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しかも、子供向けのオモチャだからなのか変に頑丈に出来ていて、少々乱暴に扱っても壊れそうもない。
「んで、寮を出た後はどうしてたんだ?」
「お袋の所に戻った後、お袋の再婚相手っつーのが金出してくれて全日制の高校に行ってさ。おかげでなんとか就職も決まったッつーワケ。それよりオマエはどうしたの? いくらなんでもわざわざ寮の近所に勤めてるなんて……まさかまだあそこにいるワケじゃないんだろ?」
「まぁ、ちょっとしたきっかけで、事務棟にいた東雲サンってヒト覚えてるか? あのヒトに世話になって、今はあそこのスーパーに勤めながら、夜は学校行ってンだよ」
「ひえ~! ハルカが学費稼ぎながら夜学通いかよ! 意外だなぁ!」
「俺だって、こんな事するようになるなんて思ってなかったけど。……東雲サンが援助してくれるから、やっぱ期待には応えないとって思ってさ」
ちょっと誇らしげに思いながらそう答えた俺に、カズヤは微かに奇妙な表情を浮かべた。
「あのさぁ、東雲サンって、総務課かなんかにいて時々こっちに事務連絡しにきた、あのヒトだよナァ?」
「ああ、うん。そうだよ」
「オマエ今、東雲氏と暮らしてるの?」
「まぁな」
「…………あのさぁ、あんまり気を悪くしないでくれな。ちょっと………その~、ただの好奇心っつーか……たいして意味もない話だから………」
「はぁ? オマエ、なに言ってンの?」
ちょっと考え込むような顔の後、カズヤはおもむろに俺を見た。
「オマエが寮に来る前から、寮生の間でちょっとしたウワサ………みたいなのがあってさぁ。……東雲氏ってホモだってホント?」
一瞬、ドキッとしたけど、俺は敢えてそれを表情には出さなかった。
「は?」
「オマエはさぁ、そーいうウワサ話っつーか、下ネタ系のバカ話には滅多に加わらなかったから、知らないと思うんだけど。寮生の間では結構有名な話だったんだぜ? 夕方になると事務棟の正門にカレシが迎えにきて、二人で仲睦まじく帰っていく所を見たとか。オマエが今勤めてるスーパーに、週末東雲氏と背のデッカイ男がじゃれ合いながら買い物にきたとか……。なんだかんだ言って児童相談所なんて一応は公務員の端くれなのに、カレシがいるようなの良く雇ってるな~なんて、みんな言ってたんだよ。俺は見たコト無かったし、オマエが来るチョイ前くらいからあんまり話題に上らなくなってさぁ。だから、一緒に暮らしているならオマエ知ってるかな? って思って」
「いや、そんな風な様子、全然ねェよ。ただの中傷じゃねェの?」
「まぁなぁ。俺等にとっては事務棟の人間はあんまり良い印象無かったからな。そういうのもあったかもしれねェもんなぁ」
「つーか、カズヤらしくもねェじゃん。自分で目撃した訳でもないのに、そんな年長組のホラ話を信じるなんてさぁ。特に俺等の前の連中なんて、年下のヤツらを引っかける事しか頭にないバカばっかりだったじゃんか」
「そりゃそうなんだけどさぁ。……でも、なんつーの? ガキだった俺ですらがそーいうウワサがあるって言われると、ああそうかもしんねェな…なんて思っちゃうくらいイロっぽい……っつーと妙な表現なんだけど……さぁ」
「別に、東雲サンはオカマっぽくないぜ?」
「なよっとしてるとか、カマっぽいっつーのとは違うンだよ。なんつったらいいのか……イイニオイがしてる…みたいな感じ?」
「なんだそりゃ?」
俺が東雲サンに惹かれている確信を点かれたようで無闇に焦りを感じ、俺はわざとらしいぐらい無関心を装って見せる。
とはいえ、寮にいた頃の俺は「その手」の話題を端から冷笑で聞きもしなかったから、カズヤはなんの不審も持たなかったようだ。
「んでも、ハルカが一緒に住んでて、そーいうそぶりも無いンだろ? ならただのウワサだったんだろうナァ」
ガッカリしたのか、喜んでいるのか、良く解らないが。
とにかく、長年の「ナゾ」が解けたとご満悦のカズヤとは対照的に、俺は酷く混乱していた。
店の外でカズヤと別れ、俺は再び職場に向かったけれど。
頭の中は、カズヤに教えられた東雲サンの「過去のウワサ」がグルグル回っていた。
やっぱり東雲サンは、そうした付き合いが過去にあったのだ!
