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第5話
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「俺がタモンだー! 文句あるかー!」
「はぁ?」
「宝船の船員かと思ったぜ! ずっとそーやって喚いて、手が付けられなかったんだぜアンタは!」
「……………」
かなりのバカをやらかしたらしいが、それでもさらした醜態が「ただの酔っぱらい…の範疇に収まる程度のものであった事を確認して、とりあえず多聞は安堵した。
それと同時に多聞は、目の前の『シノ』氏が ”有名人” である自分の事に全く気づいてない…いや、気づくどころが自分の事を全く知らない、という事実に気づいたのだった。
「そーゆーコトだから、起きたんならさっさと帰ってくれよな」
突き放すように告げて、『シノ』氏は薄汚れた壁に寄り掛かったまま、多聞を睨み付けている。
仕方がなく、多聞はズルズルと布団から抜け出したのだが。
「あれ?」
今の今まで自分が裸体であった事に気づいていなかった多聞は、改めて自分のその状態を知った時に、むやみに焦ってしまった。
「アンタの服は、ここっ。いつまでもそんな目障りなモンを、ブラブラさせてんじゃねェよっ!」
乱暴な仕草で『シノ』氏は、そこにぐしゃぐしゃと積んであった多聞の衣服を足で蹴り寄せてくる。
脱ぎっぱなし。といった感の衣服は、昨夜の醜態でも格別汚れている風ではない。
とすると、どうして自分は素っ裸になっているのだろうか?
しかしそれを訊ねても、目の前の不機嫌な人物が親切に答えを教えてくれるなんて事は、とてもじゃないが期待できそうにない。
多聞は服を身につけながら、チラチラと相手の様子を伺った。
多聞の事を足蹴にして起こした時からずっと、彼は薄汚れた白い壁にもたれ掛かるようにして、座り込んでいる。
実を言えば、そこから決して動こうとしない『シノ』氏の態度も不審の種の一つだったが、その疑問もまた口に出来るような雰囲気ではなかった。
「ええっと…それじゃ、お世話様」
「待てよ」
支度が済み、ばつが悪げに帰ろうとした途端、呼び止められる。
振り返ると、『シノ』氏が右手を差し出していた。
「メーワク料。置いてけ」
「はぁ?」
「アンタ、俺の服にゲロかけたし、一泊したんだから。宿代と洗濯料込みの迷惑賃くらい、もらう権利、俺にはあるだろ?」
多聞は少し考えてから、ポケットの中を探ってみた。
出てきたのは、くちゃくちゃに丸まった一万円札が三枚。
そういえば昨夜の恐怖の飲み会は、ラーメン屋の払いまでタクシー運転手が済ませてくれたのだ。
自分は昨夜、一銭の金も支払っていない。
最も、くどくどした親父どもの愚痴話にさんざん付き合ってやったのだから、それくらい当然だと多聞は思ったが。
とにかく、微々たる物ではあるが現金が手元に残っていて良かった…とばかりに、多聞は持ち合わせを全て差し出した。
「これで、足りる?」
よれた三枚の一万円札に、シノ氏は驚いた顔で多聞を見上げてくる。
「足りねェっつっても、今はこれしか持ってねェんだ」
「いや、…随分とまた、高額が出てきたなと思っただけだよ」
「あぁ?」
シノ氏の要求を一種のたかりだと思っていた多聞は、意外な返事に驚いてしまった。
「じゃあ、オマエは一体、いくらくらい貰うつもりだったんだよ」
「別に。アンタが俺にどれくらいメーワクをかけたと感じているか、少し知りたかっただけ」
そのバロメーターとして金銭を要求したのだと言われて、多聞は逆に差し出した金の引っ込みが付かなくなった。
「じゃあ、ほら。これで、チャラな」
「ああ、いいよ」
金を受け取ったシノ氏は、それ以上多聞を引き留めはしなかった。
「はぁ?」
「宝船の船員かと思ったぜ! ずっとそーやって喚いて、手が付けられなかったんだぜアンタは!」
「……………」
かなりのバカをやらかしたらしいが、それでもさらした醜態が「ただの酔っぱらい…の範疇に収まる程度のものであった事を確認して、とりあえず多聞は安堵した。
それと同時に多聞は、目の前の『シノ』氏が ”有名人” である自分の事に全く気づいてない…いや、気づくどころが自分の事を全く知らない、という事実に気づいたのだった。
「そーゆーコトだから、起きたんならさっさと帰ってくれよな」
突き放すように告げて、『シノ』氏は薄汚れた壁に寄り掛かったまま、多聞を睨み付けている。
仕方がなく、多聞はズルズルと布団から抜け出したのだが。
「あれ?」
今の今まで自分が裸体であった事に気づいていなかった多聞は、改めて自分のその状態を知った時に、むやみに焦ってしまった。
「アンタの服は、ここっ。いつまでもそんな目障りなモンを、ブラブラさせてんじゃねェよっ!」
乱暴な仕草で『シノ』氏は、そこにぐしゃぐしゃと積んであった多聞の衣服を足で蹴り寄せてくる。
脱ぎっぱなし。といった感の衣服は、昨夜の醜態でも格別汚れている風ではない。
とすると、どうして自分は素っ裸になっているのだろうか?
しかしそれを訊ねても、目の前の不機嫌な人物が親切に答えを教えてくれるなんて事は、とてもじゃないが期待できそうにない。
多聞は服を身につけながら、チラチラと相手の様子を伺った。
多聞の事を足蹴にして起こした時からずっと、彼は薄汚れた白い壁にもたれ掛かるようにして、座り込んでいる。
実を言えば、そこから決して動こうとしない『シノ』氏の態度も不審の種の一つだったが、その疑問もまた口に出来るような雰囲気ではなかった。
「ええっと…それじゃ、お世話様」
「待てよ」
支度が済み、ばつが悪げに帰ろうとした途端、呼び止められる。
振り返ると、『シノ』氏が右手を差し出していた。
「メーワク料。置いてけ」
「はぁ?」
「アンタ、俺の服にゲロかけたし、一泊したんだから。宿代と洗濯料込みの迷惑賃くらい、もらう権利、俺にはあるだろ?」
多聞は少し考えてから、ポケットの中を探ってみた。
出てきたのは、くちゃくちゃに丸まった一万円札が三枚。
そういえば昨夜の恐怖の飲み会は、ラーメン屋の払いまでタクシー運転手が済ませてくれたのだ。
自分は昨夜、一銭の金も支払っていない。
最も、くどくどした親父どもの愚痴話にさんざん付き合ってやったのだから、それくらい当然だと多聞は思ったが。
とにかく、微々たる物ではあるが現金が手元に残っていて良かった…とばかりに、多聞は持ち合わせを全て差し出した。
「これで、足りる?」
よれた三枚の一万円札に、シノ氏は驚いた顔で多聞を見上げてくる。
「足りねェっつっても、今はこれしか持ってねェんだ」
「いや、…随分とまた、高額が出てきたなと思っただけだよ」
「あぁ?」
シノ氏の要求を一種のたかりだと思っていた多聞は、意外な返事に驚いてしまった。
「じゃあ、オマエは一体、いくらくらい貰うつもりだったんだよ」
「別に。アンタが俺にどれくらいメーワクをかけたと感じているか、少し知りたかっただけ」
そのバロメーターとして金銭を要求したのだと言われて、多聞は逆に差し出した金の引っ込みが付かなくなった。
「じゃあ、ほら。これで、チャラな」
「ああ、いいよ」
金を受け取ったシノ氏は、それ以上多聞を引き留めはしなかった。
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