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第26話
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件の知人に頼んだら、ホントに呆気なく「多聞氏のカミサンの実家の住所」は判明した。
さすがにハイソな高級住宅街の住所が記されたメモを、数枚の紙幣と交換したところで、俺は古典的な切り抜き文字のブラックメールを作成した。
俺は金を強請ったり、企業を恐喝したり…ってつもりは全くなかったけれど、そもそも同封する写真だけではインパクトが薄いって事も判っていたし、ありきたりな郵便物ではダイレクトメールと間違えてポイされてしまうかもしれないと思ったからだ。
禍々しい切り抜き文字の封筒を開けば、中には夜間のカフェで男と密会している多聞氏の写真と、密会相手…すなわちハッチの素性を簡単に書き添えた切り抜き文字の手紙が添えてある。
根は無精なんだけど、こういう事って始めるとハマるンだよなぁ。
ゴム手袋をして新聞を切り抜き、糊を塗って封筒に貼る…なんて作業に没頭していたら、すっかり夕方になっていた。
郵便物の投函と夕食を兼ねて出掛けようとしたら、俺のケータイが着信を告げた。
「はい、ハルカで~す」
『ハルカ、今ドコだ?』
耳に流れ込む心地よい声音に、俺は心が浮き浮きと浮き立った。
「今、自宅ですけど?」
『自宅って、西新宿?』
「はい、そうです。嬉しいなぁ、柊一サンがわざわざ出張先からラブコールくれるなんて!」
『いや、今もう新宿駅にいるんだ』
「どうしたの? 帰ってくるの、明日じゃなかったっけ?」
『うん、実は予定より早く仕事が終わったから、戻ってきた。これから、夕食でも一緒にどうだ?』
「そりゃあもう、願ってもナイっすよ!」
通話を切って、俺は真っ直ぐ約束の場所に飛んでいった。
食事をした後は、もちろん柊一サンのマンションに向かった。
柊一サンが既に駅に到着していたから、とにかく1秒でも早く合流したかったのと、合流した後は柊一サンの目については不味かったから、結局手紙は投函出来なかった。
でも、そんな事は後でいくらでも出来るから、今はどうでもイイ。
甘口のカクテルをちょっぴり舐めて、すっかりゴキゲンの柊一サンが屈託無く笑いながら、俺との会話と楽しんでくれている事の方がずっと重要だ。
部屋に戻って、キスをしようとしたら、簡単に遮られてしまった。
「どうしたの?」
「いや、ハルカのペースに乗せられたら、俺の話が全然出来ないから……」
なんて言いながら、カバンの中をごそごそやってる。
「なにを捜してるの?」
「ああ、うん……、あった、コレだ」
柊一サンはカバンから何かを取り出すと俺が座っているソファの隣に腰を降ろした。
「柊一サン、イイニオイ……」
「こら、よせって。………ええっと、どうやったら自分の番号が分かるんだ、こりゃ?」
「ん? そのケータイどうしたの?」
「ハルカが個人の携帯を持てって言うから、買ったんだ」
「え?」
思わず、柊一サンの肩にくっつけていた鼻を引っぺがし、俺は柊一サンの手元からその小さな機械を取り上げる。
「うわ~、ちゃんと俺と同じソフトバンクだ」
「一番安いプランって言うのしか入ってないぞ」
「充分、充分。これでショートメールのやりとりが出来るから、わざわざ電話出ないでも用件済ませられちゃう」
早速、柊一サンのケータイから俺のケータイに電話とメールをさせ、そのまま返信をさせる事で双方の番号を登録する。
「ああ、なるほど。これなら番号をいちいち伝えなくても、簡単だな」
「メールが着信すると、ここにアイコンが出ますから。中身を見て、返信ボタンはここ」
「ふうん。…使ってみないと覚えられそうにないなぁ」
「大丈夫。毎日イヤって程メールしてあげるから」
「やめろ」
「忙しくても、合間にメルチェしてね」
「買わなきゃ良かったかなぁ……」
