26 / 49
事件簿1:俺と荒木とマッドサイエンティスト
26.無敵の無神経
しおりを挟む
生きた死体を引き連れて、荒木は森の中の枝道やけもの道を走っていた。
はっきり言って、荒木の身体能力はかなり異常である。
大学時代にバスケをしていた霧島は、探偵小説への憧れもあって、体力や筋力を鍛え、日常の業務もこなしていたが、それでもやはり垂直降下をした時に "体が鈍っている" と感じていた。
学生時代にラグビー部で、在学中はフルバックのポジションを誰にも渡さなかったと言われる荒木も、普通ならそれなりに身体能力が落ちているはずなのだが。
日常、探偵業のなにもやらずに、事務所でダラダラしているだけにしか見えないのだから、それはむしろ落ちていなければおかしい。
が、今、生きた死体を引き連れて走っている荒木は、現役当時と変わらぬ脚力とスタミナ…どころか、平面のコートとは違う、足場も視界も悪い森の中を、ウサギのように軽々と突き進んでいた。
「さすがにあの数は、ボクでも相手にするのはムツカシーよね」
後ろから追いかけてくるモノの不気味さや、尋常ならざるスピード、異常なうめき声など、普通ならそれだけでストレスになりそうな要因を、荒木は全く気にしていなかった。
人並みよりはやや豆腐に近い霧島を比較対象に引っ張り出す必要もなく、荒木のメンタルはダイヤモンドよりも硬く、グラスファイバーより健かなのだ。
無郎を連れていた時はそれなりに気遣いをしていたのだが、一人で走った荒木の速力は、追手の異様な速度を遥かに上回っていた。
「でも、逃げるばっかりじゃ、解決にはならないよね?」
と思って振り返った荒木は、足を止めた。
「なーんだ。素早そうに見えたけど、結構鈍クサいんじゃん」
荒木に追いつけずに姿を見失ったらしく、見回した限りには、追手の姿は無い。
「ん~と…」
そこで荒木は、考えた。
相手の正体も不明で、自分にはそれに対する対処法も解らない。
いつもなら霧島がなんとかしてくれるが、残念ながら相棒はこの場に居ない。
「あっ! そーだっ! コネコちゃんのオニイサンは利口そうだったから、きっとなんか、あの連中を退治する方法を考え出せるよね!」
素晴らしい閃きを得た! とばかりに、荒木は叫んだ。
もしこの場に霧島がいたら、間違いなく簀巻きにされて生きた死体の真ん中に放り込まれる案件だが、幸いにして相棒は居ない。
「となったら……」
荒木は傍にあった木に登り、屋敷がどちらにあるのかを確かめた。
そして木から降りると、確かめた方向へと歩き出す。
さほども行かないうちに、荒木は本来の小径に出る事が出来た。
「あっ、オニイサン!」
「荒木さん!?」
茂みを抜けた先で、荒木は偶然有郎と出くわした。
「どうしたの? 僕はてっきりオニイサンはお家にいるンだとばかり思っていたのに」
「無郎が出かけたまま帰ってこないので、捜しに出たんですよ。御一緒にお出かけと聞きましたが、無郎は?」
「あのね、説明するのが難しいンだけどサ。今そこでゾンビさん軍団に会ったのよ。でね、ようやくまいて来たトコなんだ」
「ゾンビ軍団!?」
さすがの有郎も荒木の台詞に驚きを隠せなかったらしい。
しかし荒木はそれを、非現実的な話の所為だと思い、有郎の驚きに対してなんの疑問も抱かなかった。
「信じらんないでしょ。僕だってあんなモン映画でしか見た事ないからサァ、どーやったら退治出来るのかわかンないのよ。で、オニイサンに良い方法を考えてもらおーと…、どーかしたのオニイサン?」
「えっ? 別に大丈夫ですよ」
黙って荒木の話を聞いているつもりの有郎であったが、生きた死体達があの建物の外をうろついている事実と、無郎の行方不明とがかなりの動揺を与え、表情が荒木にも解るほど強張っている。
「あっ解った、オニイサン、ゾンビさんが怖いンだろ。大丈夫、退治方法さえ考えてくれれば、この無敵の名探偵がやっつけてあげるからさ♡ でも良かった、オニイサンが信じてくれて、鼻で笑われたらどうしようかと思ってたんだよ」
「無敵なんですか?」
「もっちろんろん♡ あっ、でもちょっとタキオちゃんは苦手かな? まーでもそれは、惚れた弱みってヤツだけどサ。タキオちゃんはあーゆー性格だから、本気で怒ったら、ホントにいなくなっちゃうかもしれないからね。ボクはどっちかってゆーと博愛主義だから、美人もカワイコちゃんも好きなんだけど、タキオちゃんはトクベツだから。あっ、それはそーと、オニイサンどうしよう? ゾンビさん、やっつけられるかな?」
