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第21話
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「でも、わざわざあそこでヒモなんて言ったの、なんか理由あるんでしょ?」
訊ねた俺に柊一サンは、今度はやりきれない感じの笑みを浮かべて振り返る。
「ホントの所、どこまで付き合ってくれる気なんだよ?」
「…どこまで…とは?」
「メンタルケアまで、面倒見る気なのか? そんなコトしたら、いくら貰っても割が合わないだろうに…」
「確かに俺は金目当てのコマシだけど、でも俺、柊一サンのコトはマジなんだ。こんな商売やってなくても、あの店で柊一サンに会ってたら、絶対口説いてたって」
「さすがに口が上手いな」
かなり本気のセリフだったのに、軽くいなされてしまった。
でも俺の正体がバレてる以上、真に受けてもらえなくても仕方ないか…。
「まあいいじゃん、俺が柊一サンの話を聞きたがってるんだから、テキトーに話してよ。柊一サンだって言えば軽くなるコトもあるんじゃない?」
「それも、そうかな…」
なんだかやっぱり意味深に笑って、柊一サンは俺の顔をチラッと見る。
「お察しの通り、アイツに当てつける為に言った」
「ヒモ発言?」
俺の問いに、柊一サンは頷く。
「自分でも、バカみたいだと思う。…本当の事を言えば、自分の気持ちをレンに知らせるつもりはないんだ」
「え? じゃあ向こうは柊一サンの気持ちを全然知らないの?」
「ああ、全くな」
「それじゃあ、当てつけにもならないじゃんか」
「うん、まぁ、そうなる。…ただ、ちょっと先刻は………たぶん、急にあんな所でハルカに会ったから、動揺したんだと思う」
ポツリ、ポツリと、柊一サンは今までおくびにも出さなかった本音を語る。
簡単に言うなら、柊一サンはずいぶん以前からあの多聞氏…という男に気を惹かれていたらしい。
思春期の頃からあんまり異性には興味が無くて…というよりは、本人曰く「異性がコワイ」のだと言う。
「上京して勤めに出て、でももう学生時代みたいには友達なんて出来ないだろう? 同僚とそれなりにはやっていけるが、それ以上はなぁ……」
「まぁね、それは俺も解るけど…」
実のところ、最初は自分でも多聞氏に抱いた恋慕の正体は判らなかった…と、柊一サンは言う。
「この間な、レンと専務の娘が婚約したんだ」
「でも、柊一サンはその前から多聞サンに気があったんでしょ? アプローチしなかったの?」
「バカ、専務の娘と付き合う程度にフツーの男なんだぞ? そんなコト言えるワケ無いだろう」
呆れたように返されて、そういえばそうかと納得する。
「もしかして、婚約発表があったからDISTANCEに来たの?」
「まぁ、そうだ」
その一言で、俺が柊一サンに感じていた「違和感」の正体が判明した。
とどのつまり、あの晩の柊一サンはかなりの「投げ遣り」気分で、相手は誰でも良かったのだ。
だけどその反面、断ち切れない恋慕を抱えていたから、ところどころで戸惑いを見せた…というワケだ。
「誰でも良いとは思ってたし、いっそ手練手管に長けてる方が気が楽だと思ってたから、ハルカに声を掛けられたのは運が良かったと思ってる」
柊一サンは俺が腹の中で思った事を、察したらしい。
「とりあえず、褒め言葉だと思っておきましょう」
「だから、褒めてるんだって」
意地の悪そうな顔で笑って、柊一サンは俺の頭をポスポス叩いた。
相変わらず生活感がなにもない部屋と、柊一サンが用意してくれた酒肴の簡素さに少し呆れながら。
この部屋のシンプルさは、すなわち上京後から現在に至るまでの柊一サンの「孤独感」を象徴している事にようやく気が付いた。
実際、俺のアパートだって散らかっちゃいるがなにもないと言えばなにもない。
ソファの上で、ワインに少し酔っている柊一サンの身体を抱くと、これまたいつも通りになんの抵抗もなく俺の行為を許容する。
だけど今夜は今までと少しだけ違って、キスをしたら柊一サンの舌がおずおずと俺のそれに応えた。
それはつまり、今まではやっぱり意識的に応じてなかった事を物語っていたけれど。
