イルン幻想譚

RU

文字の大きさ
上 下
78 / 90
ep.2:追われる少年

18.ライヴァル【4】

しおりを挟む
 一門を立ち上げた当時のクロスは、古文書フォニルスキャルを読み漁ることに注力していた。
 というのも、師匠の元で周囲の人間関係から逃げて本を読み漁っていた頃、クロスはヒトならざる者ヴァリアントの存在に触れ、それに強い憧れを抱いていたからだ。
 魔導組合セイドラーズギルド議会員パーラメントシートとして議席を得たのちも、その研究テーマだけは変えずにずっと続けていた。

「自分がヒトならざる者ヴァリアントにはなれないけど、孤高の賢者はヒトならざる者ヴァリアントに近い存在っぽいな」

 など考えていたクロスだったが、同時にその頃には "根回し" やら "人脈" といったことを一通り学んでいたので、一部の "禁書" を閲覧できる機会も得ていた。
 同時期に一門を立ち上げたアルバーラは、くだんの "魔力持ちセイズ持たざる者ノーマルよりも優れている" とのスローガンを掲げ、無制限に弟子を迎え入れていた。
 この過激派思想を憂いた穏健派は、常に彼女のライヴァルと目されていたクロスの元にやってきて、持たざる者ノーマルとの共存のためにトップに立つように要請してきた。

「そんな面倒なこと、引き受けるのはまっぴらだ」

 と、クロスはそれを断ったのだが。
 古文書フォニルスキャルや禁書を閲覧しようとすると、アルバーラからの邪魔が入る。
 クロスが引き受けようが引き受けまいが、アルバーラは自分を "敵" 認定して、研究を妨害してきていると感じたクロスは、最終的に旗頭としてトップに立つことを引き受けた。
 しかしそこでトップに立ったことで、クロスは己の視野の狭さ、人望の無さ、神経質で引っ込み思案な "魔導士セイドラー根性" の根深さを痛感した。
 アルバーラは、最初に掲げたスローガンによって、過激派思想の魔導士セイドラーの注意を引き、更に弟子を無限に受け入れることで、若い才能をどんどん手元に引き寄せている。
 弟子の面倒を弟子に任せているが、そもそもその取りまとめ役の弟子の人選は自分でしているらしい。

「いちいち、全員と面接なんて……無理」

 研究肌で内気なクロスには、出来るわけもない。
 求心力も、人望も、アルバーラのほうが勝っている。
 その焦りが、ヒトならざる者ヴァリアントの研究への、クロスの気持ちを少し狂わせた。

 クロスは以前から、古文書フォニルスキャルに書かれているヒトならざる者ヴァリアントと、異形ヴァリアントという記述に疑問を持っていた。
 飛び抜けた能力を持つその存在を、神の如く崇めているのではなく、荒ぶる神として畏怖している、その描写。
 ちょうどアルバーラとの覇権争いが激しくなってきた頃、ストレスからの逃避目的でクロスは古文書フォニルスキャルをあさりまくっていたのだが。
 ふとヒトならざる者ヴァリアント異形ヴァリアントは、表記の誤差ではなく、別の言葉なのではないか? と言う疑問を持った。
 というのも、異形ヴァリアントと表記されている古文書フォニルスキャルの数は非常に少なく、更にその表記を使っている古文書フォニルスキャルは、偏った地域から発見されたものに限っていたからだ。
 一種の方言と片付けてしまうには、ヒトならざる者ヴァリアントの表記もあり、それぞれが別のものを示す単語として解釈することも可能だった。
 一括りに "大きな能力値ステータスを持つ人間フォルク以外の種族" を示すヒトならざる者ヴァリアント
 人間フォルクのような矮小な存在を、永遠不滅の存在に引き上げてくれる "能力" を持つ異形ヴァリアント
 歴史の中のある時を境に、人間フォルクには種族名すらわからなくなってしまった存在があるのでは? と考えた。

 そこでクロスは、その考えを論文にして発表した。
 今までになかった考察の論文は、魔導士セイドラーの間で一大センセーションを巻き起こし、激しい論争を呼んだ。
 とはいえ、それはクロスが望んだ結果だったと言える。
 センセーショナルな論文を発表し、注目を浴びること。
 それはアルバーラに対する牽制として、自分が優れた研究理論を行っていることをみせつけるために必要だと思ったからだ。

 研究考察に活動の重きを置いている他の魔導士セイドラーたちは、クロスの論文を元に更なる吟味と解析を行い、それは伝説上の種族 "神耶族イルン" を示すものではないか? との判断がなされた。
 反面、それはあくまでも偏った地方の古文書フォニルスキャルを元にしているため、伝説の種族である神耶族イルンの存在が事実かどうかは疑問視されたままだった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...