イルン幻想譚

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ep.2:追われる少年

16.喰らいつくす【3】

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「アンリー、覚えているかい、誓約書のことを!」

 名指しをされて、アンリーは一瞬ビクリと体をすくませたように見えたが、それで茫然自失から立ち直ったように顔を上げた。

「ア…アンタに師事している限り、アンタに忠誠を尽くせとかいう、あのクソ鬱陶しいアレか? 覚えてるさ!」

 更に、そこで声を出し、見慣れた師匠に向かって声を出して話しかけたことで、気を取り直したように勢いづく。

「俺は! 忠誠の限りを尽くしたぜっ! 少なくとも、アンタが生きてたあいだはな! そしてアンタは死んだんだ! 俺は…アンタの後継者だ! 今更戻ってきたところで、居場所はねぇ!」
「馬鹿なコだねぇ、本当に。私はふり・・をしていただけで、一度も死んでない・・・・・・・・。誓約は、途切れていないんだよ。ほら、早く忠誠をお示し! その取るに足りない無駄な人生を、私が意味のある糧にしてやってるんだ!」
「ふざけんなっ! 俺は俺の夢を果たすんだ!」

 銀色の鱗に覆われたドラゴンの上で、アルバーラの幻影が嘲笑う。
 アンリーは、舌打ちをした。
 確かに一門の中で、自分は一番の魔力ガルドルを持ったものだ。
 だがアルバーラ一門は魔力ガルドルで弟子の優劣を決めない。
 ルミギリスは確かに魔力ガルドルが大きいゆえに二番弟子と認められたが、彼女がその座にいるのは、カービンとの絶妙なるコンビネーション故だ。
 あの二人が徒党を組むことで、彼女たちの能力は三倍にも四倍にもなる。
 カービンあってのルミギリス、ルミギリスあってのカービン、それを理解していたアルバーラは、彼女たちを二番と四番に据えた。

 むしろ、アルバーラの一番のお気に入りはセオロだっただろう。
 言葉通り、忠誠心に厚く決して逆らわず、師匠が望むままに自身の知識を高め、最も必要な情報を得る。
 魔力ガルドルがさほど高くない点を考え、他の弟子たちの反感を買わぬように、三番という絶妙な立場を与えられた。

「なあ、師匠。俺はアンタの、恋人なんだろ? そんな俺を喰うのかよ?」

 アンリーは、閨で師匠に囁いた声で、甘えるようにそう言った。
 このままでは、最も魔力ガルドルが高いのに、自分は四天王にすらしてもらえない。
 そういう危機感を覚えたアンリーは、そこでおのれの最大の武器である "容姿" を駆使した。
 そもそも背丈や容貌に難があり、更に持たざる者ノーマルに迫害を受けた魔導士セイドラー達は、アンリーのような整った容姿のものが優しく声を掛ければ、大概はすぐにも落ちる。
 アルバーラはさすがに簡単にはいかなかったが、それでも半年ほど口説いたところで、アンリーは弟子の筆頭に抜擢されたのだ。

「バカだね、アンリー。なにが魔導士セイドラー随一の伊達男さ。オマエの価値なぞ、セオロほどもないよ」

 返された答えに、アンリーはますます顔を強張らせたが、ギリリと奥歯を噛むと、不意に表情を蔑みに変える。

「確かにアンタは、魔導士セイドラーらしからぬ美貌のオンナだったさ! だがルミギリスが言うように、もうトウが立ったババアだ! アンタみたいなバアサンよりも、俺のような若く美しいものこそが、人間リオンの統治者にふさわしいんだっ!」
「なにが統治者だ。オマエはせいぜい、美女を侍らせ美酒を食らう以外の夢なぞ、持っちゃいないだろう。さあ、おとなしく忠誠を示せ!」
「冗談じゃない! だれが殺されるための忠誠など誓うもんか!」
「オマエは忠誠の意味を理解していないようだね。忠誠とは、すなわち誓った相手のために生命を投げ出すことだ」

 ドラゴンが身を屈めたところで、アンリーはくうサークルを描いて一撃を見舞った。

「まるで効かないね、どいつもこいつも不肖の弟子ばかりだ」

 アンリーが渾身の火力で放った一撃は、ドラゴンの鱗一枚傷つけていない。

「よせアンリー! そんなバケモノ相手じゃ、小手先のじゅつなんか効かないぞ!」

 叫んだクロスに向かって、ブンと空気が動く音がして、ドラゴンの尾が真上から襲いかかった。
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