要するに、柊一サンにとって俺との行為は寂しさを紛らわせる為の娯楽でしかないのだし、俺はジゴロというかそーいう商売上、何も言わずに奉仕するのが当たり前なのだし。
それどころか、今夜にいたって俺がジゴロで柊一サンがパトロンというハッキリしたビジネスを双方が認める事になった訳だから、いっそ割り切って行為に及ぶのはやぶさかでないだろう。
だから俺はベッドの中で、いつもにも増して優しくそして意地悪く柊一サンを抱いた。
「柊一サンは、多聞サンに言わないまんまでいるつもりなの?」
ベッドに寝そべって柊一サンの髪を撫でていた俺は、なんとなくその話を蒸し返していた。
「つもりもなにも、他にどうしようもないじゃないか?」
「それは、そうなんだけど。…でも、好きなんでしょ?」
「ハルカは意外にロマンチストなんだなぁ? そんなんで良く、今までジゴロなんかやってこれたもんだ」
「商売とおせっかいは、別問題でしょ。ってゆーか、だって柊一サンは………」
「そりゃ確かに、諦めがつかないから未練がましくわざわざ一緒の部署にしがみついたりしてるワケだけど…」
「しがみつく?」
「ホント言うと、人事の方からアポはあるんだ。…でも、アイツと仕事してたいから、忙しいフリして深夜まで残ったり、プロジェクトの目処が付かないフリして引っ張ってる」
会社の事なんて俺には良く判らないけれど、弁護士に話をしていた時の様子やら、食事の時に多聞氏の口から聞いたこぼれ話なんかを合わせて考えると、多分栄転なんだと思うが。
それを蹴っぽってまで、多聞氏との繋がりを保とうとしている柊一サンの気持ちは、酷く切ないなと思った。
第一、柊一サンの気持ちは誰にも解らないだろうし、ある意味それが社内に広まったら、それはそれで問題になるだろう。
「でも、そろそろ諦めようと思ってるんだ…。引っ張れるだけ引っ張って、そろそろ言い訳も尽きてきたし。将来を考えれば、そっちを選択するのが当たり前だしな。……どうせ、式にも出なきゃならないし…」
「式はいつ?」
「来月、二週目の土曜日だ……」
ゴロンと寝返って、柊一サンは俺に背中を向ける。
まぁ、あんまり話したい話題でもないよな…と思ったから、俺は背中から柊一サンを抱いて、そのまま黙って目を閉じた。
訊ねた俺に柊一サンは、今度はやりきれない感じの笑みを浮かべて振り返る。
「ホントの所、どこまで付き合ってくれる気なんだよ?」
「…どこまで…とは?」
「メンタルケアまで、面倒見る気なのか? そんなコトしたら、いくら貰っても割が合わないだろうに…」
「確かに俺は金目当てのコマシだけど、でも俺、柊一サンのコトはマジなんだ。こんな商売やってなくても、あの店で柊一サンに会ってたら、絶対口説いてたって」
「さすがに口が上手いな」
かなり本気のセリフだったのに、軽くいなされてしまった。
でも俺の正体がバレてる以上、真に受けてもらえなくても仕方ないか…。
「まあいいじゃん、俺が柊一サンの話を聞きたがってるんだから、テキトーに話してよ。柊一サンだって言えば軽くなるコトもあるんじゃない?」
「それも、そうかな…」
なんだかやっぱり意味深に笑って、柊一サンは俺の顔をチラッと見る。
「お察しの通り、アイツに当てつける為に言った」
「ヒモ発言?」
俺の問いに、柊一サンは頷く。
「自分でも、バカみたいだと思う。…本当の事を言えば、自分の気持ちをレンに知らせるつもりはないんだ」
「え? じゃあ向こうは柊一サンの気持ちを全然知らないの?」
「ああ、全くな」
「それじゃあ、当てつけにもならないじゃんか」
「うん、まぁ、そうなる。…ただ、ちょっと先刻は………たぶん、急にあんな所でハルカに会ったから、動揺したんだと思う」
ポツリ、ポツリと、柊一サンは今までおくびにも出さなかった本音を語る。
簡単に言うなら、柊一サンはずいぶん以前からあの多聞氏…という男に気を惹かれていたらしい。
思春期の頃からあんまり異性には興味が無くて…というよりは、本人曰く「異性がコワイ」のだと言う。
「上京して勤めに出て、でももう学生時代みたいには友達なんて出来ないだろう? 同僚とそれなりにはやっていけるが、それ以上はなぁ……」
「まぁね、それは俺も解るけど…」
実のところ、最初は自分でも多聞氏に抱いた恋慕の正体は判らなかった…と、柊一サンは言う。
