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ep.1:剣闘士の男
6:課せられた王命(2)
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「麓の町に来るまでに、僕の足で二週間掛かった。この辺りとは、統治者が違う国から来た。僕の父親は、その国の剣闘士だった」
「それは戦士とどう違うのかね?」
「戦士でもありますが、剣闘士は奴隷です。観客の前で闘いをショーとして見せ、王に命を買われている…」
「剣を持った奴隷とは、私の持つ "奴隷" の概念を覆すような話だ」
「王は民衆に娯楽を提供するコトで、人気を集めるんです。剣闘士は "王のため、民衆のため、帝国のため、死を賭して闘う" ことを旨として、獣や妖魔、時には同僚である剣闘士と戦うんです」
「疑問に思ったので聞きたいのだが、あの島のドラゴンは、ここしばらくは巣穴から出た記憶が無い。また、私が気付かぬ間にアレが出掛けたことがあったとして、国がドラゴンの脅威に晒されているのに、国民はそのような娯楽に興じていて、大丈夫なものなのかね?」
今までの冷淡な態度からは想像出来ない、むしろ嬉々としているように見えるアークの様子は、ある意味、幼子が新しい知識を前に次々に湧き出す疑問の答えを求める姿にも似ていた。
「直接、ドラゴンの被害が出たコトはありません。それに現在の帝国は、近隣の小国を属国化して税収も多く、市民一人に奴隷が一人付いているのが普通だと聞いています」
「ますます理解に苦しむ話だな。君はドラゴンのような上級幻獣族を、人間が狩れると思っているのか?」
「王は僕に、何らかの策を講じなければ、持たざる者なんて傍にも寄れないと言いました」
「ふむ、その辺りは解っているのか…」
アークは頷き、話の先を促してくる。
「奴隷である剣闘士の息子は、当然生まれながらの奴隷で剣闘士です。僕は歩く前から剣を持たされ、構え方から言動まで、いかに民衆を虜にできるかを徹底的に教育されました。おかげでデビュー戦からかなりの功績も上がったし、一躍人気の闘士になれた。…でもある日、後宮から呼び出されて、僕の人生が一変した」
「後宮とは?」
「王の正妻や愛人が住んでいる宮殿です。少し人気が出始めた頃は、王も僕の闘いぶりが気に入ったと言って、褒めてくれた。けれど、王のお気に入りの公妾に呼び出されて、褒美の酒と言うのを貰ったら、急にこの拝命を下された」
「つまり嫉妬か。くだらんな」
「僕もそう思う。だけど王と公妾に取って、最下層の奴隷の命なんて、羊皮紙よりも価値が低い。あの女は僕に褒美を与えるコトで、王が更に自分のコトを気に掛けるようになると思って、ああいう行動に出たのかもしれない。僕はあの女に、なんの興味もなかった。だけど王は僕に嫉妬して、僕に最も残酷な刑を科すことで意趣返しをすることを決めてしまった」
「疑問に思ったことがあるので、訊ねても良いだろうか?」
「なんですか?」
「剣闘士という職業は、死を賭して闘うのだろう? ドラゴンと対峙しても、やはりそれは命がけということになる。何が違う? 死は一様に同じだろう」
「あなたから見たら、同じでしょう。でも僕にとっては全く違う」
「どのように?」
「尊厳…なんて、奴隷の僕には無いって思うんですか? 少なくとも、闘技場で剣闘士として戦っている時の僕は、勝利さえすれば観客から称賛を得て、周りから人並みに扱ってもらえる可能性があります」
「私の知る奴隷とは、待遇からして全く違うようだ」
アークの答えに、ファルサーは乾いた笑いを浮かべる。
「この旅の間の僕は、そのあなたの想像する "奴隷" そのものの扱いを受けましたよ。王命を証明する手形のおかげで逃亡を疑われるコトはありませんでしたが、屋根のある場所で寝るコトが出来た回数のほうが少ない。こんな…片道にも満たない旅費と、古びてボロボロの装備を持たされ、周囲から蔑まれるコトはあっても、助けを得るコトなんて絶対に無い旅に放り出されるいわれは、本当はなんにも無いんです」
「…君の矜持の問題か…」
「でも、これは公式な王命として下された。将軍ですら王命には逆らえないのに、たかが奴隷の剣闘士に否は無い。選べるのは精々、反逆罪で死刑になるか、ドラゴンに殺されるかのどっちかだ」
「逃げるという選択肢は?」
「それは無い。父は既に他界しているが、母はまだ存命だ」
「人質…か。しかし逃げても殺されても、向こうには判らんのでは?」
「ちゃんと判るように、上手く出来ている」
ファルサーは、苦々しげに微笑んだ。
「僕の話はこれだけです。次の用事というのはなんですか?」
