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第30話

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 それから数日、俺はまるっきり魂が抜けたみたいな生活をしていた。
 こんなに柊一サンに惚れきってたら、もう他の誰かの機嫌なんて取れないし、取りたくもない。
 まして色事のサービスなんて、グチ金にツブされなくたって、今の俺は全くの役立たずだ。
 おべっかの使えないジゴロなんて、粗大ゴミだって引き取っちゃくれないだろう。
 考えるのは、柊一サンの事と、愚かなブラックメールの事ばかり。
 結局、俺はダラダラと酒を飲んで、クダを巻いて、なんとかして全部を忘れてしまおうとしたけど。
 でも、どんなに飲んでも、むしろ俺のバカさばかりが際だつだけで、ちっとも効果は発揮されなかった。
 そうして日中を過ごし、夜になると未練たらしく表参道に出掛けていく。
 柊一サンのマンションを下から眺めて、溜息を吐いてはスゴスゴとねぐらに戻るのだ。
 そんな馬鹿げた毎日を繰り返したところで、何の役にも立たないが。
 だけど俺は、自分で自分の人生を終わりに出来る程の勇気も持ち合わせて居なかった。
 そう考えると、ますます自分が救いようのないクズだと痛感する。
 こんなに柊一サンに惚れていて、そして柊一サンはもうきっと俺のコトなんて許してはくれないだろう。
 だけど柊一サンが俺を許してくれない事よりも、俺の愚かな行動で柊一サンを深く傷つけてしまった事の方が、俺にとっては後悔のタネだった。
 もう、絶対に許して貰えなくても良い。
 ただ、傷つけてしまった柊一サンの心を癒せるんだったら、俺はなんでも出来る。
 だけど俺が出来る事なんて、何一つありゃしないのだ。
 柊一サンのマンションの前で、俺は大きな溜息を吐いた。
 こんなに毎晩ココにやってきては、マンションを見上げて逡巡しては、俯いて溜息を吐き、またそこらをグルグル歩き回る……そんな不審な行動をとり続けていたら、そのうち警察に通報されるんじゃ無かろうか? とか思っても。
 夕方になってくると、そうせずに居られなくなって、部屋を出てココに来てしまう。
 だけど俺の顔を見るだけで、柊一サンを傷つけてしまうかもしれないって思ったら、怖くて柊一サンの部家の扉を叩く事なんて出来なかった。

「ハルカ」

 後ろから声を掛けられて、俺はギクリとなった。

「ねぇ、そこにいるの、ハルカでしょ?」

 だけど、更に続けて呼ばれた声音に、それが柊一サンではない事に気付き、俺は振り返る。

「久しぶり」

 ニッと笑った元パトロンに、俺は思いっきり不愉快な顔を向けた。

「今更、俺になんか用?」
「なにそれ、久しぶりだってのにさ」
「白々しいな。だってオマエ、ずっと俺のコト追けまわしてただろ?」
「なんだ、知ってたの?」
「グデグデに酔っぱらってたって、コドランの顔ぐらい見りゃワカルさ」
「ふうん、気がついてたんだ」
「だったら、なんだよ?」
「なのに声掛けなかったんだ」
「当たり前だろ。今更コドランを誘うほど、暇じゃないぜ」
「失敬しちゃうな。俺の方こそ、今更ハルカに誘われたってお断りだよ」
「じゃあ、なんだって追けまわしてンだよ?」
「俺さぁ、ハルカが頭下げて悪かったって謝ってきたら、許してやっても良いって思ってるんだよ?」
「許す? なんだそりゃ。やっぱりオマエ、俺とヨリを戻したいンじゃないの? だいたい俺は、コドランに頭下げるいわれなんかないね」
「あ、そう」

 これ以上、コドランの顔を見ているのも不愉快だったから、俺は早々にコドランに背を向けて、表参道の駅に向かって歩き出した。

「ホンット、自己チューでサイテーだよな! 最初から、こうしてやれば良かった!」

 また捨て台詞と共に殴られるのかと思って俺が振り返った時、コドランは俺の横っ腹に思いっきり体当たりを喰らわせてきた。
 否、コドランは両手で握りしめたバタフライナイフを、俺の横っ腹に突き立ててきたのだ。
 反動で俺の身体は倒れ、立ちつくして俺を見下ろしているコドランの手は、真っ赤に染まっていた。
 その両手に握られているバタフライナイフが、いやにギラギラと光って見えて。
 腹に開いた穴から血液が流れ出ていく感触が、やたらリアルで生々しく、そこだけが燃えるように熱くて。
 手足が冷たく重くなってくるような感じがして、目の前で顔を歪めて俺を罵っているコドランの顔がだんだん暗い縁取りに覆われて行く。
 コドランの声は聞こえなくて、ただ耳の奥で心臓がドクンドクンいう音がやたら大きく頭の中に響いていた。

 目の前が真っ暗になった時、俺は自分の人生が終わったんだと思った。
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