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ep.1:剣闘士の男
7:湖の攻防(2)
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妖魔の間を縫い進むソリの動きは複雑だったが、進行方向を変える直前にアークが微かに身体を傾けていることに気付いたことも、理由の一つだった。
それが合図なのかクセなのかは判らなかったが、それに合わせて自分も重心を傾けることで、足場がかなり安定した。
右側から飛び出してきた大物を叩き損ね、右腕に装備している籠手で一撃をいなしてから、相手のさらけ出された胴体へとグラディウスを突き込みとどめを刺す。
一瞬、息を吐いた時に、背後で妖魔の悲鳴が上がった。
驚いて振り返ると、顔面に大きな傷を負って体液を溢れさせた妖魔が、それでもなおファルサーに襲いかかろうとして、ソリの縁にへばりついている。
ファルサーは剣の柄で妖魔の顔面を殴りつけ、相手を叩き落とした。
殴りつける直前に間近で見た、妖魔の顔面の切り傷。
薄く、鋭利で、しかし深く切り裂かれたその傷は、ファルサーではつけることが出来ない、明らかに魔法による攻撃の痕だった。
だとすれば、この解りやすいほど必ず示されている、アークの背中の合図も…。
「身を守るのも、走行中に振り落とされないように気を配るのも、全て自己責任だと言いませんでしたっ?!」
「よく聞こえない! 緊急でないなら、あとにしろ!」
振り返りもせず、返事もまたひどく突き放したような口調だった。
しかしファルサーだけではどうしても手が回り切らない複数からの襲撃、一瞬の隙を突いてくる襲撃を、アークが魔法でカバーしてくれている。
アークのソリが湖面を渡り切るのに掛かった時間は、ファルサーが考えていたよりも遥かに短かかった。
岸に上がると、アークは砂地の上を大きくスピンさせてソリを止め、あとを追って岸に上がってきた妖魔に向かって、なにがしかの術を放って蹴散らした。
「走れ!」
妖魔達が怯んだ隙にソリを捨て、アークの指示に従ってファルサーは一目散に駆け出す。
浜から陸地の奥に向かって走ると、妖魔達は諦めたらしく湖に引いて行った。
ファルサーは立ち止まり、完全に凍りついている湖面を見渡して、溜息のような深呼吸をした。
「どうした、疲れたのか?」
「いえ、ただもう、本物ってものを初めて見たから、驚いているだけです」
「魔導士の術を見たことが無いのかね?」
「いいえ、ありますよ。でも、こんなすごいのは見たコトありません。これを見てしまったら、帝国が誇る魔導士部隊の術が子供のいたずらみたいに思えます。よく帝国があなたを放っているものだ」
「麓の町は、この島のドラゴン討伐のために各国の軍や冒険者が駐留する都合上、中立地帯としてどこの国家にも所属していない。渡し守を独占しようとすれば、協定に名を連ねている全ての国を相手に戦争になるだろうな。そもそも私は、そういった申し出は断ることにしている」
「そんなすごい方に、同行を申し出ていたんですね、僕…」
「私は私だ。誰の指図も受けない。そんなことより、この先の道案内は私には出来ないぞ。先導してくれたまえ」
「え…、それじゃあ本当に同行してくれるんですか?」
「人間に興味は無いが、君には興味が湧いた。しばらく観察させてもらう」
アークの答えに、ファルサーは表情を崩した。
だがその笑みは直ぐにも別の感情に塗り替えられて、その感情を隠すようにファルサーは俯いた。
張り詰めていた気持ちが緩んだら、笑みよりも涙が出てきたからだ。
「私の命が危険に晒された場合は、君を置いて逃げるぞ」
「構いません。これは僕の使命です。…でも、あなたが来てくれたから、なんだか生還できる可能性も出てきたような気がします」
