クロスオーバーKAGURAZAKA

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とある緊縛師の独白。

3.

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 次の週も、彼はきっかり五分前にオフィスに現れた。
 マニアでオタクな気質が、時間厳守の性質にも及んでいるのだろう。

「本日も、よろしくご指導お願いします」
「では、今日はコレに着替えて」

 前回同様に深々と頭を下げた彼に、私は金属の飾りが付いたレザー製の衣服を手渡した。

「解りました」

 おとなしくその衣服を受け取り、彼は更衣室に向かう。
 手渡したのはボンデージだ。
 多分、広げたところでびっくりして、こちらの部屋に戻ってくるだろうと、私は思っていた。
 が、何分待っても、彼は何も言ってこないし、戻ってくる様子も無い。
 ボンデージに驚いたとしても、更衣室には窓も無いので外に逃げ出す事は不可能だ。
 私は更衣室の扉をノックした。

「どうかしたかな?」

 しばしの間があって、更衣室の扉が少しだけ開いた。

「お待たせして申し訳ありません。着付け方が判らなくて……」

 彼の恐縮しきった顔があまりに可愛らしくて、思わず顔が緩んでしまいそうになったが、ここで笑ってしまって和やかムードになるのは厳禁だ。

「では、衣服を持ってこちらの部屋に戻って来なさい」

 衣服を持って戻ってきた彼に、私は殊更大きく溜息を吐いてみせた。

「今日はこれから、前回説明した道具の実演をしようと思っていたんだが。どうやらキミにはちょっと緊張感が欠けているようだ」
「申し訳ありません」
「だから、少し方向性を変えてみようと思う。まず、今から私とキミは先生と生徒ではなく、ご主人様と奴隷になる」
「え……?」
「返事は、はい解りましたのみだよ」
「あ……、はい、解りました」
「よろしい。では、全くなってない奴隷の聖一クンのために、ボンデージの着用方法を指導してあげよう。まずは、着用している服を全て脱ぎなさい。もちろん、下着もだ」

 一瞬戸惑った顔をしたが、彼は黙って上着のボタンに手を掛けた。
 そこで私は、先端がバラバラになっている ”バラ鞭” を手に取ると、彼の尻をいきなり叩いた。

「あううっ!」
「私がキミに用事を命じたら、キミは必ず返事をするんだ。キミは、奴隷なんだからね」

 彼に抗議の声を上げさせる隙を与えず、私は詰め寄った。

「も…申し訳ありません」
「よろしい。では、服を脱ぎなさい」
「はい、解りました」

 上着を脱ぎ、シャツを脱ぎ、スラックスも脱いで、下着も取り払う。
 トレーニングウェア越しにも華奢に見えた身体は、こうして一糸纏わぬ姿になると、改めてそのほっそりとしたシルエットと奇妙な色気を感じさせた。
 整った美貌ではあるが、微妙に年齢の判らない童顔をしているので、それにこの体つきでは仕草や様子によっては子供と錯覚する時もある。

「ボンデージを着用するには、まずこの潤滑剤をキミの手足と腰回り、それから着用するスーツの裏側にも塗っておいた方が良い。そのままでいきなり着る事も出来なくは無いが、摩擦が大きくて身に付けた時に不格好になったりする。身動きもスムースさを欠いてしまって、美観が損なわれやすくなる」

 そこで彼は、パッと右手を挙げた。

「なにかな?」
「身動きを欠くと仰いますが、縄で拘束をしてしまうのに、身動きが関係あるのでしょうか?」
「もちろん、大いに関係がある。確かに緊縛されてしまったら、キミの身体の自由は奪われる。だが、両腕を背中側に回す行為自体が、既に通常の身体の動きとはやや異なっているし、その通常とは違う姿勢で固定される事になる。着用した時に既にごわついたり引きつった状態だと、満足に腕を後ろで組む事すら妨げられてしまうだろう?」
「なるほど、解りました」

 最初に会ったバーのカウンターで、性行為の話題を口にする事を躊躇した様子からは、性的な話題やそういった行為に対する羞恥心が人一倍なのかと思ったのだが。
 そこで一糸纏わぬ姿のままで、彼は渡されたボンデージと潤滑剤についての私の説明を、事細かくノートに書き取っている。