「…そう、ですね…」
製造工程に関与していた有郎である。退治方法を知らない訳では無い。
だがここで、あまり即座に答えを返し、下手に疑われても困る。
荒木は、自分が霧島を虜にして実験体に使用しようとしている事に、気付いていないはずなのだから、ここは慎重に話を運ばねばならない。
有郎は荒木の顔をチラリと見遣ってから、右手の人差し指をピッと立てた。
「やはり炎でしょう」
「火? 火なんかでやっつけられるの?」
「ええ、たぶん。なにせ相手は死体ですからね。灰にしてしまえば、きっともうどうしようもありませんよ」
思考しながら話すように意識して、有郎は荒木の反応を伺ってみる。
「でもさァ、ゾンビさんに火をつけるのは構わないケド、ンな事したらこの辺の木とかに燃えうつっちゃうンじゃないの?」
荒木の様子に、有郎は内心でほくそ笑んだ。
「確かに、その危険性はありますね。…ふむ、それじゃあ何処かに集めて、逃げられないようにしましょう。今夜は風もありませんし、屋敷の裏のガレージならば、周りに空き地もあります。燃え移る心配は、無いと思いますよ」
いかにも今思いついたような感じで有郎は言った。
生きた死体の処分は、この土地を離れる事を考えた時から計画の内にはあった。
しかしその処分方法に関しては、まさに『今思いついた』のだから、あながち嘘でもないな…と有郎は思った。
「そっか。それはいいね! でも、どうやってゾンビさん達を集めるの?」
「そうですねぇ。ゾンビと言ったら、肉を好むのがセオリーだと思うので、備蓄の肉で罠を作りましょうか」
「そうしよう、そうしよう。さっすがオニイサンあったまいいー♡」
二人は連れ立って屋敷へと戻っていった。
はっきり言って、荒木の身体能力はかなり異常である。
大学時代にバスケをしていた霧島は、探偵小説への憧れもあって、体力や筋力を鍛え、日常の業務もこなしていたが、それでもやはり垂直降下をした時に "体が鈍っている" と感じていた。
学生時代にラグビー部で、在学中はフルバックのポジションを誰にも渡さなかったと言われる荒木も、普通ならそれなりに身体能力が落ちているはずなのだが。
日常、探偵業のなにもやらずに、事務所でダラダラしているだけにしか見えないのだから、それはむしろ落ちていなければおかしい。
が、今、生きた死体を引き連れて走っている荒木は、現役当時と変わらぬ脚力とスタミナ…どころか、平面のコートとは違う、足場も視界も悪い森の中を、ウサギのように軽々と突き進んでいた。
「さすがにあの数は、ボクでも相手にするのはムツカシーよね」
後ろから追いかけてくるモノの不気味さや、尋常ならざるスピード、異常なうめき声など、普通ならそれだけでストレスになりそうな要因を、荒木は全く気にしていなかった。
人並みよりはやや豆腐に近い霧島を比較対象に引っ張り出す必要もなく、荒木のメンタルはダイヤモンドよりも硬く、グラスファイバーより健かなのだ。
無郎を連れていた時はそれなりに気遣いをしていたのだが、一人で走った荒木の速力は、追手の異様な速度を遥かに上回っていた。
「でも、逃げるばっかりじゃ、解決にはならないよね?」
と思って振り返った荒木は、足を止めた。
「なーんだ。素早そうに見えたけど、結構鈍クサいんじゃん」
荒木に追いつけずに姿を見失ったらしく、見回した限りには、追手の姿は無い。
「ん~と…」
そこで荒木は、考えた。
相手の正体も不明で、自分にはそれに対する対処法も解らない。
いつもなら霧島がなんとかしてくれるが、残念ながら相棒はこの場に居ない。
「あっ! そーだっ! コネコちゃんのオニイサンは利口そうだったから、きっとなんか、あの連中を退治する方法を考え出せるよね!」
素晴らしい閃きを得た! とばかりに、荒木は叫んだ。
もしこの場に霧島がいたら、間違いなく簀巻きにされて生きた死体の真ん中に放り込まれる案件だが、幸いにして相棒は居ない。
「となったら……」
荒木は傍にあった木に登り、屋敷がどちらにあるのかを確かめた。
そして木から降りると、確かめた方向へと歩き出す。
さほども行かないうちに、荒木は本来の小径に出る事が出来た。
「あっ、オニイサン!」
「荒木さん!?」
茂みを抜けた先で、荒木は偶然有郎と出くわした。
「どうしたの? 僕はてっきりオニイサンはお家にいるンだとばかり思っていたのに」
