イルン幻想譚

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ep.2:追われる少年

14.一番弟子【2】

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「なんだ?」
「まずいよクロスさん。思い出したんだけど、この屋敷の床下に、師匠は土蜘蛛を飼ってたんだ」
「ええっ虫っ!? 勘弁してよ!」
「蜘蛛は虫じゃありませんよ」
「同じだよ! どうせ足が三本以上あるんだろ!」
「今問題なのは足の数じゃなくて、大きさのほうじゃないかな…」

 セオロの言葉がおわらぬうちに、クロスの直ぐそばの土の中から、毛むくじゃらで鋭い爪の生えた蜘蛛の前脚が飛び出してきた。

「わああっ!」

 クロスが慌てて飛び退く。
 前脚に続いて、薄暗い穴の中でもギラギラしている複数の目が現れ、土蜘蛛の全容が姿を現す。

「うっわ…、マジ無理!」

 二つの大きな正面の目は、クロスの胸辺りの高さにあり、それに応じて全体も普通の蜘蛛からは想像を絶する大きさだった。
 全身が針金のような細かい体毛に覆われていて、八本の脚それぞれに、鋭利で大きな爪が付いている。
 土から出てきた時も静かだったが、動きにまるで音が無く、威嚇音も出さないが、むしろその静かな威嚇がなおさら不気味だ。
 なんの予告もなく、蜘蛛が跳ねた。

「わ~っ!」

 柱に取り付いた蜘蛛は、柱から柱へと飛び移っていく。
 素早《すばや》い動作で立体的に移動しながら、八つの目が忙しなく動く様が、更にクロスを怖気させた。

「ああいやだいやだ! なんでアイツらってそーいう動きするかなぁ! スッゲェびびるから、マジやめてほしい!」
「クロスさん! 愚痴たれてるヒマはありませんよ!」

 予想出来ない方向へ飛び移りながら、蜘蛛は真っ白で粘着性のある糸を吐き付けてきた。

「やだやだやだやだ!」

 糸はフワフワと宙を漂いつつ落ちてくるものと、速度を持って打ち込まれてくるものがあり、更に本体が柱から柱へと素早《すばや》く移動することで、さほどの広さもない場所で次第にクロスを追いつめてくる。

「クロスさん!」
「ホント、忠実な使い魔スレイブだね~。アルバーラの失踪後は、ずっと放置にされてたんだろうに、俺にロックオンして絶対外さないって、凄すぎでしょ…」

 クロスは蜘蛛の動きも、張り巡らされた罠も、落ちてくる糸にも構わずに、落ちた穴の真下に立って溜息をいた。
 それから顔をスッと上げて、おもむろに拳を握りしめた左手を真上に向かって伸ばす。
 蜘蛛が柱から柱に飛び移り、丁度クロスの頭上を横切った瞬間、握っていた左手を大きく開いた。
 左手のてのひらから、くうに向かってきらめきながらサークルが浮き上がる。
 柱の陰から様子を見ていたセオロは、驚愕していた。

「いつのまに…!」

 クロスは穴の中央に立ってから、指先で術式をくうに描くような所作はしていなかった。
 事前に何らかの術式が描かれていたならば、玄関でドアノブを引っ張っていた時に見えたはずだ。
 眼の前の、高く掲げ開いたてのひらにはそれらしい魔道具ガルドラルもない。
 ということは、クロスが穴に落ちてからそこに立つまでの間に、ヘンジを刻んでいたとしか思えない。
 放たれた雷撃サンダーは、最初は光る円が回っているだけだったが、次第に大きさを増していき、蜘蛛の網を上回る網目状の稲妻となって地下の天井を覆った。
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