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3.異世界頭髪事情
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村に入ったところで、周囲の人々の様子と、彼らが僕に送ってくる視線に戸惑った。
なぜなら村人達は、まるで某テーマパークのキャラクターのように、全身に体毛が生えている、二足歩行の獣が服を着たような格好をしていたからだ。
「ごめん、説明を忘れていたね。ここの住人は、チキュウの人が言うところの獣人なんだよ」
「じゃあ、みんな仮装をしているんじゃないんだ…」
手指の形は人っぽいけど、第二関節ぐらいまでびっしり毛が生えていて、指先と掌以外は、基本的に皮膚が直に見える部分はほぼ無い。
頭部は、完全に動物の者と、人の頭に獣耳が付いているような者がいて、なんとなくだけど動物頭の方が威張ってるように見える。
肩や脛が見える服装をしているけど、正直どこまでが服なのか、一瞬区別が付かない。
ウォルフ様の領主としての人気はあるようで、鳥車を進める先々で領民が声を掛けてくるけど、彼らは一様に僕をジロジロと見た。
不躾に「新しい奴隷ですか?」とか「そのハダカザルはなんですか?」とか訊ねてくる者もいたぐらいだ。
その度にウォルフ様は「こちらは異邦人なので、失礼のないように」と言って、窘めていた。
「あれが、僕の家だよ」
丘の上にあるゴッドウィン邸は、僕が想像したよりもこじんまりとした屋敷だった。
僕が住んでいたアパートよりはずっと大きくて立派だけど、領主様なんてお城みたいな物に住んでいるだろうと思っていたから、そう感じたのだ。
「おかえりなさいませ」
玄関の前には、たぬきが人に化けそこなったみたいな人物が立っていた。
昔見たホラー映画で、人間が狼男に変身するシーンの途中で止めた…みたいな感じで、目鼻口の周りは体毛が薄く、なんとなく人間っぽいんだけど、髪の毛と顔毛の境界が無い。
見えている目鼻の様子からすると、割りと年若いように見えた。
通り抜けた村の住人が着ていた物に比べると、ちょっと高級そうで綺麗な服装をしている。
「セバスチャン、こちらは僕の客のクロウ」
「いらっしゃいませ、クロウ様。私は執事のセバスチャンです」
「はじめまして。クロイ・ツルハです」
ウォルフ様はセバスチャンにつば広の帽子を手渡し、簡単に僕を紹介してくれた。
その間に向こうから、シェパードみたいな三角耳が頭に生えてる子供が走ってきて、鳥車を引いて去っていった。
どうやらどんなにこじんまりしていても、流石に領主様だけあって、使用人が何人もいるようだ。
「腹が減ったよ。セバスチャン、食事の用意は二人分にしてくれ。お客様と一緒に食べるから」
「お席は直ぐにご用意します」
ゴッドウィン邸の玄関には、洗面器が置かれていて、入ったところで手を洗うようになっている。
あんなペスト医師みたいな格好をしているから、もっと医療の知識は無いのかと思ったけど、色んな世界から転移してきている、異邦人達の知識が集まっているので、衛生観念はあるのだそうだ。
ウォルフ様は、ウィルスと細菌の違いまで知っていて、玄関の洗面器に張られた水はお酢が混ぜてあった。
そこで僕がウォルフ様に、この世界の医療事情を聞いている間に、食堂には僕の席が用意出来たとセバスチャンが知らせに来る。
なので僕はそのまま食堂に通された。
驚いた事に食堂のテーブルには、黒っぽいパンが乗った皿と、スープの器が置いてあるきりだった。
「此処は魔物が出るから、おちおち畑を耕していられなくてね。金が無いから、護衛のような者を雇う事は出来ないし」
はははと笑って、ウォルフ様はそこで初めて被っていたペスト医師の仮面を脱いだ。
仮面の下から出てきた顔を見て、僕は驚いた。
なぜなら、どう見ても僕と同じ人間の顔をしていたからだ。
東欧の白人を思わせる顔立ちだけど、フワフワした金糸の髪とちょっと広めのおでこが、日本人の僕から見ても子供っぽい顔だと思わせる。
びっくりした僕の視線に気付いたのか、ウォルフ様は恥ずかしそうに笑った。
そのはにかんだ笑顔の中に、微妙な哀愁のようなものも感じて、僕はなんだか胸のあたりがキュウッと痛くなった。
「この仮面は、僕のハゲ隠しなのさ」
「ハゲ?」
僕の問いに、ウォルフ様はこの世界の頭髪事情を教えてくれた。
