イルン幻想譚

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ep.2:追われる少年

20.万年生きるカメの秘密【3】

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「本物の恩恵の瞳アストーガって、宝石より綺麗なんだね」
「さすが俺の相棒! 恩恵の瞳アストーガのコトもちゃんと知ってんだな!」
「瞳だけじゃなくて、キミの存在そのものが至高の宝石みたいだ…。ジェムって呼んでもいい?」
「好きに呼べよ。それより、俺と一緒に、波瀾万丈な人生を楽しむか?」
「波瀾万丈はあんまり好きじゃないけど、でもキミと一緒ならそれもいいかなぁ…」
「なら、キマリだ」

 迫ってきた顔が、そのままクロスにキスをする。
 それから唇が耳に寄せられて、聞いたことのない名を密やかに囁かれた。

「今の、なに?」
だれにも言うなよ?」
「いいよ。ジェムと秘密の共有が出来るのは、楽しそうだ」

 クスクス笑いながら、ジェラートはクロスにキスの続きをする。
 クロスは腕を伸ばそうとしたが、身体が動かなかった。

「あ~、ダメダメ。現実のクロスは今、瀕死の重傷なんだから。いいから、俺に任せておけって」

 身体が動かないと思ったけれど、でも本当はそこに身体なんて無いような気もする。
 自分にキスをしているジェラートも、そこには存在していないような気がしている。
 しかし同時に、まるで裸で抱き合っているような気もしている。
 時間も空間も無く、自分は物理的マテリアルな存在から精神的スピリチュアルな存在へと昇華されて、今までの人生でずっと夢に見ていた憧れに触れたような気がした。

「なんでも知ってるクロスは、契金翼エヴンハールのコトも知ってんのか?」

 囁かれるジェラートの声が、耳ではなく心に気持ちが良い。
 神耶族イルンを隷属させることは、何があっても決してあってはならないことだと思っていた反面、自分はずっと契金翼エヴンハールに焦がれていた。
 孤高の賢者に憧れたのは、それならば人間リオンにも手の届く可能性がある夢だったからだ。
 本当は、神耶族イルンの目には塵芥にも等しい存在である人間フォルクの中から、自分の存在が見出され、選ばれる栄誉に預かることを、心の奥でずっと夢見ていた。
 その叶わぬはずの夢が、自分の身の上に舞い降りようとしている。
 魂融術シームルとは、まるで陶酔だとクロスは思った。

「いい夢だな…これ…」
「俺のモンになるの、そんなに嬉しい?」
「なんでわかるの?」
「なんでも知ってるクロスでも、知らないコトがあるんだな」

 へへっと笑った顔は、小さかった時のちょっと生意気な顔を彷彿させ、本当にジェラートがジェラート本人なのだと、確信というよりは安堵のような気持ちになる。

「ジェム…キスしよ」

 せがむクロスに、ジェラートは唇を重ね合わせる。
 唇を触れ合わせた瞬間に、なんとも表現し難い至福感に包まれた。
 今まで、人生の色々な局面であった理不尽や不満が、その手ですべて拭われていくような。
 快感にも似ているが、もっと身の内から満ち足りていくような感覚だ。

「なに……これ……」
魂融術シームルだっつったろ……」

 まるで快感の頂点に達したような、得も言われぬ幸福感に包まれて、クロスの意識は真っ白になった。
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