DISTANCE

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第24話

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「最近、すっかりご無沙汰だったよね?」

 この数日、なんとなく引き止められるまま俺は柊一サンのマンションに入り浸っていた為に、DISTANCEに顔を出した途端にマスターにそう言われてしまった。

「まぁ、ジゴロの本領発揮で、パトロンの家に入り浸りだったから」
「へえ、まだあのベッピンと続いてるんだ」

 ははは、なんて笑って。
 マスターは「いつも通り」の水割りを作ってくれた。
 久々の馴染みの味に、俺はなんとなく「自分に戻った」ような気がして、ムダに口許が笑ってくる。

「どうしたの? 一人でニタニタしてたら、気持ち悪いよ?」
「ん~? いや、俺ってホントは、自分がこの店の備品なんじゃないかと思ってさぁ」
「莫迦なコト言うなよ? 第一、そんな一歩まかり間違ったらポリのお世話になりかねない危険人物、ウチで飼ってるなんて思われるような発言、止めてくれないかなぁ」
「ひっでーなぁ!」

 うははは…なんて笑って、マスターは入ってきた新たな客の注文を取りに行ってしまったけれど。
 なんというか、カウンターのお馴染みの席に座って水割りを舐めたら、ああやっぱりココが俺の場所なんだなぁ…なんて、柄にもない事を思ってしまったのだ。
 実際、柊一サンのマンションでの生活は悪くなかった。
 金の心配はいらないし、食事も近所にちょいと洒落たカフェもレストランも揃っている。
 自堕落にフラフラやっていると、それこそ時間も日にちも感覚が無くなりそうだ。
 ちょっと足をのばせば(俺のテリトリーではないが)渋谷という繁華街がすぐ側にあるのだから、遊びに行こうと思えば行けなくもないが。
 だが、俺が借金取りからかくまって貰っていた時の柊一サンは、まるっきり家に戻る気なんてなさそうな勤めっぷりだったけれど。
 多聞氏の結婚がよっぽど堪えたのか、アレ以来残業時間は急激に減っていて、柊一サンは夕方になれば帰ってくる。
 そんなに急に勤めぶりを変えて、会社に変に思われないのかと訊ねたら。
 会社はむしろ、残業代を支払いたくないから時間になったら帰って欲しいのだ…と、柊一サンは言う。
 勤めをした事はないから、俺にはそれがホントなのかどうか解らないけれど。
 でもそうして柊一サンが早々に帰宅するとなれば、繁華街に出掛けて遊ぶよりも柊一サンと時間を過ごす方が今の俺には大事だったから。
 だからますます出不精になったし、DISTANCEからも遠ざかっていたのだ。
 だが、全く刺激がないのも考え物で、ハッキリ言って、あまりのユルさにうっかり自分が「社会のダニ」だって事を忘れそうな生活になっていた。
 それが昨日、帰ってきた柊一サンが「明日から出張だから、3日程家を空ける」と言う。
 柊一サンは気軽に「ココにいればいい」なんて言ったが、しかし。
 怠惰な生活は確かに楽々だが、しかしそれだって夕方になれば柊一サンが帰ってくるって判っているから昼間の時間をやり過ごせるだけで、一人っきりで3日もあそこにいるのはゴメンだった。

「そーいえばさぁ、コドランが出てきてるの、知ってる?」
「えっ?」

 俺の顔に、マスターは「ああ、やっぱり知らないんだ…」と呟いた。
 コドランと言うのは、俺が柊一サンに出会う前に付き合っていたパトロンだ。
 手切れの時にDISTANCEで話をしたら、俺の顔面に「この、クソヤロウ!」と叫びながらストレートのパンチを食らわせ、俺の左腕と肋骨を叩き折ってくれた人物である。
 当たり前だが、そんな事をされて俺としても黙っているわけに行かず、俺はコドランを訴えた。
 訴えた理由のほとんど全部が、入院費の補填をする為の慰謝料を取る為だったが、なんたって弁護士もマトモに雇えないような状態だったし、あっちも俺に貢いでスッテンテンになっていたから、結局金は取れなかった。
 だが、傷害沙汰は事実だったから、国営の集団ホテルに送り込まれていた…と言う訳だ。

「俺とはもう、無関係だからねぇ」
「ハクジョーだなぁ」
「そう言われたってね。そもそもコドランの所為で、俺はグチ金から金借りるハメになって、半殺しにされ掛かったんだぜ」
「そりゃそうだけど。元パトロンだったんじゃないの?」
「元パトロンは、元パトロンであって、現在の俺には関係ないね」

 キッパリと言い切った俺に、マスターはやれやれと肩を竦めて見せた。

「こんばんわ」

 扉が開き、やたらと元気な声が飛び込んでくる。

「なんだ、ハッチじゃんか」

 振り返った俺は、元気いっぱいのニコニコ顔に挨拶を贈る。

「あっれ~? ハルカじゃん! 生きてたの? ミッチャンが、もう風前の灯火って言ってたから、死んじゃったのかと思ってたのに!」

 ハッチの返事に、マスターがジタバタと羽ばたいた。
 ちなみに「ミッチャン」とは、マスターの事で、マスターが以前ホストをしていた時の源氏名が「ミツロー」だった事に由来している。
 そして元気いっぱいのニコニコハッチは、田園調布に実家があるイイトコのボンボンだったのだが、マスターことミツローに入れあげ、わざわざ店から引き抜いてこのDISTANCEを持たせた…のだが、それが元で勘当され、現在は俺と同業になっているちょっと妙な履歴の人物だ。
 しかも、俺と同業と言いながらも、ハッチはウリ専で俺とは路線が違う同業者…なのだ。
 ちなみにハッチがウリ専なのは、ハッチ自身がマスターを食う事を目的としているので、マスターに対する貞操を守る為に自分の目的とは逆の方法で稼ぐ為…と言っていた。

「グッチーにお金借りたんだって? ねぇねぇ、グッチーってお金貸すヒトに、最初に生命保険に入らせるってミッチャンが言ってたケド、ホント? 俺と話する時は、そんなコワイコト言ったりしないのになぁ、グッチー」
「マスター、一体ハッチにナニを吹きこんでんだよ?」

 ハッチの爆弾発言に、マスターはそそくさとカウンターの奥に引っ込んでしまった。

「あっれ~? ミッチャンいなくなっちゃったの? 困ったなぁ」
「困ったって……、なに。ハッチは今日、仕事?」
「うん、そーなんだ。スッゴイイイヒトでさぁ~。お金イッパイ持ってて、しかも基本料金の他にお小遣いイッパイくれるんだよ! その上、エッチはあんまししなくていいの。今日もココで待ち合わせなんだ~」
「なにそれ、枯れた老人?」
「ううん、違うよ~。あ、来た! じゃあね~!」

 扉が開いたところで、ハッチはぴょんと椅子から飛び降りて、さっさと居なくなってしまった。
 なんとなくハッチの後を目で追った俺は、ハッチと一緒に扉から出て行く男の横顔にギョッとなる。
 なんだってあの電柱男がココに出現するんだよ?
 扉が閉まるまでの一瞬しか顔が見えなかったけれど、アレは間違いなく柊一サンと一緒に居た同僚の多聞蓮太郎だった。
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