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第8話
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松原に話を聞いてもらう、という事に多聞の興味がすっかり流れてしまったので、その日の仕事は昼過ぎで切り上げられてしまった。
他の連中は困っていたかも知れないが、松原にしてみれば、そんな魂の抜けた作業を続けさせられるのなんかうんざりだったので、この時ばかりは多聞のワンマンを有り難いと思ってしまった。
スタジオを出た二人は徒歩で移動をし、ランチをやっているタイプの居酒屋に入ると、仕切がついて座敷になっている席に落ち着いた。
特に会話もないまま、やや遅い昼食を取り、多聞の顔にアルコールが行き渡った頃を見計らって松原が切り出した。
「で、そのこっ恥ずかしい夢ってのは、どんなンだよ?」
「恥ずかしいっつーのとは…ちょっと違うの。ただ、人に言うのがはばかられる、ってだけでさ」
「じゃ、そのはばかりながらってのは、なんなんだよ?」
まどろっこしくて、つい時代劇風に茶化してしまったが、多聞は恨みがましげな目で松原を睨みつつも、それでも喋るのを止めなかった。
「その、夢の天使がさ…、綺麗は綺麗なんだけど、可愛いって感じじゃないんだよ。なんつーか…男っぽい顔、しててさ。宝塚とか、あーゆーカンジ? …いや、ちょっと違うか…」
終いには自問自答するみたいに、口の中でブツブツ言っている。
「でも、メチャクチャ魅力的なんだよ、その天使。特に瞳が、スゲェ印象的で。俺は夢の中で、その天使をこう…抱こうとしてるワケよ」
ジェスチャー混じりの多聞の様子から、その ”抱く” はただ抱きしめる以上の意味を持っている事を知る。
「それで? その天使がなんでもヤらせてくれて、楽しかったとかゆーオチじゃねェだろーな」
「違っげェよ。その逆で、俺がどんなに優しくしてやろうと思ってても、メチャクチャ抵抗してさ。でも俺は、もうどーしても欲しくて仕方ねェから無理矢理姦っちまうんだけど…。その時の声がさ、もうたまんねェのよ。いっくら抱きしめても、その声聞くともっと欲しくなるっつーか、犯したりないってゆーかさ」
テーブルの上のグラスを手にした松原は、残っていたビールを一気に飲み干して、「はぁ~」っとでっかい溜息を吐いた。
そして、一言。
「溜まってんじゃねェの、オマエ」
夢見る視線で語りに入っていた多聞は、ムッと現実に戻った顔つきになって、松原を睨んだ。
「バカ言うなよ。俺がオンナ如きに困るワケねェだろ」
「連日遊びまくって充実してらっしゃるってか。ったく、ざけんじゃねェや、アホくさい。俺ゃもー帰るわ」
バカバカしくなって吐き捨てるように言い、立ち上がろうとしたら、突如袖を掴まれた。
見ると、先刻まで松原を睨んでいた男が、しおれた顔つきで訴えるような目をしているのだった。
「な、なんだよ…」
「それがさぁ~、その夢を見始めてから、現実の女のコに全然ときめかねェんだよぉ。ベッドに入って、やるコトやってもさ、終わった後にこう…、満足感がないって言うか、充実しないって言うか…」
切実に訴え掛けられても、いろんな意味で呆れるしかなくなった松原は、もう話を聞いているのも莫迦莫迦しくなってしまった。
「なら、いっそ男でも抱いてみたら? その天使ってのも、男面なんだろ」
ほとんど言い捨てるように、乱暴なアドバイスを口にしていた。
「男…?」
「そーそー。オマエなら、誰かに言えばなんでもいくらも調達できるんだろ。俺さ、用事思い出したから、帰るわ、な!」
普段なら、そんな事を言われたら即座に腹が立っていただろう。
なのに今日は、腹が立つ前に奇妙な引っかかりを感じて、多聞は考え込んでしまった。
逃げるように立ち上がった松原を引き留める事さえ忘れて、多聞は思いを巡らせる。
『男のような顔をした天使』だとばかり思っていたのだが、そうやって考えると、夢の中の天使の顔をどこかで見た事があるような気がしてきたのだ。
セックスの相手だったから、首から下を迷う事なく女性体の、しかも背中に翼が生えた状態でばかり想定していたが…、言われてみればあの顔は、男性体にくっついていた方がしっくりする。
…ような気がする。
少し上目遣いに多聞を見る宝石のようなあの瞳を、現実のどこで目にしたのだろうか…。
固定観念ですり変わってしまった天使のパーツを、一つ一つ訂正し直して、それをまた、おぼろげな記憶を頼りにオリジナルのパーツに置き換えてみて………。
多聞は、ハッとなって顔を上げた。
途端に立ち上がり、ごそごそと上着を羽織っていた松原をその場に置いて、振り返りもせずに店から出ていこうとする。
「あ、おい、レン!?」
「ごめんっ! ショーゴ、ごっそさんっ!」
そのまま、本当に多聞は松原を取り残して、店から飛び出して行った。