そりゃ確かに、あんなにも魅力的なヒトならばさほど驚くような事じゃない。
寮にいた「指導員」達は、それなりに愛想も愛嬌もあったし、彼らの大半はその職業を選んだだけあって基本的に「子供好き」が多かったから、寮生とも積極的に馴染んできた。
しかし、事務棟にいる人間達は大概が寮生とは馴染もうとはしない。
もっともそれは「しない」のはなくて、「してはいけない」だったらしいが。
それゆえに、俺は彼の事をもっと「取っつきの悪い人間」だと思っていた。
だからこそ逆に、路頭に迷い掛けた俺に差し伸べられた手は意外だったし、私生活を共にするようになって初めて気付いた事は数え切れないほどある。
寮生と事務員のままだったら、俺には彼の魅力を理解する事など無かっただろう。
だが、少々マセたカズヤのような輩には、彼の魅力は充分理解出来ていたようだったし。
彼と個人的に付き合う機会が有れば、それに気付くのは容易なはずだ。
過去において、彼には特定の「誰か」が存在していた。
つまり、彼は特定の誰かと付き合う事が出来る筈なのだ。
にも関わらず、俺には応えてくれない………。
その理由も解らない。
気もそぞろで午後からの仕事を済ませ、学校に行っても授業は上の空だった。
考える事は、ひたすら彼に対する疑問だけ。
しかも、答えは決して出ないのだ。
「んで、寮を出た後はどうしてたんだ?」
「お袋の所に戻った後、お袋の再婚相手っつーのが金出してくれて全日制の高校に行ってさ。おかげでなんとか就職も決まったッつーワケ。それよりオマエはどうしたの? いくらなんでもわざわざ寮の近所に勤めてるなんて……まさかまだあそこにいるワケじゃないんだろ?」
「まぁ、ちょっとしたきっかけで、事務棟にいた東雲サンってヒト覚えてるか? あのヒトに世話になって、今はあそこのスーパーに勤めながら、夜は学校行ってンだよ」
「ひえ~! ハルカが学費稼ぎながら夜学通いかよ! 意外だなぁ!」
「俺だって、こんな事するようになるなんて思ってなかったけど。……東雲サンが援助してくれるから、やっぱ期待には応えないとって思ってさ」
ちょっと誇らしげに思いながらそう答えた俺に、カズヤは微かに奇妙な表情を浮かべた。
「あのさぁ、東雲サンって、総務課かなんかにいて時々こっちに事務連絡しにきた、あのヒトだよナァ?」
「ああ、うん。そうだよ」
「オマエ今、東雲氏と暮らしてるの?」
「まぁな」
「…………あのさぁ、あんまり気を悪くしないでくれな。ちょっと………その~、ただの好奇心っつーか……たいして意味もない話だから………」
「はぁ? オマエ、なに言ってンの?」
ちょっと考え込むような顔の後、カズヤはおもむろに俺を見た。
「オマエが寮に来る前から、寮生の間でちょっとしたウワサ………みたいなのがあってさぁ。……東雲氏ってホモだってホント?」
一瞬、ドキッとしたけど、俺は敢えてそれを表情には出さなかった。
「は?」
「オマエはさぁ、そーいうウワサ話っつーか、下ネタ系のバカ話には滅多に加わらなかったから、知らないと思うんだけど。寮生の間では結構有名な話だったんだぜ? 夕方になると事務棟の正門にカレシが迎えにきて、二人で仲睦まじく帰っていく所を見たとか。オマエが今勤めてるスーパーに、週末東雲氏と背のデッカイ男がじゃれ合いながら買い物にきたとか……。なんだかんだ言って児童相談所なんて一応は公務員の端くれなのに、カレシがいるようなの良く雇ってるな~なんて、みんな言ってたんだよ。俺は見たコト無かったし、オマエが来るチョイ前くらいからあんまり話題に上らなくなってさぁ。だから、一緒に暮らしているならオマエ知ってるかな? って思って」
