荒木探偵事務所

RU

文字の大きさ
上 下
20 / 49
事件簿1:俺と荒木とマッドサイエンティスト

20.コネコの怒りは怖くない

しおりを挟む
「ただいま~」

 部屋に入ってきたのは、荒木だ。

「あ~、なんか美味そう~」

 テーブルの上のサンドイッチを見た荒木は、手を伸ばして一つつまむと、ポイッと口に入れる。

「うんまぁい! ん~、コレはコネコちゃんの作だね」
「えっ? どうして解ったんですか?」
「そりゃ、ボクちゃんが名探偵だからさっ!」

 単に、二分の一の確率だろうと、霧島は嘆息する。

「ホント、うんまいな~」

 荒木が再び手を出してきたので、霧島はサッと皿を退けた。

「ちょ、タキオちゃん、ひどくない?」
「俺の昼メシを食うな」
「じゃあ、荒木さんの分を、作ってきますね」

 サッと立ち上がると、無郎は部屋から出て行った。

「それで?」
「なにが?」

 霧島の問いに、荒木は気の無い答えを返す。

「なにがじゃねェだろ。頼んだ調べ事はどうなった?」
「タキオちゃん、夢でも見たんじゃないの?」
「夢?」
「そーさ。ボクはずっと林の中を歩き回ったけど、この家以外に、建物なんて無かったよ。真面目にちゃぁ~んと、川の方まで見てきたけど、影も形も!」

 荒木は、そこに置かれている霧島のウェストバッグを手に取ると、中からタバコを取り出して火を点けた。

「そんなワケあるかっ」
「あるの。戻ってから、オニイサンにそれとなく聞いてみたけど、近隣に建物なんて一切ナイってさ。わざわざ、民家から離れた場所を選んで、教授がココって決めて住み始めたって話だったよ」
「俺は昨晩、あのアニキを尾けていったんだぞ。口を割るワケないだろうっ!」
「じゃあタキオちゃんは、あの素敵なオニイサンが嘘つきだって言うの?」
「額面通りに信じるオツムのほーが、おめでた過ぎるだろう」

 霧島の言葉に、荒木は拗ねたようだ。

「どーせボクは、五回も留年したオバカサンですよ~だ。コネコちゃんとの甘~い時間を削ってまで、タキオちゃんのお願いを聞いたのに。だけどね、建物がナイのは不動の事実だし、それはボクがこの目でハッキリ確かめたんだからねっ!」
「オマエの目はフシアナだし、オツムはザルだ。昔からな」
「しっつれいしちゃうなっ! あんなにコネコちゃんのコトいじめてたのに、戻ってきたらてっきり二人っきりでオイシイ時間を過ごしててっ! そんなに意地張るなら、タキオちゃんが自分で調べてくればいいでしょっ!」

 微妙に、荒木の怒りの論点は、霧島の思うところとはズレている。
 しかし霧島の方もまた、頭に血が上っていた。

「当然だ。ザルのフシアナに頼んだ俺も、いい加減バカだったよ!」
「ちぇっ! タキオちゃんのコト心配して、損したよ!」

 荒木の捨て台詞を背中で聞きながら、霧島は手早く着替えると部屋を出た。
 足首に違和感はあるが、注意をしていれば歩く事も出来る。
 そのまま階段に向かい、階下に降りると、人見が来合わせた。
 ホラー映画さながらの "せむし男" な佇まいは、なんの前置きもなしに視界に入るとギョッとなる。
 フィクションのキャラクターのように、歯列の異常は無いが、年齢の判らない老人のような顔をしていて、とにかく目に生気が無い。
 しかし人見の顔は、どことなく見覚えがあるような気がする。

「どうかなさいましたか?」

 昨晩聞かされた時と同じ、抑揚のない自動音声のような声で、人見が問いかけてくる。

「え……、ええ…と…。きょ…教授のコトで、少し話を聞きたいんですが…」
「申し訳ありません。有郎様の手伝いをしなければなりませんので」

 会釈をすると、人見はゴトゴトと階段を昇っていってしまった。
 驚きたじろいだけれど、聞きたい事があるのは口からデマカセではなく、本当にあった。
 が、人見の態度はにべもない。
 あの使用人が極端な人見知りで、余所者を苦手としていると考えるよりは、有郎から「部外者に余計な口はきくな」と口止めされていると考える方がスジだろう…と考えながら、霧島は階段を降りた。
 そんな態度の有郎に、まとわりついていられる荒木の無神経さに、ある意味では感心すらする。

「霧島さん。大丈夫なんですか?」
「へっ?」

 自分の考えに没頭していた霧島は、誰かに声を掛けられる事など、想定していなかった。
 そのため、間抜けな、返事とも言いかねるおかしな音を口から出していた。

「まだ、痛む様子でしたけど、歩いて大丈夫なんですか?」

 荒木のためのサンドイッチを持った無郎が、階段を上ってこちらに来る。
 先程まで、正に "塩対応" を貫き通していたのだから、ここでニコニコと応対するのもおかしいのだが。
 体を気遣ってくれている相手に、無碍な返事をするのも、良心が咎める。

