荒木探偵事務所

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事件簿1:俺と荒木とマッドサイエンティスト

23.恐怖の咆哮

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 時は、少し遡る。
 霧島に励まされ、気持ちを持ち直した無郎は、屋敷に入った後に調理場に向かった。
 時間的に、夕食の手配を…と考えたからだ。
 しかし調理場には、既に食事の用意が整えられていた。
 どうしたものかと思案をしているところに、霧島を食堂に案内した人見が、料理の配膳をするために現れた。
 既に有郎から指示を受けていた人見は、無郎に客と部屋で食事をするようにと言って、三人分の料理の乗ったワゴンを渡してきたのだ。
 無郎は、言われた通りにそれを押して、客室の扉をノックした。

「荒木さん、お食事です」
「おンや? どーしたの? これから下に行こうと思ってたのに」

 ノックに対応して、扉を開けて無郎を出迎えた荒木が言った。

「お兄さんが食堂に入ってはいけないって言うんです。とても散らかっているから、食事は荒木さん達と一緒にこちらでって…」

 部屋の中央にあるテーブルに、無郎はワゴンの上から料理を移した。

「わぁ、美味しそ~! あれ? でも、タキオちゃんまだ帰って来てないよ」
「えっ? おかしいですね。僕のすぐ後にお戻りになったはずなのに。まさかあの後、またお出かけになったのかな…?」
「う~むむむ。タキオちゃん、エラく怒ってたからなァ。先にゴハンを食べちゃったら、ブッ殺されるかもしれない……」

 無郎の疑問とは別に、荒木はブツブツと、自分の考えをそのまま口に出す。
 そして最後の一言で、意味も無く飛び上がった。

「そうなんですか? でも戻ってらした時そんなに怒ってらっしゃらなかったですよ」
「そこがコワイんだよ。タキオちゃんはね、怒っている相手以外には愛想が良いンだ。大学の寮生時代の伝説に、ルームメイトと半年喋らなかったって言うのがあるんだから」
「そのルームメイトって、荒木さんですか?」
「わァ、どーして解るのォ?」
「でも、霧島さんは許してくれたんですよね?」
「僕が窮地に陥ると、タキオちゃんは必ず助けてくれるからね!」

 そういう意味では、霧島はかなりの "お人好し" というか人情家といえた。

「それにしても遅くないですか? 何か変です、やっぱり探しに行きましょうよ」

 不安気な表情で無郎が言う。

「それならゴハン食べてかない?」
「先刻、食べちゃったら怒られるっておっしゃったの、荒木さんですよ」

 無郎の言葉に、荒木はピタンッと音をさせて額を叩く。

「そーだった。危うく忘れるところだった。しょーがない、空きっ腹で探しに行こう。病み上がりだからローカで倒れてたり、階段でソーナンしてるかもしれないもんね」

 荒木はサッと上着を手に取ると、無郎と一緒に部屋を出る。
 当然、有郎と霧島の給仕をしていた人見は、こちらの動向を見張ってはおらず、二人はそのまま屋敷の外に易々と出る事が出来てしまった。

「廊下には、いらっしゃいませんでしたね」
「タキオちゃん、意地になってるのかも」

 陽が傾いて、すっかり薄暗がりになってきた森の小径を、二人は進む。

「二手に分かれませんか?」

 埒が明かない状況に、無郎が提案をした。

「いンや、それはマズいよコネコちゃん」
「どうしてですか?」
「ん~、まずね、懐中電灯はこれ一本きりしかないし…」

 荒木は持っていた懐中電灯を顎の下に当てて、変顔をして見せた。

「そうですね。これからどんどん暗くなりますし…」
「それに、地の利って言葉もあるでしょ? コネコちゃんがいないとボクまで迷子になっちゃうかもだし。なにより、コネコちゃんがいないとサビシーじゃない?」

 フニャケタ笑みを浮かべ、荒木はジャケットのポケットを探って、タバコとライターを取り出すと、火を点けた。

「それもそうですね。解りました」
「ン~、コネコちゃん。素直なトコがまたラブリ~♡」

 荒木は、無郎の頭を撫でる。
 霧島が無郎を激励するためにおこなった、ポンポンと安心させるように叩いた感触と違い、荒木のそれはまるで愛玩動物を愛でるような感じだ。

「でも霧島さん、何処へ行ってしまわれたんでしょう?」
「さァねェ、今朝ミョーな夢見てから、ヘンだったからねェ…」
「妙な夢って、何ですか?」
「昨日の夜、この辺に洋館を見たって言って、飛び出しってっちゃったから」
「洋館、ですか?」
「そ、いやンなっちゃうよねェ~。夢に出てきた洋館を捜せって言うんだから。疲れてる時なんて、よくある事なのにさ。ボクだって昨日はタキオちゃんにパンチを食らう夢みたよ。夢のクセして痛かったンだから」

 荒木は "夢" と言ったが、それは現実である。

「洋館…ですか? 家のような様式の建物は、この周辺には無いと思うんですけど…」
「だよねェ! アレは絶対、夢だっちゅーのに、タキオちゃんは思い込みがハゲしいからなァ!」
「…おや…?」

 無郎は、歩みを止めた。

「どったの、コネコちゃん」
「何か聞こえませんか?」

 二人は耳を澄ます。

「あ、ホントだ。なんか聞こえるね」
「この辺りだと、時々野犬や熊が吠える事がありますけど」
「でもこれ、なんかホラー映画とかの特殊効果とかで聞く、地獄の死者の声みたいだよねェ…」
「行って確かめてみましょう」

 無郎は走り出そうと構えたが、荒木は無郎の手をつかみ引き戻した。

「止めようコネコちゃん」
「なぜです? もしかして霧島さんが…」
「タキオちゃんはあの声の所にはいないよ。だって、アッチから走ってくる変なモノ、あれが声の主みたいだから…」

 彼らが進もうとしていた林道の向こう側から、確かに荒木の言うように何かが一群となって、異様な速度で近づいて来ている。

「逃げようコネコちゃん!」

 無郎の返事も聞かず、荒木は無郎の手を握って走り出した。
 しかし後ろから迫り来る呻きとも叫びともつかぬ咆哮は、振り向いて確かめる必要もない程、次第に距離を縮めてくる。

「ああ、ダメです、荒木さん、僕、もう、走り続けられません、追いつかれます!」

 息を切らせて無郎が言った。
 行く手は相変わらずの一本道だが、そこここに獣道にも近い枝道がある。

「ああ~、もうこうなったら…」

 荒木はピタッと立ち止まると、懐中電灯の明かりを消してから、無郎に振り返る。

「木登りは得意?」
「そうですね、やった事はありますけど。でも、向こうも登ってきてしまったら?」
「いいからいいから、ほら、そこに登るっ!」

 追い立てられて、無郎は傍にあった一本の樹によじ登る。

「じゃあ、次にこれを受け取って」

 荒木が投げ渡してきたのは、懐中電灯だった。

「荒木さんっ?」
「いいかい、アレが通り過ぎるまで、コネコちゃんは静かにそこに隠れてるんだよ!」
「ええっ? 荒木さんは、どうするつもりなんですか?!」
「ボクは、格闘も逃げ足も得意技だから~。アイツらを僕が引き付けてったら、後はコネコちゃんがタキオちゃんをよろしく~~!」

 荒木はそれだけ言うと、一群に向かって目立つようわざとわあわあ騒ぎながら、森の中の枝道へと走り去ってしまった。
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