イルン幻想譚

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ep.2:追われる少年

19.戦いの行方【4】

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『ええいっ! しっかりせえー!』

 即座に声を掛けながらも、タクトは次の行動に僅かに躊躇した。
 今のタクトが封印された身で、術の行使に様々な枷があることもあったし、本来のタクトもクロス同様に、回復ヒールの扱いには苦手感を持っていたのだ。
 だがそこで迷った僅かな時間が、次の一撃を与えるロスタイムになってしまった。
 空気が震え、振り回されたサンドウォームの一塊がマハトを襲う。
 
『うおおっ、避けいっ、避けっ、マハーっ!』 

 タクトは悲鳴にも近い声を上げた。
 だが息を詰めしゃがみ込んでいるマハトが、即座に動けるわけもない。
 致命傷を受けて叩き飛ばされてしまった…と思った。
 しかしマハトの体は、紫色のオーラに包まれて、ふわっと地面に落ちていく。
 槍に貫かれた姿勢のままで、クロスが守護のじゅつを放っている姿が見える。

『はあ……とりあえず、命拾いをした…。はあ……。だが状況は、悪いままじゃな…』

 室内には生き物とも思えない咆哮が轟き渡り、幻影のアルバーラの姿は無い。
 元はアルバーラだったそれ・・は、手足が触手のように伸びたかと思えば人間リオンの腕になったり、水かきやヒレになったり、そうかと思えば獣のような毛むくじゃらになったりと、意味不明な変化をしている。

『毒まんじゅうめ。とうとう人間フォルクの理性も失ってしもうたな…』

 マハトの右手はタクトを離さず握っていたが、左手にあったジェラートの透晶珠リーヴィは、少し離れたところに転がり落ちている。

『マハ、立てるか?』

 返事はなかったが、マハトは咳き込みながらも体を起こした。
 すると、動いたマハトに反応するように、またもそれ・・の一部が襲い掛かってくる。

『こんにゃろめ!』

 床の上のジェラートの透晶珠リーヴィから少年の幻影が立ち上がり、マハトの身を守るように守護のじゅつを張った。

『こりゃ! そんな姿で気前よくじゅつを使うでないわ!』
『だってここで気張らなきゃ、あとがないだろ!』
おヌシ・・・の言いたいことも解るが、無闇な行動は、勇気と違うぞよ』

 力押しで打撃を与えてくるそれ・・に押され、ジェラートが更にじゅつを展開しようとした時。
 輝く雷獣が、それ・・の触手を引き裂いた。
 見れば、床に伏せたクロスが、辛うじて右手を上げて、サークルくうに描いている。

『ううむ。こうなれば仕方がない。ジェラート、これよりヌシを成人マンナズとみなし、一人前の者とする。目一杯のチカラを使って、マハの身を守るのじゃ』
『合点承知!』
『マハ! ヌシはとにかくやつに向かって儂を投げるのじゃ! やつからの攻撃はジェラートが防いでくれるでな!』
「う……くっ…」

 よろめきながら立ち上がったマハトの手の中で、鎌状だった刃が、先端の尖った投擲用の槍へと姿が変わる。
 それ・・からの攻撃は全て、ジェラートが必死の形相で防いでいる。
 マハトは両足に力を込めて右手を振り上げると、槍をそれ・・に向かって投げ放った。
 真っ直ぐに飛ぶ槍の前を先導するように雷獣が走り、叩き落とそうと繰り出される触手の煤払いを勤める。
 それ・・に到達した槍は、マハトが想像していたよりも深々と…。
 今までそれ・・に捕り込まれてしまったものと同じように、タクトもそのまま失われるのかと懸念するほどに、槍の全身がそれ・・の中にめり込んでいった。
 そして、数秒の間の後に。
 それ・・全体が白色の火球となり、次の瞬間木っ端微塵に消し飛んで、目の前から消滅した。
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扉絵:葵浩サマ:AK-studio
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