「無郎が出かけたまま帰ってこないので、捜しに出たんですよ。御一緒にお出かけと聞きましたが、無郎は?」
「あのね、説明するのが難しいンだけどサ。今そこでゾンビさん軍団に会ったのよ。でね、ようやくまいて来たトコなんだ」
「ゾンビ軍団!?」
さすがの有郎も荒木の台詞に驚きを隠せなかったらしい。
しかし荒木はそれを、非現実的な話の所為だと思い、有郎の驚きに対してなんの疑問も抱かなかった。
「信じらんないでしょ。僕だってあんなモン映画でしか見た事ないからサァ、どーやったら退治出来るのかわかンないのよ。で、オニイサンに良い方法を考えてもらおーと…、どーかしたのオニイサン?」
「えっ? 別に大丈夫ですよ」
黙って荒木の話を聞いているつもりの有郎であったが、生きた死体達があの建物の外をうろついている事実と、無郎の行方不明とがかなりの動揺を与え、表情が荒木にも解るほど強張っている。
「あっ解った、オニイサン、ゾンビさんが怖いンだろ。大丈夫、退治方法さえ考えてくれれば、この無敵の名探偵がやっつけてあげるからさ♡ でも良かった、オニイサンが信じてくれて、鼻で笑われたらどうしようかと思ってたんだよ」
「無敵なんですか?」
「もっちろんろん♡ あっ、でもちょっとタキオちゃんは苦手かな? まーでもそれは、惚れた弱みってヤツだけどサ。タキオちゃんはあーゆー性格だから、本気で怒ったら、ホントにいなくなっちゃうかもしれないからね。ボクはどっちかってゆーと博愛主義だから、美人もカワイコちゃんも好きなんだけど、タキオちゃんはトクベツだから。あっ、それはそーと、オニイサンどうしよう? ゾンビさん、やっつけられるかな?」
「…そう、ですね…」
製造工程に関与していた有郎である。退治方法を知らない訳では無い。
だがここで、あまり即座に答えを返し、下手に疑われても困る。
荒木は、自分が霧島を虜にして実験体に使用しようとしている事に、気付いていないはずなのだから、ここは慎重に話を運ばねばならない。
有郎は荒木の顔をチラリと見遣ってから、右手の人差し指をピッと立てた。
「やはり炎でしょう」
「火? 火なんかでやっつけられるの?」
「ええ、たぶん。なにせ相手は死体ですからね。灰にしてしまえば、きっともうどうしようもありませんよ」
思考しながら話すように意識して、有郎は荒木の反応を伺ってみる。
「でもさァ、ゾンビさんに火をつけるのは構わないケド、ンな事したらこの辺の木とかに燃えうつっちゃうンじゃないの?」
荒木の様子に、有郎は内心でほくそ笑んだ。
「確かに、その危険性はありますね。…ふむ、それじゃあ何処かに集めて、逃げられないようにしましょう。今夜は風もありませんし、屋敷の裏のガレージならば、周りに空き地もあります。燃え移る心配は、無いと思いますよ」
いかにも今思いついたような感じで有郎は言った。
生きた死体の処分は、この土地を離れる事を考えた時から計画の内にはあった。
しかしその処分方法に関しては、まさに『今思いついた』のだから、あながち嘘でもないな…と有郎は思った。
「そっか。それはいいね! でも、どうやってゾンビさん達を集めるの?」
「そうですねぇ。ゾンビと言ったら、肉を好むのがセオリーだと思うので、備蓄の肉で罠を作りましょうか」
「そうしよう、そうしよう。さっすがオニイサンあったまいいー♡」
二人は連れ立って屋敷へと戻っていった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

警視庁怪異対策室
浦井らく
キャラ文芸
警視庁には、怪異が起こしたであろうという事件を担当する、怪異対策室という特別な捜査部署がある。
そこに所属する、ベテランだが怪異から発せられる瘴気の耐性が極端に低い嘉内が、新入りだが居るだけで怪異を浄化することができる能力の持ち主である麻倉と共に、一般的には解決できない事件の捜査に奔走する。
カクヨム、小説家になろうにも掲載中です。
後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符
washusatomi
キャラ文芸
西域の女商人白蘭は、董王朝の皇太后の護符の行方を追う。皇帝に自分の有能さを認めさせ、後宮出入りの女商人として生きていくために――。 そして奮闘する白蘭は、無骨な禁軍将軍と心を通わせるようになり……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる