荒木探偵事務所

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事件簿1:俺と荒木とマッドサイエンティスト

14.現実は思い通りにならないものだ

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 街灯のような物が全く存在せず、館も寝静まって明かりの灯っている部屋は無い。
 今夜の月はかなり明るいが、それも木立の中に入るとあまり頼れなくなる。
 だが、この暗闇で懐中電灯を使ったら、それは此処に "部外者" がいる事を相手に教えるようなものだ。
 あまりがさがさと枝葉をかき分ける訳にもいかないが、それをしなければ前進も出来ない。
 目を凝らして、霧島はじわじわと先に進んだ。

「ああ、クソ。タバコ吸いてぇ……」

 苛立ちを紛らわせるための気晴らしは、懐中電灯と同じ理由で使う訳にはいかない。
 そもそも、こんな木立の中でタバコなど吸ったら、始末の仕方によっては森林火災を呼びかねない。
 霧島はウェストバックのポケットから、禁煙用のミントキャンディを取り出して、口に入れる。
 少し進むと、木立の向こうに建物が見えた。

「廃屋?」

 一瞬そう思ったが、考えてみたらあっちの西洋館だって見方によっては廃屋に見えなくもない。
 だが、ひと目見てそう感じた理由は、こちらの方がより惨状が酷いからだろう。
 窓ガラスが割れたりはしていないが、お義理のように下げてあるカーテンは半開きだったり、破れて垂れ下がっていたりする。

「さて、どうするかな…」

 順当に考えるなら、この建物の位置を把握して、明日になったら有郎を始めとする屋敷の面々に話を聞き、出来れば荒木と共に調査をするべきだろう。
 だが、そもそも此処を見つけたきっかけは、カンテラを持って歩く有郎らしき人物を見かけた事であったし、彼が霧島達に協力的だとは微塵も考えられない。
 聴き込みはするだけ無駄だろうし、有郎がこの場所で何をしているのかも気になる。
 結局、どんなに反省をしても、猫を殺す好奇心には勝てないのだ。
 建物に近付き、霧島は入り込める場所を探した。
 丁度良く、二階の窓へと伸びている枝を見つけ、暗闇の中で幹にしがみつき登る。

「くっそ、本格的に運動不足だな…」

 ガサガサと枝葉をかき分けて、窓に近付く。
 窓枠には出っ張りもあるので、枝から身を乗り出しても手掛かりや足掛かりには困らなそうだ。
 とりあえず枝に殆ど身を横たえるような姿勢で、出っ張りに手を掛け、体を更に窓に近付けて様子を見る。
 体を支えているのとは違う方の手を伸ばして、音を立てないようにそっと窓枠に触れてみたが、どうやら内側で施錠されているらしく、窓は動かなかった。
 屋内は当然暗闇だが、月明かりで窓まわりは見て取れる。
 他の窓と違って内側に厚手のカーテンが掛かっており、退色はしているけれど破れてはいない。
 ただきちんと閉められておらず、隙間があった。
 薄暗いその隙間に、あまり期待は出来ないか…と思いつつ、霧島は首を伸ばして隙間から室内を見ようと試みた。
 予想通り、中は良く見えない。
 だが、なんとなく "ナニカ" がいるような気配を感じて、霧島は更に身を乗り出した。

「っ!!!」

 その瞬間、霧島は驚きのあまり、声も出なかった。
 ただ、見た "モノ" があまりに衝撃的だったために、悲鳴は上げなかったが、枝からは落ちた。
 かなり強く背中を打ったが、窓の施錠が外される音に気付き、慌てて建物の壁に這い寄る。
 壁は全体に白っぽい造りだが、土台の部分は黒っぽい素材で出来ているし、建物の周りにはあまり手入れのされていない生け垣がある。
 本当は痛みのあまりに呻きたいほどだが、それを両手で無理矢理抑え、先程まで覗き込んでいた窓の方を伺ってみた。
 開いた窓からカンテラが差し出され、白っぽい顔が突き出されたように見えたが、この距離では顔の判別もつかない。
 チラチラと下を伺っているようにも見えたが、幸いにして顔はすぐに引っ込み、その後は特に変化も無い。
 やれやれと息をき、それでも数分、様子を伺ってみたが、やはりこれといった声も音もしなかった。
 そこで霧島はソロソロと、匍匐前進で移動する。
 屋敷の端まで行き、角を曲がって、霧島はもう一度確認するように顔を覗かせて、先程の窓の辺りを伺った。
 相変わらず、館はしんと静まり返っている。
 霧島は、あたふたとその場を逃げ出した。
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