「私の身体は、関節部と腰回りで……、衣服の方も同じ場所に塗れば良いのでしょうか?」

 真顔で訊ねられて、こちらの方が調子が狂ってしまいそうだった。
 それから数分間、彼は私が簡単に説明した潤滑剤の使い方を反芻しながら、きちっとボンデージを身に付けた。

「そちらに大鏡があるから、自分の姿を見てごらん」

 ピッタリと身体に張り付くような、黒いエナメルのボンデージスーツは、袖が無い上下一体型で、胯間の部分の布は無い。
 肘の上までくる長手袋も同じ黒で、彼の白い肩と頭髪と同じくプラチナブロンドの陰毛が生えた下半身を、際立たせた。
 服を身に付けていた時の彼は、私の講義とその慣れないエナメルの服の取り扱いに熱中していたが、着用した己の姿を見た瞬間にカアッと顔を赤らめた。

「なかなか、卑猥だろう? 実に良く似合ってるよ」

 肩を抱いて背後に立つと、スーツ姿の私とえげつないボンデージ姿の自分との対比に、彼はますます戸惑った様子だった。

「こういういやらしい服装がそんなに似合って、まるでキミが淫乱な奴隷みたいに見えるだろう?」
「…そんな……事は……」
「いやいや、SMというのはセックスをする上での強烈なスパイスだからね。むしろ、視覚的な演出は重要なポイントになる」
「はい……」

 目を伏せて、顔を鏡から逸らしている事に気付き、私は彼の頭を両手でそっと抑えると、無理に顔を正面に向けさせた。

「ダメだよ、ちゃんといやらしい自分の姿を見なさい。姿勢は、指先ひとつでもご主人様が良いと言わない限りは、動かしてはいけない。いやらしい姿をジッと見なさいと言われたら、なにがあっても視線を逸らさないように」
「……はい」

 再び鏡に視線を向けた彼は、微かに震えはじめている。
 やはり、こういった羞恥プレイがかなり堪えるタイプのようだ。
 素知らぬ顔を装ってはいたが、内心、私はにんまりとほくそ笑んでいた。

「まずは先程、キミを打ったコレ。前回、名称を教えたね?」
「はい。先端がバラバラに分かれているので、バラ鞭という通称だと教えて頂きました」
「ちゃんと復習をしているようだ。コレは初心者向けの比較的痛みの少ない鞭だ。先程叩かれてキミも判ったと思うが、せいぜい手で叩かれたのと大差ないだろう? 今日は緊縛といくつかの鞭を使ったプレイの話をするよ。鞭は全部、キミの身体で痛みの度合いを知ってもらう。判ったね」
「はい、解りました」

 いきなり拘束されて、鞭で叩くと言われて、ここまで素直に了承の返事があると思っていなかったので、私は少し驚いた。
 大概の人間は、鞭を使う時に自分で痛みを知れと言われると、文句を言ったり怯えたりするものだ。
 もしかして、彼にはちゃんと私の意思が伝わっていなかったのではないかと、少し疑った。

「痛みの度合いを知ってもらう…というのは、キミをこれらの鞭で叩くと言う事だよ?」
「はい、解っています」

 確認の問いに、彼は簡潔な答えを返してきた。
 本人が納得したのなら、もうこれ以上の気遣いをする必要も無いだろう。
 私は用意してあった縄を手に取った。

「鏡を見て…、まずはキミを後ろ手に拘束するよ」
「はい」
「前回は道具の説明とおおまかな拘束方法の実演をしたが、今回からはもっと実際のシチュエーションに則した講義になるよ。このボンデージはキミのトレーニングウェアだ。サイズもぴったりなようだから、次回からコレを服の下に身に付けてきなさい」
「それは、こちらに伺う時点で、既にレッスンが始まっている…というような感じでしょうか?」
「察しが良いね。キミはM調教を身を持って学ぶんだ、その一環だよ」
「解りました」
「さて、後ろ手の結びが完成したよ。緩くないね?」
「はい、抜けません」
「痛みはどうかな? 関節を無理に曲げたりしていると、プレイの最中に思わぬ動きで脱臼したりする事もある。縛る時には、まず相手の身体を楽に拘束するのが基本だ」

