荒木探偵事務所

RU

文字の大きさ
上 下
31 / 49
事件簿1:俺と荒木とマッドサイエンティスト

31.俺だって腹が立っているんだ

しおりを挟む
 無郎が鞄を投げ込んだ窓の位置を、霧島は正確に覚えてはいなかった。
 更に、建物の構造もちゃんと把握出来ていない。
 そのために、人見に説明をしながらいくつかの部屋を回る事になってしまった。

「これなら、窓から入った方が良かったんじゃ…?」

 心で考えた事が口から発されていたが、そんな事も気付かないほど、霧島は疲れていた。

「あっちぃ!!!」

 ヘトヘトになりながら、3つ目の部屋のドアノブを掴んだ瞬間、叫ぶ。
 火事になっている屋敷の、金属背のドアノブが、炎で炙られて高温になっている事にすら、頭が回っていないようだ。

「ぎゃっ!」

 霧島が、着衣の袖を伸ばして手を包み、恐々もう一度ノブに触れようとした瞬間、扉が勢いよく開かれて、眉間の辺りをヘリ・・で強打される。

「有郎様っ!」

 よろめきつつ、眉間を抑えていた霧島の耳に、人見の叫び声が響く。
 顔を上げると、部屋から出ていった有郎らしき人物の背中が、屋敷内に立ち込め始めた煙の中に霞んでいくところだった。

「待てっ!」

 それを目にした霧島は、猛然と追う。
 ヘトヘトな事も、フラフラな事も、今の霧島には全く関係なく、とにかく「一発殴り倒したい」衝動だけで、動いていていた。
 だが、白煙から黒煙に変わりながら、徐々に火の手が屋敷全体に回る中、元々腐りかけていて走りにくい床と、おぼつかない足元によってすぐにも見失ってしまう。

「くそやろう! どこだっ!」

 屋敷の中央部分に戻ったところで、霧島は叫んだ。

「こちらですよ、霧島さん」

 意外な事に、返事がある。
 驚いて声の方へと振り返ると、有郎は階段の踊り場に立っていた。

「なぜ追って来たんですか?」
「アンタにゃ、どうしても一発入れておかないと、気が済まねェからな」
「凡人のあなたが、私を殴れますかね? それに、殴った後はどうされるつもりなんです?」
「とっ捕まえて、警察に突き出すぐらいの事は出来る」

 有郎を睨みつけながら、霧島は階段に足を掛ける。

「警察? 戸籍も無く、存在自体を認められない私を? 無駄ですよ」
「先刻は、自分が高見沢教授だと豪語してたろ?」
「ではお尋ねしますがね。貴方はそれを本気になさっているんですか?」

 霧島が一段一段歩みを進めると、同じ速度で有郎は二階への階段を登っていく。
 腕にはしっかりと、あの "鞄" が抱きしめられている。

「教授の研究は、死体をつなぎ合わせて新たな人間を造り出す事…つまり、錬金術で言うホムンクルスの製造だったんだろ? 人見も、アンタも、無郎も、要は全部が教授の "作品" なんだろうが」
「残念。完成した "作品" は無郎一人だけだ。私はプロトタイプ…試作品です。人見は更にその前の、実験体に過ぎない」
「だが、同じ魂を持つと言っただろ?」
「試作品ですから、ほぼ同じです。唯一の違いは、私の頭の中は、教授の脳のデータがインストールされている…って事だけです」
「それで自分を、高見沢教授だと名乗ったのか…」
「肉体の性能を見るための試作品に、教授は自分の脳をインストールしました。データを取るのも、実験の手伝いをさせるのも、便利だと考えたからです」
「どうして教授を殺したんだ?」
「この世に、同じ人間が二人も必要だと思いますか?」

 二メートル程の距離をおいて、二人はじっと対峙している。
 炎は容赦なく屋敷を燃やし、既に霧島の進んだ階段さえも、パチパチと音を立てて燃え始めていた。

「無郎の "教育" が終わり、完全な "商品" になったら、教授は実験体共々、私も処分するつもりだった。正当防衛ですよ」

 有郎は、カバンについている肩紐を伸ばすと、それを袈裟掛けにして身につけた。

「そして今、私は貴方に対して、同じ危険を感じています!」

 突然、有郎は階段の上から、霧島に飛びかかってきた。
 普段ならば避ける事も出来たが、今の霧島は気力だけで動いているような状態だったために、ガッチリと組み付かれてしまう。

「私を追って来るなんて、馬鹿な事をした」

 勢いで床に倒れた霧島の首に、有郎の細い指が食い込んできた。
 そのまま意識が薄れそうになったところで、不意に有郎の手が離れ、馬乗りになっていた体も退いた。

「おやめ下さい! 有郎様!」
「邪魔をするな!」

 激しく咳き込み、霧島は体を起こした。

「貴様! 出来損ないの分際で!」

 有郎と人見は、そこでもみ合っている。
 炎は階段を焼き尽くし、炭と化した支えは二人のもみ合う振動に耐えきれず、悲鳴のような軋みを上げて折れた。
 足場を失い、霧島は有郎や人見共々、深い奈落に落ちたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

警視庁怪異対策室

浦井らく
キャラ文芸
警視庁には、怪異が起こしたであろうという事件を担当する、怪異対策室という特別な捜査部署がある。 そこに所属する、ベテランだが怪異から発せられる瘴気の耐性が極端に低い嘉内が、新入りだが居るだけで怪異を浄化することができる能力の持ち主である麻倉と共に、一般的には解決できない事件の捜査に奔走する。 カクヨム、小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...