イルン幻想譚

RU

文字の大きさ
上 下
14 / 90
ep.1:剣闘士の男

7:湖の攻防(1)

しおりを挟む
「時間だ、起きたまえ!」

 突然響いたアークの声に、床で寝ていたファルサーはビックリして飛び起きた。

「え………ええっ?」
「準備をしたまえ。食事はそこに用意してある。身支度が整ったら出発する」
「あ、……はい!」

 身支度だの出発だのと言っているが、アークの身なりも様子も昨晩と大差ない。
 どういうつもりでそう言っているのかも分からないまま、ファルサーは用意されていたくだんのパンとスープを慌てて口に詰め込んだ。
 もちろんアークは、特別何かを口にした様子もなく、ファルサーの身支度が整え終わるのを見届けもせずに、スタスタと扉の向こうに出て行ってしまう。

「あの、戸締まりは?」
「必要無い」
「なぜ?」
「君は本当に、質問の多い男だな。私が必要無いと言ったら、必要無い」
「はあ…」

 高圧的と言うか高飛車と言うか、とにかくアークの態度は一貫して権高く、取り付く島が無い。
 岩肌が剥き出しの傾斜が厳しい山道を、アークはなんの苦もなくスタスタ歩いてくだって行く。
 剣闘士グラディエーターの質素な装備しか身に付けていないファルサーは、足元はサンダルを履いているが、悪路を上り下りするのに苦労している。
 一方アークは、足全部を包むような黒い革製の靴を履いているようだが、それだとて特別登山に向いているとは言い難いだろう。
 その様子から、アークの身体能力の優秀さを垣間見たような気がした。

 麓の町には、まだが昇り始める前の、薄っすらと朝もやの掛かった頃に到着した。
 当然、町のものは皆まだ寝静まっていて、湖までの道のりで人に会うことも無い。
 アークは黙々と町を突っ切り、湖畔の波打ち際まで真っ直ぐに突き進んだ。
 そして波打ち際で立ち止まると、スッと屈んで水面の端に手を触れる。
 パキパキと奇妙な音がすると思った時には、その音は大音響に変わっていて、湖面が見る間に銀盤へと変化した。

「早くこちらに来たまえ」

 驚いている暇もなく、ファルサーは慌ててアークのそばに駆け寄った。

「これから、湖面を一気に駆け抜ける。君はせいぜい自分の命を守りたまえ」
「どういう意味です?」
「君は、此処に妖魔モンスターが棲んでいることを知らんのか?」
「知りません。僕が湖を渡るために船を探していたら、町の人があなたの所に行くように教えてくれただけなので」
「湖には、下等な妖魔モンスターが大量に巣食っている。今は湖面が凍っているので数はかなり抑えられるが、それでも割って襲いかかってくる。襲撃が始まったら、自分の命は自分で守ってくれたまえ。移動はソリを使うが、振り落とされたら回収は出来ない。解ったかね?」
「解りました」

 ファルサーが頷くと、不意に頬を冷たい風がよぎる。
 気付いた時には、氷で出来たソリに乗って、湖面の上を滑りだしていた。

るぞ!」

 アークが叫ぶのとほぼ同時に、メキメキと不気味な音を立てて湖面の氷に亀裂が走る。
 氷を割って飛び出して来たのは、魚ともヒトとも解らない、全身がウロコに覆われた妖魔モンスターだった。
 それらがソリに襲いかかってくる…と思った瞬間に、いきなりソリの進行方向が変わる。

「うわっ!」

 ファルサーは思わず、自分よりずっと小柄なアークの肩に掴まっていた。

「振り落とされるなと、言ってあるだろう!」
「まだ、落ちてませんよ!」

 次々と現れる妖魔モンスター達を、アークは絶妙なソリの操作で避けた。
 だが敵は圧倒的な数に任せて行く手を阻み、時にソリにしがみついてくる。
 ファルサーは利き手の左にグラディウスを構えると、ソリのフチを掴んで這い登り、踊りかかってきた妖魔モンスターをまず一匹、殴打した。
 ファルサーの持つ武器は、量産型のグラディウスだ。
 軍の放出品を大量に仕入れ、剣闘士グラディエーター達に行き渡らせた武器の一つで、この旅に出る時に渡された。
 奴隷のファルサーに私物などなく、試合で使っていた剣もあくまで "貸与品" ではあったが、それでも戦績が良ければより上物の武器や防具を渡される。
 つまり、この旅に出る時に渡された剣と防具は、それまでファルサーが使っていた物よりも数段劣る装備なのだ。
 試合で勝つために、より攻撃を鋭くするための手入れ方法なども学んできたが、今まで支給されていた手入れのための道具は、旅に出る前に取り上げられてしまった。
 有り合わせの物と知識でできるだけの手入れはしてきたが、正直さほどの切れ味は期待出来ない。
 剣の重量におのれの力と振り回す勢いを加えた打撃、それに刃物の形で加えられたもうわけ程度の斬撃によって、相手にダメージを与えることができる。
 当たりどころが良ければ一撃で屠れるが、そんなことは稀だ。
 だが、一撃を見舞われ怯んだところに、致命傷の二撃目を送れば問題は無い。
 二匹、三匹と相手にした辺りでコツが掴めてきた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...