「いや、そんな風な様子、全然ねェよ。ただの中傷じゃねェの?」
「まぁなぁ。俺等にとっては事務棟の人間はあんまり良い印象無かったからな。そういうのもあったかもしれねェもんなぁ」
「つーか、カズヤらしくもねェじゃん。自分で目撃した訳でもないのに、そんな年長組のホラ話を信じるなんてさぁ。特に俺等の前の連中なんて、年下のヤツらを引っかける事しか頭にないバカばっかりだったじゃんか」
「そりゃそうなんだけどさぁ。……でも、なんつーの? ガキだった俺ですらがそーいうウワサがあるって言われると、ああそうかもしんねェな…なんて思っちゃうくらいイロっぽい……っつーと妙な表現なんだけど……さぁ」
「別に、東雲サンはオカマっぽくないぜ?」
「なよっとしてるとか、カマっぽいっつーのとは違うンだよ。なんつったらいいのか……イイニオイがしてる…みたいな感じ?」
「なんだそりゃ?」
俺が東雲サンに惹かれている確信を点かれたようで無闇に焦りを感じ、俺はわざとらしいぐらい無関心を装って見せる。
とはいえ、寮にいた頃の俺は「その手」の話題を端から冷笑で聞きもしなかったから、カズヤはなんの不審も持たなかったようだ。
「んでも、ハルカが一緒に住んでて、そーいうそぶりも無いンだろ? ならただのウワサだったんだろうナァ」
ガッカリしたのか、喜んでいるのか、良く解らないが。
とにかく、長年の「ナゾ」が解けたとご満悦のカズヤとは対照的に、俺は酷く混乱していた。
店の外でカズヤと別れ、俺は再び職場に向かったけれど。
頭の中は、カズヤに教えられた東雲サンの「過去のウワサ」がグルグル回っていた。
やっぱり東雲サンは、そうした付き合いが過去にあったのだ!
そりゃ確かに、あんなにも魅力的なヒトならばさほど驚くような事じゃない。
寮にいた「指導員」達は、それなりに愛想も愛嬌もあったし、彼らの大半はその職業を選んだだけあって基本的に「子供好き」が多かったから、寮生とも積極的に馴染んできた。
しかし、事務棟にいる人間達は大概が寮生とは馴染もうとはしない。
もっともそれは「しない」のはなくて、「してはいけない」だったらしいが。
それゆえに、俺は彼の事をもっと「取っつきの悪い人間」だと思っていた。
だからこそ逆に、路頭に迷い掛けた俺に差し伸べられた手は意外だったし、私生活を共にするようになって初めて気付いた事は数え切れないほどある。
寮生と事務員のままだったら、俺には彼の魅力を理解する事など無かっただろう。
だが、少々マセたカズヤのような輩には、彼の魅力は充分理解出来ていたようだったし。
彼と個人的に付き合う機会が有れば、それに気付くのは容易なはずだ。
過去において、彼には特定の「誰か」が存在していた。
つまり、彼は特定の誰かと付き合う事が出来る筈なのだ。
にも関わらず、俺には応えてくれない………。
その理由も解らない。
気もそぞろで午後からの仕事を済ませ、学校に行っても授業は上の空だった。
考える事は、ひたすら彼に対する疑問だけ。
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