イルン幻想譚

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ep.2:追われる少年

9.古代の遺跡【1】

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 ルミギリスとカービンはその存在に全く気付いていなかったが、マハトから少し離れた砂の上に、タクトの短剣が突き刺さっていた。

『くそ忌々しい!』

 クロスの申し出を引き受けはしたものの、今のタクトはそうそう気軽に行動するわけにはいかなかった。
 タクトの身に施されている核化フィルギナイズは、クロスが語った伝説の "人間フォルクの独裁者・フィルギア" が考えたじゅつである。
 それは精的スピリチュアルなものである魂魄ヴェッテイルを、透晶珠リーヴィという物理的マテリアルなものへと変える。
 透晶珠リーヴィにされてしまうと、能動的な行動は総じてとれなくなるため、タクトは自身の身体が変容し始めた時に、その場にあった剣にじゅつを掛け、透晶珠リーヴィをその剣の一部になるようにした。
 ジェラートが身を守るための武器を持たせつつ、自身を持ち運ぶことを兼ねて、都合が良かったからだ。

 透晶珠リーヴィであっても、手足を使わないじゅつの行使は可能だが、やはり様々な枷がある。
 神耶族イルンの肉体である時ほど迅速な技の発動が出来ないし、神耶族イルンであれば息をするように戻せる魔素ガンドの取り込みに、やたらと時間が掛かるのだ。
 使った分を速やかに取り戻せないとなれば、強大な魔力ガルドルを放出するタイミングは、慎重に見極めねばならない。
 タクトは周囲の気配を探った。

 すり鉢の表面の砂は、ところどころで動いている。
 それは斜めに傾いている表面の砂が移動しているのでは無く、サンドウォームが移動した影響による、もっと地中の奥からる動きだろう。
 遺跡の規模は、かなり大きい。
 タクトがザッと把握しただけでも、辺鄙な町ではなく、もっと大きく栄えた街といった様子だ。
 砂漠が不毛の地になった理由を軽く流した程度に、タクトは人間リオン同士の権力争いになんの興味もない。
 人間リオンにとっては悠久ゆうきゅうの時を掛けねば浄化されない土地であっても、それ以上の寿命を持つ神耶族イルンにとってはそれすらも些細な出来事に過ぎないため、わざわざ澱みを作る彼らを迷惑だと思っても、その戦いに介入する気にもならない。
 そんなことよりも今は、サンドウォームが地下の砂を大きく動かした結果、埋もれた遺跡が崩れる気配が感じられることのほうが問題だ。
 崩落はサンドウォームが動いた場所を中心に起こると考えると、自分たちが居る場所はその真上…ということになる。
 時間が迫っている中、此処はもう賭けに出るしかないだろう。

 ジッと場を読んで、砂が崩れる方向を伺い、慎重に魔力ガルドルを配分して力の浪費を最小限に抑え、短剣の角度をほんの少しだけ変える。
 崩れる砂と共に、短剣は緩い円を描きながらマハトの脇へ滑り落ちた。
 そこでタクトは、魔力ガルドルによって自身の体を実体化させる。
 そして倒れ込んだマハトを抱き起こすと、そのひたいに自分の唇を寄せた。
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