曰く、最初に僕に声を掛けたのは、簡単に言えば「同病相憐れむ」気持ちがあったから。
村での様子から僕が感じた通り、この世界ではより獣のような姿をしている方が、容姿としての美的価値が高いのだそうだ。
だから僕の知る一般的な人間程度の容姿の者、つまり頭髪以外は皮膚が見えるような者は「ハゲ」と呼ばれてしまう。
ハゲって言葉は、異世界言語翻訳スキルが、適当に僕の知る言葉に置き換えてくれているだけだ。
僕の知るハゲと、この世界のハゲでは、その言葉の持つニュアンスがかなり違う。
それはこの世界が、美しい=価値がある=横暴に振る舞っても許されるという、社会的な原則がある事に起因する。
極端な話、ハゲってだけで蔑まれるし、領主は世襲制だけど、ハゲだとバレたら最悪でも奴隷落ちされてしまう可能性がある。
「じゃあ、ウォルフ様は…」
「僕がハゲなコトは、セバスチャンしか知らないんだ。だから食事をする時は人払いをしてる。とにかく、腹が減ったよ。座って食べよう」
席に座り、ウォルフ様はやや俯いて食事を始めた。
彼が ”領主様” だと判ってからずっと、僕は疑問に思っていた。
ウォルフ様の言動が、支配階級にありがちな上からじゃない事が、変だと感じていたのだ。
だけどその理由を、僕は理解した。
ハゲである事が、彼の自信を失わせているから、支配階級にあるはずなのに、媚を売るような態度を取っているからだ。
なんとなくそういう裏事情が透けて見えたので、僕は黙って勧められた席に座った。
黒いパンはものすごく堅かったけど、噛むとちょっと酸味があって、ドイツパンのロッゲンブロートに似てる。
スープは気の所為ぐらいにベーコンっぽい肉と、ゴロゴロとじゃがいも(のようなもの)が入っていた。
どっちもつましい感じがしたけど、味は悪くない。
「あの、ウォルフ様」
食事の最中に話し掛けるのは、ちょっと行儀が悪いかなと思ったけど、他の人が絶対に来ないと判っている場所の方が、話しやすいと思ったんだ。
「なんだい?」
「僕のスキルのコトなんだけど」
「うん」
「食事が終わったら、ちょっと、試してみてもイイかな?」
「そうだね。こっちに来たばかりだし、スキルの概念も無いんだし。いいよ、付き合うよ」
ウォルフ様は、快く引き受けてくれた。
なぜなら村人達は、まるで某テーマパークのキャラクターのように、全身に体毛が生えている、二足歩行の獣が服を着たような格好をしていたからだ。
「ごめん、説明を忘れていたね。ここの住人は、チキュウの人が言うところの獣人なんだよ」
「じゃあ、みんな仮装をしているんじゃないんだ…」
手指の形は人っぽいけど、第二関節ぐらいまでびっしり毛が生えていて、指先と掌以外は、基本的に皮膚が直に見える部分はほぼ無い。
頭部は、完全に動物の者と、人の頭に獣耳が付いているような者がいて、なんとなくだけど動物頭の方が威張ってるように見える。
肩や脛が見える服装をしているけど、正直どこまでが服なのか、一瞬区別が付かない。
ウォルフ様の領主としての人気はあるようで、鳥車を進める先々で領民が声を掛けてくるけど、彼らは一様に僕をジロジロと見た。
不躾に「新しい奴隷ですか?」とか「そのハダカザルはなんですか?」とか訊ねてくる者もいたぐらいだ。
その度にウォルフ様は「こちらは異邦人なので、失礼のないように」と言って、窘めていた。
「あれが、僕の家だよ」
丘の上にあるゴッドウィン邸は、僕が想像したよりもこじんまりとした屋敷だった。
僕が住んでいたアパートよりはずっと大きくて立派だけど、領主様なんてお城みたいな物に住んでいるだろうと思っていたから、そう感じたのだ。
「おかえりなさいませ」
玄関の前には、たぬきが人に化けそこなったみたいな人物が立っていた。
昔見たホラー映画で、人間が狼男に変身するシーンの途中で止めた…みたいな感じで、目鼻口の周りは体毛が薄く、なんとなく人間っぽいんだけど、髪の毛と顔毛の境界が無い。
見えている目鼻の様子からすると、割りと年若いように見えた。
通り抜けた村の住人が着ていた物に比べると、ちょっと高級そうで綺麗な服装をしている。
「セバスチャン、こちらは僕の客のクロウ」
「いらっしゃいませ、クロウ様。私は執事のセバスチャンです」
「はじめまして。クロイ・ツルハです」
ウォルフ様はセバスチャンにつば広の帽子を手渡し、簡単に僕を紹介してくれた。