「どうかな? ドラゴンのほうが、私より能力が優っている可能性は否定出来ないぞ」
アークの返事が、その言葉や態度ほどに素っ気ないものでは無いことを感じて、ファルサーは嬉しく思った。
それが合図なのかクセなのかは判らなかったが、それに合わせて自分も重心を傾けることで、足場がかなり安定した。
右側から飛び出してきた大物を叩き損ね、右腕に装備している籠手で一撃をいなしてから、相手のさらけ出された胴体へとグラディウスを突き込みとどめを刺す。
一瞬、息を吐いた時に、背後で妖魔の悲鳴が上がった。
驚いて振り返ると、顔面に大きな傷を負って体液を溢れさせた妖魔が、それでもなおファルサーに襲いかかろうとして、ソリの縁にへばりついている。
ファルサーは剣の柄で妖魔の顔面を殴りつけ、相手を叩き落とした。
殴りつける直前に間近で見た、妖魔の顔面の切り傷。
薄く、鋭利で、しかし深く切り裂かれたその傷は、ファルサーではつけることが出来ない、明らかに魔法による攻撃の痕だった。
だとすれば、この解りやすいほど必ず示されている、アークの背中の合図も…。
「身を守るのも、走行中に振り落とされないように気を配るのも、全て自己責任だと言いませんでしたっ?!」
「よく聞こえない! 緊急でないなら、あとにしろ!」
振り返りもせず、返事もまたひどく突き放したような口調だった。
しかしファルサーだけではどうしても手が回り切らない複数からの襲撃、一瞬の隙を突いてくる襲撃を、アークが魔法でカバーしてくれている。
アークのソリが湖面を渡り切るのに掛かった時間は、ファルサーが考えていたよりも遥かに短かかった。
岸に上がると、アークは砂地の上を大きくスピンさせてソリを止め、あとを追って岸に上がってきた妖魔に向かって、なにがしかの術を放って蹴散らした。
「走れ!」
妖魔達が怯んだ隙にソリを捨て、アークの指示に従ってファルサーは一目散に駆け出す。
浜から陸地の奥に向かって走ると、妖魔達は諦めたらしく湖に引いて行った。
ファルサーは立ち止まり、完全に凍りついている湖面を見渡して、溜息のような深呼吸をした。
「どうした、疲れたのか?」
「いえ、ただもう、本物ってものを初めて見たから、驚いているだけです」
「魔導士の術を見たことが無いのかね?」
「いいえ、ありますよ。でも、こんなすごいのは見たコトありません。これを見てしまったら、帝国が誇る魔導士部隊の術が子供のいたずらみたいに思えます。よく帝国があなたを放っているものだ」
「麓の町は、この島のドラゴン討伐のために各国の軍や冒険者が駐留する都合上、中立地帯としてどこの国家にも所属していない。渡し守を独占しようとすれば、協定に名を連ねている全ての国を相手に戦争になるだろうな。そもそも私は、そういった申し出は断ることにしている」
「そんなすごい方に、同行を申し出ていたんですね、僕…」
「私は私だ。誰の指図も受けない。そんなことより、この先の道案内は私には出来ないぞ。先導してくれたまえ」
「え…、それじゃあ本当に同行してくれるんですか?」
「人間に興味は無いが、君には興味が湧いた。しばらく観察させてもらう」
アークの答えに、ファルサーは表情を崩した。
だがその笑みは直ぐにも別の感情に塗り替えられて、その感情を隠すようにファルサーは俯いた。
張り詰めていた気持ちが緩んだら、笑みよりも涙が出てきたからだ。
「私の命が危険に晒された場合は、君を置いて逃げるぞ」
「構いません。これは僕の使命です。…でも、あなたが来てくれたから、なんだか生還できる可能性も出てきたような気がします」
「どうかな? ドラゴンのほうが、私より能力が優っている可能性は否定出来ないぞ」
アークの返事が、その言葉や態度ほどに素っ気ないものでは無いことを感じて、ファルサーは嬉しく思った。
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