 彼の肩に手を掛けて、私はわざと彼に自身を正面から真っ直ぐ立たせた姿を見せた。
 黒のボンデージと剥き出しになっている白い肌の対比だけでも、なにやら卑猥に見える姿が、両腕を後ろに拘束されると余計に艶めかしい。
 肩に掛けた手に力を込め、鏡の前で彼の身体を回して、後ろ姿も見せる。

「キミは関節が柔らかいね。大概のヒトは、腕をこうして拘束すると、肩関節や二の腕の筋が痛いと言うんだが」
「問題ありません」
「よろしい。それでは、このキミの腕を拘束している縄の残りを使って、キミの二の腕と胸を縛る。二の腕のやや上側に一回巻いて、背中で縄をクロスさせてから、二回目は肘に近い辺りだね。ここまでは前回、マネキンを使ってキミにもやって貰ったが、覚えているかい?」
「はい」
「相手が女性の場合は、乳房があるのでここでの縄の位置は自ずと適宜なところに落ち着くんだが。男性の場合は少し意識的にどこで縛るのかを考えた方が良いね。もっとも、私自身、見栄えを気にして縛る事を考えるようになったのは、SMショーを人に見せるようになってからだがね」

 彼は鏡から目線を自分の胸元に落とした。
 最初は先程同様に、緊縛された己の姿から目を逸らしているのかと思ったが、肩やら二の腕やらをモゾモゾしている様子から、縄の縛り具合を見ているだけだと気付く。

「痛いのかい?」
「いえ、痛くはありません。確かに手袋をしている肘側に比べると、肌に直に触れている肩に近い方の縄は少し食い込む感じがしますが。想像していたより、痛くないです」
「そうだね。拘束されている見た目から、縛られる事が既に痛みを与えるようなイメージかもしれないが。私は、緊縛から痛みを与えるようなプレイはあんまり好きじゃないんだ。それに、縛りそのものがさほど痛くないとしても、吊られたら否応無く縄が食い込んで痛くなるよ」
「そもそも本当に、痛みが快感になるんでしょうか?」
「ハードなSMプレイを好む者でも、最初はソフトなプレイから入っていくものだよ。最初から痛みが快感な者も稀にいるが、普通は少しずつ馴染ませるね」
「と言うと?」
「パブロフの犬だよ。気持ちが良いのと痛いのを同時に与えられると、身体が段々、痛みを与えられた時に気持ち良かった事を覚えて、痛みで興奮するようになる。例えば…」

 ローションを手に取って、いきなり彼の性器を握る。

「こうして、キミに性的興奮をダイレクトに与えれば、当たり前だがキミのペニスは勃起してくる」

 驚いたように目を見開いた彼に、私は素知らぬ顔のまま講義を続ける。
 レッスンの中には性的な接触もあり得ると最初に断ってあるし、私の態度も一貫しているので、彼は戸惑った顔をしていたが黙っていた。
 そのまま彼の性器を握り、乱暴に上下にしごき続けると、ごく当たり前の反応を示してくる。

「あ……、せんせぇ…っ!」

 彼の息が上がり、少し切羽詰まった声を出した辺りで、私は彼の性器の先端に爪を立てながら同時にもう片方の手で彼の尻を強く叩いた。

「あううっ!」

 びくんと全身を強張らせ、彼は吐精した。

「キミが最後に感じたのは、快感だったかな、痛みだったかな?」

 私の問いに、彼はカアッと頬を赤らめた。

「そう、痛みでキミはイッた。もちろんこれ一回で、キミが以後スパンキングでイケるようになった訳じゃない。けれど、こういった強烈な刺激で快感を得る事を繰り返せば、痛みは痛みでもその刺激で快感を得られると、身体が覚えていく。解るかな?」
「それは…解りますが……。あの…せんせぇ…、私は……」
「ふふ、こんなみっともない服装で縛られて、明るい部屋でイッてしまって。恥ずかしいかい?」
「…あの……はい…」
「でも、恥ずかしいって感覚も性的な興奮を煽るよね? キミのコレ、また勃ってきたんじゃないの?」
「そんな事は……っ!」

 焦った顔の彼に、私は畳み込むように再び性器を握った。
 もちろん、彼のそこは全く反応してはいない。
 だが、冷静に考える事をさせずに、どんどん追い込んでいくのが手管なのだ。

「いや、ちゃんと勃ってるよ。覚えが早いね、キミの身体。ははぁん、本当は以前にえっちした時も、痛みで感じまくってしまって、それでドン引きされて相手に逃げられたのかな?」
「違いますっ!」