残っているのは、テーブルの上の伝票だけ。
「ごっそさん…ってオマエ………、奢るつってなかったっけ?」
しかし、そんな松原の苦情は誰も聞いてくれないのだった。
他の連中は困っていたかも知れないが、松原にしてみれば、そんな魂の抜けた作業を続けさせられるのなんかうんざりだったので、この時ばかりは多聞のワンマンを有り難いと思ってしまった。
スタジオを出た二人は徒歩で移動をし、ランチをやっているタイプの居酒屋に入ると、仕切がついて座敷になっている席に落ち着いた。
特に会話もないまま、やや遅い昼食を取り、多聞の顔にアルコールが行き渡った頃を見計らって松原が切り出した。
「で、そのこっ恥ずかしい夢ってのは、どんなンだよ?」
「恥ずかしいっつーのとは…ちょっと違うの。ただ、人に言うのがはばかられる、ってだけでさ」
「じゃ、そのはばかりながらってのは、なんなんだよ?」
まどろっこしくて、つい時代劇風に茶化してしまったが、多聞は恨みがましげな目で松原を睨みつつも、それでも喋るのを止めなかった。
「その、夢の天使がさ…、綺麗は綺麗なんだけど、可愛いって感じじゃないんだよ。なんつーか…男っぽい顔、しててさ。宝塚とか、あーゆーカンジ? …いや、ちょっと違うか…」
終いには自問自答するみたいに、口の中でブツブツ言っている。
「でも、メチャクチャ魅力的なんだよ、その天使。特に瞳が、スゲェ印象的で。俺は夢の中で、その天使をこう…抱こうとしてるワケよ」
ジェスチャー混じりの多聞の様子から、その ”抱く” はただ抱きしめる以上の意味を持っている事を知る。
「それで? その天使がなんでもヤらせてくれて、楽しかったとかゆーオチじゃねェだろーな」
「違っげェよ。その逆で、俺がどんなに優しくしてやろうと思ってても、メチャクチャ抵抗してさ。でも俺は、もうどーしても欲しくて仕方ねェから無理矢理姦っちまうんだけど…。その時の声がさ、もうたまんねェのよ。いっくら抱きしめても、その声聞くともっと欲しくなるっつーか、犯したりないってゆーかさ」
テーブルの上のグラスを手にした松原は、残っていたビールを一気に飲み干して、「はぁ~」っとでっかい溜息を吐いた。
そして、一言。
「溜まってんじゃねェの、オマエ」
夢見る視線で語りに入っていた多聞は、ムッと現実に戻った顔つきになって、松原を睨んだ。
「バカ言うなよ。俺がオンナ如きに困るワケねェだろ」
「連日遊びまくって充実してらっしゃるってか。ったく、ざけんじゃねェや、アホくさい。俺ゃもー帰るわ」
バカバカしくなって吐き捨てるように言い、立ち上がろうとしたら、突如袖を掴まれた。
見ると、先刻まで松原を睨んでいた男が、しおれた顔つきで訴えるような目をしているのだった。
「な、なんだよ…」
「それがさぁ~、その夢を見始めてから、現実の女のコに全然ときめかねェんだよぉ。ベッドに入って、やるコトやってもさ、終わった後にこう…、満足感がないって言うか、充実しないって言うか…」
切実に訴え掛けられても、いろんな意味で呆れるしかなくなった松原は、もう話を聞いているのも莫迦莫迦しくなってしまった。
「なら、いっそ男でも抱いてみたら? その天使ってのも、男面なんだろ」
ほとんど言い捨てるように、乱暴なアドバイスを口にしていた。
「男…?」
「そーそー。オマエなら、誰かに言えばなんでもいくらも調達できるんだろ。俺さ、用事思い出したから、帰るわ、な!」
普段なら、そんな事を言われたら即座に腹が立っていただろう。
なのに今日は、腹が立つ前に奇妙な引っかかりを感じて、多聞は考え込んでしまった。
逃げるように立ち上がった松原を引き留める事さえ忘れて、多聞は思いを巡らせる。
『男のような顔をした天使』だとばかり思っていたのだが、そうやって考えると、夢の中の天使の顔をどこかで見た事があるような気がしてきたのだ。
セックスの相手だったから、首から下を迷う事なく女性体の、しかも背中に翼が生えた状態でばかり想定していたが…、言われてみればあの顔は、男性体にくっついていた方がしっくりする。
…ような気がする。
少し上目遣いに多聞を見る宝石のようなあの瞳を、現実のどこで目にしたのだろうか…。
固定観念ですり変わってしまった天使のパーツを、一つ一つ訂正し直して、それをまた、おぼろげな記憶を頼りにオリジナルのパーツに置き換えてみて………。
多聞は、ハッとなって顔を上げた。
途端に立ち上がり、ごそごそと上着を羽織っていた松原をその場に置いて、振り返りもせずに店から出ていこうとする。
「あ、おい、レン!?」
「ごめんっ! ショーゴ、ごっそさんっ!」
そのまま、本当に多聞は松原を取り残して、店から飛び出して行った。
残っているのは、テーブルの上の伝票だけ。
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