ぶつくさ言いながら、柊一サンは携帯をカバンに収めた。
「ああ、それと……、これ渡しておこうか」
カバンの中から携帯と入れ替わりで取りだしたのは、白い封筒だ。
「あ、はい」
封筒を、最初に渡された時は面食らったけど。
今の俺は、この封筒を貰うのがちょっとばかり複雑だった。
そもそも俺はジゴロなんて「社会のダニ」な事を生業にしているのだから、パトロンから小遣いを貰うのは当たり前だ。
だけど、今の俺はもう本気で柊一サンに惚れている。
こればっかりは、いくら否定したところでしきれるモノじゃないほどハッキリと、自覚している事柄だ。
だから、本当の事を言えば金銭なんかで割りきれるような、そんな間柄ではない付き合いをしたい…と思っている。
しかし………。
柊一サンにとって、俺はあくまで「金でカタの付くお手軽なヒモ」だ。
俺がこの封筒を受け取る事を拒んだら、俺と柊一サンを結ぶ唯一の糸が途切れてしまうって事を意味する。
例え俺がこの封筒に不満や引け目を感じていたとしても、それを断る事はつまり、柊一サンと俺を繋ぐ唯一であり絶対の線を断ち切る事になるのだ。
だから、経済的にはさほどの行き詰まりは見えてなかったが、俺はそれを受け取ってポケットにねじ込んだ。
柊一サンは俺に「小遣い」を渡す時、必ずこうした封書に入れて手渡してくる。
今まで俺のパトロンになった連中は、大体むき身の札をいきなりサイフから引っ張り出して直に渡すのが普通だったから、最初にこの封筒が出てきた時はなんかのお知らせかと思った。
この封筒はつまり、柊一サンの育ちの良さを物語っていただけなのだ。
そういう細部の気遣いとか、いわゆる礼儀とか常識に基づくモノの考え方とか、俺と柊一サンのギャップは大きい。
時にそれは、ものすごく柊一サンと自分が遠いと感じるけど。
でも、例えば今夜のように、特にナニをする訳でもなくただ二人でいるだけ…みたいな時間を過ごしていると、それはちっとも大した事じゃないような気がする。
特に、健やかな寝息を立てている柊一サンを抱いて、自分もまた温かな眠りに落ちていく時などは、むしろ至福すら感じてしまうのだ。
さすがにハイソな高級住宅街の住所が記されたメモを、数枚の紙幣と交換したところで、俺は古典的な切り抜き文字のブラックメールを作成した。
俺は金を強請ったり、企業を恐喝したり…ってつもりは全くなかったけれど、そもそも同封する写真だけではインパクトが薄いって事も判っていたし、ありきたりな郵便物ではダイレクトメールと間違えてポイされてしまうかもしれないと思ったからだ。
禍々しい切り抜き文字の封筒を開けば、中には夜間のカフェで男と密会している多聞氏の写真と、密会相手…すなわちハッチの素性を簡単に書き添えた切り抜き文字の手紙が添えてある。
根は無精なんだけど、こういう事って始めるとハマるンだよなぁ。
ゴム手袋をして新聞を切り抜き、糊を塗って封筒に貼る…なんて作業に没頭していたら、すっかり夕方になっていた。
郵便物の投函と夕食を兼ねて出掛けようとしたら、俺のケータイが着信を告げた。
「はい、ハルカで~す」
『ハルカ、今ドコだ?』
耳に流れ込む心地よい声音に、俺は心が浮き浮きと浮き立った。
「今、自宅ですけど?」
『自宅って、西新宿?』
「はい、そうです。嬉しいなぁ、柊一サンがわざわざ出張先からラブコールくれるなんて!」
『いや、今もう新宿駅にいるんだ』
「どうしたの? 帰ってくるの、明日じゃなかったっけ?」
『うん、実は予定より早く仕事が終わったから、戻ってきた。これから、夕食でも一緒にどうだ?』
「そりゃあもう、願ってもナイっすよ!」
通話を切って、俺は真っ直ぐ約束の場所に飛んでいった。
食事をした後は、もちろん柊一サンのマンションに向かった。
柊一サンが既に駅に到着していたから、とにかく1秒でも早く合流したかったのと、合流した後は柊一サンの目については不味かったから、結局手紙は投函出来なかった。