「…いや、そっと歩けば、別に問題はねぇよ…」
「そうですか? それならいいんですが…」

 腫れていた足首に視線を落としてから、無郎は心配げな顔のまま、霧島の顔を見上げてきた。
 これが演技ならば大したものだと思うが、どう見てもローティーンにしか見えない無郎の容姿や、真剣な眼差しで霧島を心配している様子から、どうしても演技に見えない。

「やっぱりまだ寝てらした方が良いんじゃないですか? 顔色も良くありませんし、良く休んだ方が回復も早いですよ」
「捻挫ぐらいで、寝てる必要は無いよ。ところで話は違うが、今、そこで人見さんに話を聞こうとしたんだが、どうも俺は嫌われているらしくて……なぁ」
「嫌う? 人見がですか?」
「質問をさせてくれと言ったら、忙しいってそっけなく逃げられちまった」
「そうですか? おかしいなぁ」

 首をかしげる無郎を、霧島はそれとなく観察していた。

「じゃあこれから人見に聞いてみましょう。何処に行きました?」
「お兄さんの手伝いをするって言って、上に行ったぜ」

 聞くが早いか、無郎は霧島の手を取ると、階段を駈け昇り始めた。
 よほどその一件に気を取られたのか、荒木のためのサンドイッチは、踊り場で平たくなっている手すりに放置される。
 だが、何の予告もなく急に引っ張られた霧島は、たまったものではない。

「うわっ!」
「あ、すみません……」

 霧島の足の調子が悪かった事を思い出したように、無郎は止まって振り返った。

「いや、大丈夫。ゆっくり……頼むよ」
「はい」

 無郎は、霧島の手を握ったまま、今度はゆっくりと歩き出した。

『冷たい手だな…』

 額に触れられた時も、それは感じた事だった。
 子供というのは、体温が高いイメージがあったので、無郎の手が冷たい事に違和感を持ったのだ。
 氷のように…とまではいかないが、まるで柔らかい石でも握っているような気分になる。
 無郎と二階に上がると、人見はそこで一人、何かの仕分けのような作業をしていた。

「人見」

 呼ばれて振り返った人見は、無郎に対してかしこまるような態度で、作業の手を止める。

「人見、どうして霧島さんの捜査に協力してくれないの? 早くお父さんが帰ってくれば良いって、言っていたじゃあないの」
「…それはもちろん…」

 人見がチラッと霧島に向けてきた目線は、いかにも「余分な事を」といった様子だ。
 露骨にヤな顔するなぁ…と思ったが、霧島は敢えて何も言わなかった。
 問いつめる無郎と、明らかに戸惑っている人見の構図が、どうやら自分の持っている疑問に対し、答えを出してくれそうだったからだ。
 無郎は、人見が霧島に不躾な視線を送った事に、全く気付いていないように見える。

「人見とお兄さんが何処をどうやって捜したのか、霧島さんにお話してあげて。ほら」
「…無郎様…」

 しどろもどろに答える人見の動きは、なんともぎこちない。
 カクカクしたその動きや、歪んで曲がっている背骨、常に引きずっている足など、見れば見るほど彼の姿形は、ホラー映画のキャラクターそのままだ。
 むしろ、そういったフィクションのイメージを、そのまま具現化したと言われた方が、すんなりと彼の存在を納得出来そうな気すらする。
 というか、この使用人の存在が、昨晩の "動く死体" が実在している証拠になりうるのではないか? と霧島は考える。
 つまり、人見は教授の "試作品" なのではないか? と思い至ったのだ。

「良いかい、お兄さんや人見が調べた所を、同じように霧島さん達が調べていたら、無駄だろう? 少しでも協力しなくちゃ」
「有郎様の許しがありませんと…」
「お兄さんだって、お父さんが早く見つかれば良いって、言っていたじゃないか」
「それでも、叱られます…」

 いくつかの符号が一致したように思われて、霧島は無郎の "潔白" を確信した。
 無郎が "その問い" をしてくるとは思っておらず、口止めはしたものの、有郎は人見に言い訳を用意してやっていなかったのだろう。
 だが、このままでは無郎が可哀相だ。

「坊ちゃん、いいよ、もう」
「良くありません!」

 予想よりも、はるかに厳しい顔で無郎は振り向いた。
 兄に対する疑問と、問いに答えない人見に対する憤りがないまぜになって、こみ上げた感情で涙ぐんでいる。
 両手を握りしめ、小さな肩は怒りのあまりに震えていた。

「僕、お兄さんに聞いてきます!」

 こちらが止める間もなく、無郎は走り出し、軽い足音がかなりの早さで離れていく。
 霧島と人見の間には、気まずい沈黙だけが残った。

「あの…、仕事がありますので」
「あ? ああ、俺も用事があるんで…」

 少し空々しいとは思ったが、霧島も早々にその場を離れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。 架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

想妖匣-ソウヨウハコ-

桜桃-サクランボ-
キャラ文芸
 深い闇が広がる林の奥には、"ハコ"を持った者しか辿り着けない、古びた小屋がある。  そこには、紳士的な男性、筺鍵明人《きょうがいあきと》が依頼人として来る人を待ち続けていた。 「貴方の匣、開けてみませんか?」  匣とは何か、開けた先に何が待ち受けているのか。 「俺に記憶の為に、お前の"ハコ"を頂くぞ」 ※小説家になろう・エブリスタ・カクヨムでも連載しております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...