、小声で「ドンマイ」と言っている。
そしてセイ君がピアノ椅子に腰を下ろすと、ヨウ君はケースからヴァイオリンを取り出した。
室内にポーンと一音〝ラ〟が響くと、ヴァイオリンから同じ音程の音がそれを追うように奏でられる。
それから二人は、目配せすらせずに息を合わせ、俺でも知っているクライスラーの「愛の喜び」を演奏し始めた。
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