「出発は、明朝だ」
アークはそれだけ言うと、立ち上がって奥に行こうとする。
「ちょっと、待っ………」
引き止めたファルサーの声は、閉じた扉によって無言の拒絶をされた。
「それは戦士とどう違うのかね?」
「戦士でもありますが、剣闘士は奴隷です。観客の前で闘いをショーとして見せ、王に命を買われている…」
「剣を持った奴隷とは、私の持つ "奴隷" の概念を覆すような話だ」
「王は民衆に娯楽を提供するコトで、人気を集めるんです。剣闘士は "王のため、民衆のため、帝国のため、死を賭して闘う" ことを旨として、獣や妖魔、時には同僚である剣闘士と戦うんです」
「疑問に思ったので聞きたいのだが、あの島のドラゴンは、ここしばらくは巣穴から出た記憶が無い。また、私が気付かぬ間にアレが出掛けたことがあったとして、国がドラゴンの脅威に晒されているのに、国民はそのような娯楽に興じていて、大丈夫なものなのかね?」
今までの冷淡な態度からは想像出来ない、むしろ嬉々としているように見えるアークの様子は、ある意味、幼子が新しい知識を前に次々に湧き出す疑問の答えを求める姿にも似ていた。
「直接、ドラゴンの被害が出たコトはありません。それに現在の帝国は、近隣の小国を属国化して税収も多く、市民一人に奴隷が一人付いているのが普通だと聞いています」
「ますます理解に苦しむ話だな。君はドラゴンのような上級幻獣族を、人間が狩れると思っているのか?」
「王は僕に、何らかの策を講じなければ、持たざる者なんて傍にも寄れないと言いました」
「ふむ、その辺りは解っているのか…」
アークは頷き、話の先を促してくる。
「奴隷である剣闘士の息子は、当然生まれながらの奴隷で剣闘士です。僕は歩く前から剣を持たされ、構え方から言動まで、いかに民衆を虜にできるかを徹底的に教育されました。おかげでデビュー戦からかなりの功績も上がったし、一躍人気の闘士になれた。…でもある日、後宮から呼び出されて、僕の人生が一変した」
「後宮とは?」
「王の正妻や愛人が住んでいる宮殿です。少し人気が出始めた頃は、王も僕の闘いぶりが気に入ったと言って、褒めてくれた。けれど、王のお気に入りの公妾に呼び出されて、褒美の酒と言うのを貰ったら、急にこの拝命を下された」
「つまり嫉妬か。くだらんな」
「僕もそう思う。だけど王と公妾に取って、最下層の奴隷の命なんて、羊皮紙よりも価値が低い。あの女は僕に褒美を与えるコトで、王が更に自分のコトを気に掛けるようになると思って、ああいう行動に出たのかもしれない。僕はあの女に、なんの興味もなかった。だけど王は僕に嫉妬して、僕に最も残酷な刑を科すことで意趣返しをすることを決めてしまった」
「疑問に思ったことがあるので、訊ねても良いだろうか?」
「なんですか?」
「剣闘士という職業は、死を賭して闘うのだろう? ドラゴンと対峙しても、やはりそれは命がけということになる。何が違う? 死は一様に同じだろう」
「あなたから見たら、同じでしょう。でも僕にとっては全く違う」
「どのように?」
「尊厳…なんて、奴隷の僕には無いって思うんですか? 少なくとも、闘技場で剣闘士として戦っている時の僕は、勝利さえすれば観客から称賛を得て、周りから人並みに扱ってもらえる可能性があります」
「私の知る奴隷とは、待遇からして全く違うようだ」
アークの答えに、ファルサーは乾いた笑いを浮かべる。
「この旅の間の僕は、そのあなたの想像する "奴隷" そのものの扱いを受けましたよ。王命を証明する手形のおかげで逃亡を疑われるコトはありませんでしたが、屋根のある場所で寝るコトが出来た回数のほうが少ない。こんな…片道にも満たない旅費と、古びてボロボロの装備を持たされ、周囲から蔑まれるコトはあっても、助けを得るコトなんて絶対に無い旅に放り出されるいわれは、本当はなんにも無いんです」
「…君の矜持の問題か…」
「でも、これは公式な王命として下された。将軍ですら王命には逆らえないのに、たかが奴隷の剣闘士に否は無い。選べるのは精々、反逆罪で死刑になるか、ドラゴンに殺されるかのどっちかだ」
「逃げるという選択肢は?」
「それは無い。父は既に他界しているが、母はまだ存命だ」
「人質…か。しかし逃げても殺されても、向こうには判らんのでは?」
「ちゃんと判るように、上手く出来ている」
ファルサーは、苦々しげに微笑んだ。
「僕の話はこれだけです。次の用事というのはなんですか?」
「出発は、明朝だ」
アークはそれだけ言うと、立ち上がって奥に行こうとする。
「ちょっと、待っ………」
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