上 下
19 / 30

第19話

しおりを挟む
 少なくとも柊一は、巷に溢れる薄っぺらな洋楽ファン……邦楽であるというだけで内容を聴きもせず、真っ向から否定しているだけ、というような輩じゃない。
 それが解るにつれ、多聞は次第に柊一の言葉に耳を傾けてしまうのだった。

「だからアンタのアルバムの中には、邦楽ロックにありがちな『どっかで聞いたフレーズ』なんて粗悪なものはなかった。ストレートで解りやすい音づくりをしてるのも、悪くない。でも、アンタには欠けてるモンがある。だから、悪かねェって以上の言葉は言えないのさ」
「…じゃあ、なにが欠けてるって言うんだよ?」
「それは言えねェよ。俺は、一人の聴衆に過ぎないんだから」

 多聞はベッドの上に飛び乗ると、柊一の側にまでにじり寄った。

「その一人の聴衆の意見を、ぜひ聞きたいって言ってるんだよ。そのオマエの結論を、俺が取り合うかどうは俺の勝手なんだから、言うだけ言ってみろって」

 柊一は、言っていいものかどうか迷っているみたいに視線を外し、それから改めて多聞を見た。

「じゃあハッキリ言うけど。アンタ、ヴォーカル雇った方が良いよ」

 柊一の一言に、多聞は咄嗟になにも言い返せなかった。

「でもそれは、あくまで俺の意見だから。俺はアンタがどれくらい売れているか知らねェけど、もう既にこのスタイルで充分商品になってるなら、このままでもいーのかもしんないし。先刻も言ったように、アンタのセンスは悪くないんだから…」
「いーよ。…判ってるから」

 それ以上、柊一が蛇足のようなフォローをしてくれないように、多聞は言葉を遮った。
 自分の歌の実力くらい、自分が一番解っている。
 少なくとも多聞は、そこまで自分を見失ってはいなかった。

「後は、そうだな。…勝手な感想を言わせてもらうなら、二枚組のヤツは、アレだったけど。後はそこそこ良かったと思う」
「二枚組の、どの辺が不味かったんだよ。…ヴォーカル部分を除いて」

 嫌みっぽい多聞の一言に苦笑いを浮かべ、柊一はポリポリと頭を掻いた。

「長ェよ」
「……………それ、だけ?」
「うん」

 簡素な答えになんだか一気に脱力して、多聞はうなだれた。

「オマエ、もしかして感想を求められるの、苦手か?」
「どうかな? 俺は真面目に答えてるつもりだけど。…でもそういえば、みんなあんまり俺にはそーゆーの聞かねェな。なんでかな?」

 真顔で訊ねる柊一に、多聞は思わず笑ってしまった。

「なんとなく、判ったよ。最初は貶されてんのかと思ったけど、どーもそーゆーつもりじゃないみたいだし。結局アレだろ、嫌いじゃなかったんだろ?」
「最初から、そー言ってるじゃん。それに俺、アンタのギター好きだぜ。スゴク、気持ち良い」
「なに言ってンだよ。先刻だって、特別気持ちヨクしてやっただろ?」

 不意に柊一は多聞の鼻をつまむと、グッと力を込めてねじ曲げた。

「アンタさ、CD聞いてるだけの方がイイ男だな。話してると、ただの変態おやじみてェ」
「痛ってェなぁ。オマエ、実はスゲェ乱暴なヤツだよな。先刻の蹴りも、アレ本気だったろ?」
「大したコトねェだろ」
「そんなに手が早くちゃ、危なくって連れ歩けねェじゃん」

 多聞の台詞に、柊一はポカンとした顔になる。

「連れ歩く?」
「そうだよ。オマエ、明日の昼間空いてるか? 俺、今レコーディングの最中だから、スタジオに連れてってやるよ。音楽に興味があるなら、結構面白いと思うぜ」
「…俺がこれから夜勤で、終わるの深夜だって、判っててそーゆー発言してるのか?」

 呆れ顔の柊一に、多聞は笑みを浮かべたままの唇を押しつける。

「終わるの、何時? 迎えに行くよ」
「冗談だろ。仕事が終わった後で、変態の相手なんか出来るかよ」

 ソフトなキスを繰り返す多聞を、振り払うようにして柊一は立ち上がろうとした。
 しかし多聞はそれを許さず、右手を捕まえて柊一を無理矢理抱き寄せる。

「俺だって、夜は寝るよ。ただ、一緒のベッドで並んで寝るのも悪くないだろ。どうせオマエ、部屋帰ったってセンベイ布団しかねェじゃんか。たまにはスプリングの効いた柔らかいベッドで、ぐっすり寝るのも良いモンだぜ」
「アンタの場合、本当に寝るだけって台詞が一番信用出来ねェよ」

 そんな柊一の嫌みさえ、多聞には楽しく聞こえるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

男子学園でエロい運動会!

ミクリ21 (新)
BL
エロい運動会の話。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

[R18] 転生したらおちんぽ牧場の牛さんになってました♡

ねねこ
BL
転生したら牛になってて、毎日おちんぽミルクを作ってます♡

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

処理中です...