その間に向こうから、シェパードみたいな三角耳が頭に生えてる子供が走ってきて、鳥車を引いて去っていった。
どうやらどんなにこじんまりしていても、流石に領主様だけあって、使用人が何人もいるようだ。
「腹が減ったよ。セバスチャン、食事の用意は二人分にしてくれ。お客様と一緒に食べるから」
「お席は直ぐにご用意します」
ゴッドウィン邸の玄関には、洗面器が置かれていて、入ったところで手を洗うようになっている。
あんなペスト医師みたいな格好をしているから、もっと医療の知識は無いのかと思ったけど、色んな世界から転移してきている、異邦人達の知識が集まっているので、衛生観念はあるのだそうだ。
ウォルフ様は、ウィルスと細菌の違いまで知っていて、玄関の洗面器に張られた水はお酢が混ぜてあった。
そこで僕がウォルフ様に、この世界の医療事情を聞いている間に、食堂には僕の席が用意出来たとセバスチャンが知らせに来る。
なので僕はそのまま食堂に通された。
驚いた事に食堂のテーブルには、黒っぽいパンが乗った皿と、スープの器が置いてあるきりだった。
「此処は魔物が出るから、おちおち畑を耕していられなくてね。金が無いから、護衛のような者を雇う事は出来ないし」
はははと笑って、ウォルフ様はそこで初めて被っていたペスト医師の仮面を脱いだ。
仮面の下から出てきた顔を見て、僕は驚いた。
なぜなら、どう見ても僕と同じ人間の顔をしていたからだ。
東欧の白人を思わせる顔立ちだけど、フワフワした金糸の髪とちょっと広めのおでこが、日本人の僕から見ても子供っぽい顔だと思わせる。
びっくりした僕の視線に気付いたのか、ウォルフ様は恥ずかしそうに笑った。
そのはにかんだ笑顔の中に、微妙な哀愁のようなものも感じて、僕はなんだか胸のあたりがキュウッと痛くなった。
「この仮面は、僕のハゲ隠しなのさ」
「ハゲ?」
僕の問いに、ウォルフ様はこの世界の頭髪事情を教えてくれた。
曰く、最初に僕に声を掛けたのは、簡単に言えば「同病相憐れむ」気持ちがあったから。
村での様子から僕が感じた通り、この世界ではより獣のような姿をしている方が、容姿としての美的価値が高いのだそうだ。
だから僕の知る一般的な人間程度の容姿の者、つまり頭髪以外は皮膚が見えるような者は「ハゲ」と呼ばれてしまう。
ハゲって言葉は、異世界言語翻訳スキルが、適当に僕の知る言葉に置き換えてくれているだけだ。
僕の知るハゲと、この世界のハゲでは、その言葉の持つニュアンスがかなり違う。
それはこの世界が、美しい=価値がある=横暴に振る舞っても許されるという、社会的な原則がある事に起因する。
極端な話、ハゲってだけで蔑まれるし、領主は世襲制だけど、ハゲだとバレたら最悪でも奴隷落ちされてしまう可能性がある。
「じゃあ、ウォルフ様は…」
「僕がハゲなコトは、セバスチャンしか知らないんだ。だから食事をする時は人払いをしてる。とにかく、腹が減ったよ。座って食べよう」
席に座り、ウォルフ様はやや俯いて食事を始めた。
彼が ”領主様” だと判ってからずっと、僕は疑問に思っていた。
ウォルフ様の言動が、支配階級にありがちな上からじゃない事が、変だと感じていたのだ。
だけどその理由を、僕は理解した。
ハゲである事が、彼の自信を失わせているから、支配階級にあるはずなのに、媚を売るような態度を取っているからだ。
なんとなくそういう裏事情が透けて見えたので、僕は黙って勧められた席に座った。
黒いパンはものすごく堅かったけど、噛むとちょっと酸味があって、ドイツパンのロッゲンブロートに似てる。
スープは気の所為ぐらいにベーコンっぽい肉と、ゴロゴロとじゃがいも(のようなもの)が入っていた。
どっちもつましい感じがしたけど、味は悪くない。
「あの、ウォルフ様」
食事の最中に話し掛けるのは、ちょっと行儀が悪いかなと思ったけど、他の人が絶対に来ないと判っている場所の方が、話しやすいと思ったんだ。
「なんだい?」
「僕のスキルのコトなんだけど」
「うん」
「食事が終わったら、ちょっと、試してみてもイイかな?」
「そうだね。こっちに来たばかりだし、スキルの概念も無いんだし。いいよ、付き合うよ」
ウォルフ様は、快く引き受けてくれた。
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