でも、そんな事は後でいくらでも出来るから、今はどうでもイイ。
甘口のカクテルをちょっぴり舐めて、すっかりゴキゲンの柊一サンが屈託無く笑いながら、俺との会話と楽しんでくれている事の方がずっと重要だ。
部屋に戻って、キスをしようとしたら、簡単に遮られてしまった。
「どうしたの?」
「いや、ハルカのペースに乗せられたら、俺の話が全然出来ないから……」
なんて言いながら、カバンの中をごそごそやってる。
「なにを捜してるの?」
「ああ、うん……、あった、コレだ」
柊一サンはカバンから何かを取り出すと俺が座っているソファの隣に腰を降ろした。
「柊一サン、イイニオイ……」
「こら、よせって。………ええっと、どうやったら自分の番号が分かるんだ、こりゃ?」
「ん? そのケータイどうしたの?」
「ハルカが個人の携帯を持てって言うから、買ったんだ」
「え?」
思わず、柊一サンの肩にくっつけていた鼻を引っぺがし、俺は柊一サンの手元からその小さな機械を取り上げる。
「うわ~、ちゃんと俺と同じソフトバンクだ」
「一番安いプランって言うのしか入ってないぞ」
「充分、充分。これでショートメールのやりとりが出来るから、わざわざ電話出ないでも用件済ませられちゃう」
早速、柊一サンのケータイから俺のケータイに電話とメールをさせ、そのまま返信をさせる事で双方の番号を登録する。
「ああ、なるほど。これなら番号をいちいち伝えなくても、簡単だな」
「メールが着信すると、ここにアイコンが出ますから。中身を見て、返信ボタンはここ」
「ふうん。…使ってみないと覚えられそうにないなぁ」
「大丈夫。毎日イヤって程メールしてあげるから」
「やめろ」
「忙しくても、合間にメルチェしてね」
「買わなきゃ良かったかなぁ……」
ぶつくさ言いながら、柊一サンは携帯をカバンに収めた。
「ああ、それと……、これ渡しておこうか」
カバンの中から携帯と入れ替わりで取りだしたのは、白い封筒だ。
「あ、はい」
封筒を、最初に渡された時は面食らったけど。
今の俺は、この封筒を貰うのがちょっとばかり複雑だった。
そもそも俺はジゴロなんて「社会のダニ」な事を生業にしているのだから、パトロンから小遣いを貰うのは当たり前だ。
だけど、今の俺はもう本気で柊一サンに惚れている。
こればっかりは、いくら否定したところでしきれるモノじゃないほどハッキリと、自覚している事柄だ。
だから、本当の事を言えば金銭なんかで割りきれるような、そんな間柄ではない付き合いをしたい…と思っている。
しかし………。
柊一サンにとって、俺はあくまで「金でカタの付くお手軽なヒモ」だ。
俺がこの封筒を受け取る事を拒んだら、俺と柊一サンを結ぶ唯一の糸が途切れてしまうって事を意味する。
例え俺がこの封筒に不満や引け目を感じていたとしても、それを断る事はつまり、柊一サンと俺を繋ぐ唯一であり絶対の線を断ち切る事になるのだ。
だから、経済的にはさほどの行き詰まりは見えてなかったが、俺はそれを受け取ってポケットにねじ込んだ。
柊一サンは俺に「小遣い」を渡す時、必ずこうした封書に入れて手渡してくる。
今まで俺のパトロンになった連中は、大体むき身の札をいきなりサイフから引っ張り出して直に渡すのが普通だったから、最初にこの封筒が出てきた時はなんかのお知らせかと思った。
この封筒はつまり、柊一サンの育ちの良さを物語っていただけなのだ。
そういう細部の気遣いとか、いわゆる礼儀とか常識に基づくモノの考え方とか、俺と柊一サンのギャップは大きい。
時にそれは、ものすごく柊一サンと自分が遠いと感じるけど。
でも、例えば今夜のように、特にナニをする訳でもなくただ二人でいるだけ…みたいな時間を過ごしていると、それはちっとも大した事じゃないような気がする。
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