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事件簿2:山麓大学第一学生寮下着盗難事件
8.パンツ雪崩
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川崎は、小さな鞄を一つ持って出掛けて行った。
霧島は1人残った部屋で、先日購入した本を開く。
古書店街で偶然見つけた、林唯一の挿絵が付いた『蜘蛛男』だ。
個人的な好みから言えば、初期派なのだが、この本だけは子供の頃に読んだ時の臨場感が忘れられず、特に挿絵が怖かった。
だが、そんな感傷もなにも集中出来ないほど、気を取られている。
それは、荒木の巣こと、件のクローゼットだった。
あの中に、未だ発見されていない "盗まれた下着" が入っていたら?
いや、今の霧島の考えからしたら、それは有るはずの無い盗品なのだが、しかしもしもそれがあの中にあったならば、川崎の言う通り荒木が犯人という可能性は上がる。
むしろそれが発見出来なければ、濡れ衣説が強まる…と思う。
もっとも、それはどちらにせよ霧島の気持ちの上での話に過ぎないが。
川崎の発言が発端では有るが、よくよく考えると、自分がなぜ荒木を擁護しようとしているのか判らないのだ。
ただ、荒木の言動には良くも悪くも嘘は無いように思えるのと、それをどうしても否定しようとする川崎の態度が気に入らない。
なんにせよ、こんな状態では読書など出来る訳が無かった。
「よし、やろう」
意を決すると霧島は本を閉じ、立ち上がった。
クローゼットの前に立ち、一つ息を吸うと扉を勢い良く開ける。
途端にドザザザザッ! という音と共に、霧島の後悔が形になって足元に崩れ落ちてきた。
下着である。
まごうことなき、使用済みの男性用下着の山である。
「…そーゆー趣味はないが、これなら女子高生の下着の方がなんぼかマシかもしらん」
ふうーっと一つ息を吐き、霧島は数秒前の "決意" を思い出して、足元の下着を拾った。
腰ゴムの部分に、黒のマジックペンで "アラキ" と書いてある。
次の物も同様に名前が書いてあり、更に最初のものと同じ型だ。
派手な柄のトランクスは、何処かの通販サイトでまとめ買いでもしたのか、ラベル表記も統一されており、そして一枚残らず…まるで母親が小学生の息子のために施したように、腰ゴムの部分に "アラキ" と書き込まれていた。
正直、それを一枚残らず確認している自分もどうかと思うほどだが、それでもこれで一つ、霧島の感情にケリが付いた…とも言えた。
「あーあ、バカみてぇ…」
使用済みトランクスの山を眺め、霧島は再び溜息を吐いた。
片付けたばかりの部屋を、盛大に散らかしたのは間違いなく己自身なのだ。
ただ、洗濯物を溜め込んだバカに代わって、自分がそれをする事が腹立たしくはあったが、これらを元通りにクローゼットに押し込む事は、性格的に不可能だ。
「やるか…」
霧島は散らばった洗濯物をかき集めると、洗濯カゴ代わりに使っているダンボール箱に詰め、部屋の隅にやる。
どうせ荒木が帰ってくれば新たな洗濯物が出る。それらと一緒に洗いに行く方が手間が省けるというものだからだ。
「…俺、世話女房みたい…」
ふと呟いて、自分のセリフで怖くなり、頭を激しく左右に降る。
「うわーヤダ! 怖すぎる!!」
怖気て、意味も無く部屋の中をバタバタと動き回ってしまった。
が、そこでふと、川崎の机の上に置かれている本が目についた。
霧島も愛読している作家の、しかも既に絶版となっているものだ。
一部のマニアに非常に人気があり、手に入れるにはかなりの大枚を叩かねばならない希少本である。
「へえ、川崎もこういうの読むんだ…」
そんな希少本をこんな場所に置くなんて…と思いつつも、ここの寮生ではこの本の価値も判らないだろう。
手を伸ばし、慌てて引っ込めて、それから霧島は遠巻きにその本を眺めた。
他人の持ち物を、しかもそんな高価な品を、本人に断りもなく手に取るのはどうかと思う。
思うのだが、自分ではもう絶対に入手は無理だろうと思われる、しかも未読のミステリー本だ。
見たくなるのが人情…であった。
「……………」
しばらく表紙を見つめた後、霧島は部屋の隅によってそっと開いてみた。
部屋の隅に寄ったからといって、どうにかなる訳でもないが、他人の物を盗み読みしているという罪悪感から、何となく部屋の真ん中で読めなかった。
「……………?」
ざっと斜め読みするつもりが、あっと言う間に本に没頭してしまい、真剣に読み始めてしまった霧島の膝に何かが落ちた。
「ヤベ…、栞か?」
ひらひらと落ちた紙を拾い、霧島は驚いた。
それはサービスサイズのカラー写真だった。数人の寮生が集まって、寮の室内で写したものらしく、見知った顔と見知った部屋で撮影されていた。
それだけならば驚く事は無い。だがその写真は、真ん中に写った人物の部分を、黒のマジックペンで塗り潰してあったのである。
「…コレ、荒木じゃねえのか…?」
しばらく写真を見つめていたが、霧島は本を元に戻し写真を持って部屋を出た。
霧島は1人残った部屋で、先日購入した本を開く。
古書店街で偶然見つけた、林唯一の挿絵が付いた『蜘蛛男』だ。
個人的な好みから言えば、初期派なのだが、この本だけは子供の頃に読んだ時の臨場感が忘れられず、特に挿絵が怖かった。
だが、そんな感傷もなにも集中出来ないほど、気を取られている。
それは、荒木の巣こと、件のクローゼットだった。
あの中に、未だ発見されていない "盗まれた下着" が入っていたら?
