DISTANCE

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第19話

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 弁護士センセイのお陰で借金にカタが付き、大手を振って世間を歩けるようになった俺は、開店したばかりの時間を狙ってDISTANCEに顔を出した。

「あ、ハルカ。スッゴイ久しぶりじゃん。つーか、良く生きてるナァ…」

 まだチョイとカラフルな色味が残ってる俺の顔を見て、マスターはビックリしたような顔をする。

「いくら社会のダニだからって、生きてるだけでそんなにワルイのか?」
「え? だってもっぱらのウワサだったぜ。ハルカがとうとう、グチ金の取り立てにナマスにされたって…」
「ボコにはされたけど、ナマスにはされてません」
「でもその様子じゃ、もうナマスもボコも縁遠い感じじゃんか」
「マスターの助言通り、ベッピンに借金返して貰ったから」

 俺の答えに、マスターは微妙な顔でやれやれと肩を竦めた。

「まぁ、それで収まったなら良いけど。後でまたそっちから訴えられたりしないようにね」
「心配してくれて、ありがとう」

 マスターの助言なのか嫌みなのかビミョ~に解らない軽口に、俺は軽口を返す。
 この気の置けない会話も含めて、やっぱりこの店は居心地がいいや。
 俺がいつものスツールに座り、マスターがいつもの酒を出してくれた時、扉が開く音がする。
 顔を向けると、ちょっとイヤなヤツが入ってきた。

「なんだハルカ、生きてたのか」

 今日は、紺地に白っぽいストライプの入ったスーツを着たグチ金だ。
 スーツだけなら、一瞬そこらのサラリーマン風だが、深紅のシャツと薄いグレーのネクタイが、アヤシイ風体をますますアヤシク演出している。
 今日は手下は連れていないようで、俺の隣に腰掛けるとマスターに向かって言った。

「今日は、カガミン来てないのか?」
「まだ、顔見てないね。…でも、カガミンも必ず毎日来る訳じゃないよ?」

 マスターの返事に、グチ金はなんだか不機嫌な感じで「ふん」と鼻を鳴らす。

「なんか、食えるモノ出してくれよ。ハラペコでさ」

 こんな奴と並んでたってちっとも楽しくない。
 だが先に陣取ってたコッチから退散するのも癪に障るので、俺はその場に踏ん張っていた。

「オマエ、上手いコトやってるなぁ」

 マスターの方を向いたまま、グチ金は嫌みったらしい口調で俺に話しかけてくる。

「別に、俺がどんな風に商売してようが、関係ないだろ」
「まぁ、基本的にはな。でも、ありゃオマエの身分に不相応だ」

 グチ金にしてみれば、いきなり登場した正義の弁護士センセイの手腕により、俺からふんだくるつもりだった利息を大いに値切られ、ついでに痛くもない腹(?)まであれこれ突つかれたのだから、ご機嫌ナナメになってるんだろう。
 しかしどんなにムカついてよーが、もうコイツに俺をボコる口実はナイ。
 俺だってあんな目に合わされたからには、今後どんなにスカンピンになっても、二度とコイツから金を借りる気はナイ。

「まぁ、ラッキースターを拾ったけど、でも手名づけたのは俺の技量さ」

 俺もマスターの方を向いたまま、シレッと答えてやった。
 マスターは、時々俺達の方をチラッと見ながら、冷蔵庫を開けてパンとハムとチーズ、それにトマトを取りだしている。
 どうやらグチ金の為に、特性のトーストサンドを作っているようだ。
 グチ金は、出されたサンドイッチを「サンキュー」とか言って、受け取っている。
 実を言うと、マスターとグチ金は元々ここら一体で結構名の知れたクラブのホストをやっていた。
 マスターはどっちかと言えば三流に近かったが、ちょっとしたラッキースターを拾って早々に水商売から足を洗い、この店を作った。
 一方のグチ金は、そのちょっと爬虫類じみた風貌が「美形」と称されて、絶大な人気を誇る売れっ子だった。
 しかし、そもそもグチ金は他人にサーヴィスする事を好まないタイプだったから、まとまった金を稼いだところでホストから足を洗い、今の金融業を始めた…らしい。
 マスターの作ったやたら厚みのあるサンドイッチに、美形と呼ばれる顔からは想像も出来ないくらいデカイ口を開けて、トカゲとかヘビそっくりにぱっくりと食いついた。

「そんな技量が、オマエにあったかねぇ? あんな上玉をくわえ込んでるって知ってたら、あん時に役立たずにしてやったのにさ。全く、運だけはいいヤツだよ」
「暴利取り損ねたからって、そこまで言われる筋合いナイね」

 かなりデカイ口を開けてサンドイッチを頬張っているはず…なのに、細面のグチ金の顔は全くいつも通りのままで、爬虫類じみた感情の読めない目を俺に向けてくる。

「あんな上玉はオマエの手に余る…なんて、ガキでもワカル。まぁ、そのうち、俺のモンになるさ」

 柊一サンの事に触れられて、さすがに俺はグチ金を睨み付けてしまった。

「オマエみたいなヤクザに、柊一サンを渡すかよ!」
「オマエはバカのフリしてるけど、結構狡猾だと…俺は評価してたんだけどな。実は熱血バカだったのか?」

 ますます頭に来て、俺はグッとグチ金を睨み付けたが。
 グチ金は、まるでもう俺と話すのに飽きた…みたいな顔で、フイッと顔を逸らすと、マスターに目をやった。

「なぁ、粒マスタードとかねぇの? オマエの作るモンは悪くねェケド、どうもいつも最後のパンチに欠けるよな」

 なんだかもう、この場にいるのが馬鹿馬鹿しくなって、俺は腰を浮かせた。

「一つ言っておくけどな、ハルカ」

 扉に向かい掛けた俺に、グチ金はやっぱりマスターの方を向いたまま声を掛けてきた。
 振り返る俺に、余裕を持ってグチ金は目線を寄越してきた。

「分不相応な宝ってのは、どんなに踏ん張っても、握ってられないモンだぜ」
「どういう意味だよ」
「俺は、わざわざオマエからあの上玉を巻き上げたりはしない。俺は真っ当な相手に迷惑を掛けたり、他人の幸せに波風立てる趣味は無いからな。オマエは俺をヤクザと呼ぶが、そういうオマエの方がよっぽどヤクザで人でなしなコトやらかしてきてるんじゃないのか? あの上玉がオマエに愛想尽かすのが先か、オマエが路地裏で腹を刺されるのが先か? どっちにしろ、そうなったらあの上玉を俺の手元に引き寄せるのは、オマエからわざわざ巻き上げるのよりも簡単だ。チガウか?」

 目を細めて、ニイ~っと笑ったグチ金にモノスゴク腹が立ったが、一番腹が立ったのは、俺には何も言い返せなかったコトだ。
 俺は黙ってグチ金に背を向けて扉を開き、街中に飛び出ていった。
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