「この間な、レンと専務の娘が婚約したんだ」
「でも、柊一サンはその前から多聞サンに気があったんでしょ? アプローチしなかったの?」
「バカ、専務の娘と付き合う程度にフツーの男なんだぞ? そんなコト言えるワケ無いだろう」
呆れたように返されて、そういえばそうかと納得する。
「もしかして、婚約発表があったからDISTANCEに来たの?」
「まぁ、そうだ」
その一言で、俺が柊一サンに感じていた「違和感」の正体が判明した。
とどのつまり、あの晩の柊一サンはかなりの「投げ遣り」気分で、相手は誰でも良かったのだ。
だけどその反面、断ち切れない恋慕を抱えていたから、ところどころで戸惑いを見せた…というワケだ。
「誰でも良いとは思ってたし、いっそ手練手管に長けてる方が気が楽だと思ってたから、ハルカに声を掛けられたのは運が良かったと思ってる」
柊一サンは俺が腹の中で思った事を、察したらしい。
「とりあえず、褒め言葉だと思っておきましょう」
「だから、褒めてるんだって」
意地の悪そうな顔で笑って、柊一サンは俺の頭をポスポス叩いた。
相変わらず生活感がなにもない部屋と、柊一サンが用意してくれた酒肴の簡素さに少し呆れながら。
この部屋のシンプルさは、すなわち上京後から現在に至るまでの柊一サンの「孤独感」を象徴している事にようやく気が付いた。
実際、俺のアパートだって散らかっちゃいるがなにもないと言えばなにもない。
ソファの上で、ワインに少し酔っている柊一サンの身体を抱くと、これまたいつも通りになんの抵抗もなく俺の行為を許容する。
だけど今夜は今までと少しだけ違って、キスをしたら柊一サンの舌がおずおずと俺のそれに応えた。
それはつまり、今まではやっぱり意識的に応じてなかった事を物語っていたけれど。
要するに、柊一サンにとって俺との行為は寂しさを紛らわせる為の娯楽でしかないのだし、俺はジゴロというかそーいう商売上、何も言わずに奉仕するのが当たり前なのだし。
それどころか、今夜にいたって俺がジゴロで柊一サンがパトロンというハッキリしたビジネスを双方が認める事になった訳だから、いっそ割り切って行為に及ぶのはやぶさかでないだろう。
だから俺はベッドの中で、いつもにも増して優しくそして意地悪く柊一サンを抱いた。
「柊一サンは、多聞サンに言わないまんまでいるつもりなの?」
ベッドに寝そべって柊一サンの髪を撫でていた俺は、なんとなくその話を蒸し返していた。
「つもりもなにも、他にどうしようもないじゃないか?」
「それは、そうなんだけど。…でも、好きなんでしょ?」
「ハルカは意外にロマンチストなんだなぁ? そんなんで良く、今までジゴロなんかやってこれたもんだ」
「商売とおせっかいは、別問題でしょ。ってゆーか、だって柊一サンは………」
「そりゃ確かに、諦めがつかないから未練がましくわざわざ一緒の部署にしがみついたりしてるワケだけど…」
「しがみつく?」
「ホント言うと、人事の方からアポはあるんだ。…でも、アイツと仕事してたいから、忙しいフリして深夜まで残ったり、プロジェクトの目処が付かないフリして引っ張ってる」
会社の事なんて俺には良く判らないけれど、弁護士に話をしていた時の様子やら、食事の時に多聞氏の口から聞いたこぼれ話なんかを合わせて考えると、多分栄転なんだと思うが。
それを蹴っぽってまで、多聞氏との繋がりを保とうとしている柊一サンの気持ちは、酷く切ないなと思った。
第一、柊一サンの気持ちは誰にも解らないだろうし、ある意味それが社内に広まったら、それはそれで問題になるだろう。
「でも、そろそろ諦めようと思ってるんだ…。引っ張れるだけ引っ張って、そろそろ言い訳も尽きてきたし。将来を考えれば、そっちを選択するのが当たり前だしな。……どうせ、式にも出なきゃならないし…」
「式はいつ?」
「来月、二週目の土曜日だ……」
ゴロンと寝返って、柊一サンは俺に背中を向ける。
まぁ、あんまり話したい話題でもないよな…と思ったから、俺は背中から柊一サンを抱いて、そのまま黙って目を閉じた。
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