 ますます狼狽えながらも、微かに怒りが滲んでいるように見える。
 謂れのない中傷に、純粋に腹を立てているのだろう。

「さぁ、それはどうかな?」

 彼の性器から手を離し、私は簡単に手を拭ってから、低周波治療器を手に取った。
 充電池に充分な電力が残っている事を確認して、パッドを彼の剥き出しになっている下半身に貼る。
 本体は胸の縄に挟んで、電源を入れた。

「ふうんっ!」
「こういう、市販の低周波治療器も、使用方法によってはとっても楽しめるんだよ。ああ、ダメだよ。姿勢は崩しちゃいけないと言っただろう?」

 パッドを通して通電すれば、本人の意思とは関係無く筋が反応する。
 彼の性器は、瞬く間に勃ち上がってきた。

「じゃあ、最初に言った通り、鞭の痛みを少し味わってみようか」

 私は彼の背後に回ると、用意した鞭で彼の尻を叩いた。

「ああっ!」
「キミはとても覚えが良いから、この刺激で今日は何回イッてしまうかなぁ? でも、イケる方が良いんだよ。痛みだけでは辛いからね」

 鏡に映った彼の様子を見ながら、低周波の刺激で彼が達してしまいそうなタイミングを見計らいつつ、最大の快感が来る瞬間に最も痛みのある鞭を振るう。

「ひゃうん!」

 鋭い音が響いた瞬間、彼は再び吐精していた。

「なかなか、上達が早いね」

 鞭を置き、彼の正面に戻る。
 そこで彼の顔を見た私は、少し驚いてしまった。
 顔を上げた彼は、泣いていたのだ。

「どうしたんだい?」
「ご…ごめんなさ……」

 発された言葉は、問い掛けへの返事では無い。

「聖一クン?!」

 肩に手を掛け、強く問いかけると、彼はハッとしたような顔をする。

「あ……、申し訳ありません……」
「大丈夫かな?」
「はい……、…あの、今日はこれで終わりにして頂いてもよろしいでしょうか?」
「そう、そうだね」

 私は彼を縛っていた縄を解いた。

「更衣室の奥にシャワーがあるから、身体を流すのに使いなさい」
「はい…」

 会釈をして、彼は更衣室に消える。
 そこで彼の背中を見送りながら、私は先程の彼の反応を思い返す。
 低周波治療器の刺激で勃起を促し、尻を殴打しながら達させるのは、彼に講義した快感と痛みを身体に覚えさせる手管の一つだ。
 これでスパンキングで性的興奮を覚えるように仕向ける、基本と言って良い。
 だが彼の反応は、性的興奮とは少し違った様子だった。
 シャワーで身体を流し、服を着替えて彼が部屋に戻ってくる。

「あの、先生」
「なんだい?」
「臀部を叩く事は、避けられないのでしょうか?」
「なぜだい?」
「あ……いえ、なんだか、子供扱いされているような気がして……」
「そういうのは関係無く、臀部は脂肪がしっかり付いているし、骨格も丈夫に出来ている。殴打するには一番適している…と言うよりは、殴打出来るのは臀部しか無いと言っても過言じゃないね」
「そう…ですか……」

 少し表情を曇らせた様子から、もしかして彼はこの先のレッスンを断ってくるかと思った。

「解りました。では、本日は失礼します」

 数秒の逡巡の後、彼は来た時と同じように深々と頭を下げてから、オフィスを出て行った。
 彼の ”子供扱い” と言う表現と、先程の混乱した様子を鑑みて、私は一つの結論を出した。
 バーのママから聞いた ”父親が厳格なカソリックの坊さん” と言うヒントも、そこには加味されている。
 つまり、彼は幼少の頃に父親に尻を叩かれる折檻をされたのだろう。
 性的マイノリティーのカミングアウトが原因で、父親と大喧嘩をして家を飛び出したと言う話だが、これはどうやら彼の性癖がこちらに傾いた原因そのものが、父親に起因していると考えるべきだろう。
 あの綺麗な青年を自分好みに躾けて、手元に置いておくのも楽しいだろう。
 レッスンにかこつけて、自分の趣味を満喫するだけのつもりだったが、少し欲が出てきてしまった。
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