いや、今の霧島の考えからしたら、それは有るはずの無い盗品なのだが、しかしもしもそれがあの中にあったならば、川崎の言う通り荒木が犯人という可能性は上がる。
むしろそれが発見出来なければ、濡れ衣説が強まる…と思う。
もっとも、それはどちらにせよ霧島の気持ちの上での話に過ぎないが。
川崎の発言が発端では有るが、よくよく考えると、自分がなぜ荒木を擁護しようとしているのか判らないのだ。
ただ、荒木の言動には良くも悪くも嘘は無いように思えるのと、それをどうしても否定しようとする川崎の態度が気に入らない。
なんにせよ、こんな状態では読書など出来る訳が無かった。
「よし、やろう」
意を決すると霧島は本を閉じ、立ち上がった。
クローゼットの前に立ち、一つ息を吸うと扉を勢い良く開ける。
途端にドザザザザッ! という音と共に、霧島の後悔が形になって足元に崩れ落ちてきた。
下着である。
まごうことなき、使用済みの男性用下着の山である。
「…そーゆー趣味はないが、これなら女子高生の下着の方がなんぼかマシかもしらん」
ふうーっと一つ息を吐き、霧島は数秒前の "決意" を思い出して、足元の下着を拾った。
腰ゴムの部分に、黒のマジックペンで "アラキ" と書いてある。
次の物も同様に名前が書いてあり、更に最初のものと同じ型だ。
派手な柄のトランクスは、何処かの通販サイトでまとめ買いでもしたのか、ラベル表記も統一されており、そして一枚残らず…まるで母親が小学生の息子のために施したように、腰ゴムの部分に "アラキ" と書き込まれていた。
正直、それを一枚残らず確認している自分もどうかと思うほどだが、それでもこれで一つ、霧島の感情にケリが付いた…とも言えた。
「あーあ、バカみてぇ…」
使用済みトランクスの山を眺め、霧島は再び溜息を吐いた。
片付けたばかりの部屋を、盛大に散らかしたのは間違いなく己自身なのだ。
ただ、洗濯物を溜め込んだバカに代わって、自分がそれをする事が腹立たしくはあったが、これらを元通りにクローゼットに押し込む事は、性格的に不可能だ。
「やるか…」
霧島は散らばった洗濯物をかき集めると、洗濯カゴ代わりに使っているダンボール箱に詰め、部屋の隅にやる。
どうせ荒木が帰ってくれば新たな洗濯物が出る。それらと一緒に洗いに行く方が手間が省けるというものだからだ。
「…俺、世話女房みたい…」
ふと呟いて、自分のセリフで怖くなり、頭を激しく左右に降る。
「うわーヤダ! 怖すぎる!!」
怖気て、意味も無く部屋の中をバタバタと動き回ってしまった。
が、そこでふと、川崎の机の上に置かれている本が目についた。
霧島も愛読している作家の、しかも既に絶版となっているものだ。
一部のマニアに非常に人気があり、手に入れるにはかなりの大枚を叩かねばならない希少本である。
「へえ、川崎もこういうの読むんだ…」
そんな希少本をこんな場所に置くなんて…と思いつつも、ここの寮生ではこの本の価値も判らないだろう。
手を伸ばし、慌てて引っ込めて、それから霧島は遠巻きにその本を眺めた。
他人の持ち物を、しかもそんな高価な品を、本人に断りもなく手に取るのはどうかと思う。
思うのだが、自分ではもう絶対に入手は無理だろうと思われる、しかも未読のミステリー本だ。
見たくなるのが人情…であった。
「……………」
しばらく表紙を見つめた後、霧島は部屋の隅によってそっと開いてみた。
部屋の隅に寄ったからといって、どうにかなる訳でもないが、他人の物を盗み読みしているという罪悪感から、何となく部屋の真ん中で読めなかった。
「……………?」
ざっと斜め読みするつもりが、あっと言う間に本に没頭してしまい、真剣に読み始めてしまった霧島の膝に何かが落ちた。
「ヤベ…、栞か?」
ひらひらと落ちた紙を拾い、霧島は驚いた。
それはサービスサイズのカラー写真だった。数人の寮生が集まって、寮の室内で写したものらしく、見知った顔と見知った部屋で撮影されていた。
それだけならば驚く事は無い。だがその写真は、真ん中に写った人物の部分を、黒のマジックペンで塗り潰してあったのである。
「…コレ、荒木じゃねえのか…?」
しばらく写真を見つめていたが、霧島は本を元に戻し写真を持って部屋を出た。
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