イルン幻想譚

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ep.1:剣闘士の男

6:課せられた王命(1)

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 翌日ファルサーが目覚めた時、テーブルの上には昨晩と同じパンとスープが用意されていたが、室内にアークの姿は無かった。
 少なくともファルサーは、部屋にだれかが出入りをすれば、目が覚める程度に気配を察知できる自信があった。
 不思議なほど気配のない人物だ。
 とはいえ、用意された食事はアークの厚意だと思っていたから、ファルサーは礼を言ってから食事に手を付けた。
 相変わらず石のように堅いパンと塩気の足りない味の薄いスープだったが、どちらも冷めていない。
 まだ熱いと思えるスープを啜りながら、ファルサーは再び同じことを考える。
 料理がこんなに温かいということは、これらはテーブルに運ばれまだ間もない証拠だろう。
 アーク自身が運んだにしろ、それ以外の方法にしろ、ファルサーに配膳の気配を全く気付かせずに運んできた、それはアークの能力が非常に高い証明のひとつになる。
 食事を済ませたファルサーは、昨日の作業の続きに取り掛かった。
 できることならば、この家の主人を討伐に同行させたい。
 だが昨夜の様子では、それはまったく無理な願いだ。
 そしてアークが同行してくれなくとも、自分は湖の向こうに渡り、科せられた使命を果たさなければならない。
 だとしたら、自分は昨日の約束を果たすことで、湖を渡してもらわねばならない。
 昨日作業した様子から、アークの言う通り、この仕事はまだ数日掛かりそうだった。

 日が暮れる頃に戻ると、テーブルの上には食事の用意があり、使えと言わんばかりに風呂への扉が開け放たれていた。
 それらが全て、適宜なタイミングで用意されているさまは、まるで奇術のようだ。
 こうして食事と居場所を与えられているということは、どうやら追い返す気もないらしい。
 ファルサーはそれらのものをありがたく使わせてもらった。
 だが、三日経っても、四日経っても、アークは全く姿を現さない。
 会う度に懇願されてはたまらないと思い、避けているのだとしたら、それも仕方がないと思う。
 ただ、そうした "接待" をされているのに、だれの気配も感じないのが、一抹の寂しさを感じさせた。

 ファルサーは自分にできること、つまり報酬として要求された労働作業を黙々と続けて、五日目にリストに書かれた全ての収集を達成した。

「リストの項目は全て満たした。約束を果たして欲しい」

 ファルサーは、飼育室ディフェンスのプレートが付いた扉に向かって声を掛けた。

「君には頼みごとを二つ、果たしてもらうと、言っただろう」

 扉は閉じたままだったが、中から返事があった。
 そう言われれば確かにそう言われたと思い出し、ファルサーは訊ねた。

「では、次は何をすればいいんですか?」

 少し間を置いてから、扉が音もなく開き、幽鬼のような静けさでアークが出てきた。
 なぜか解らないが、アークは酷く思いつめた顔をしているように見える。

「君はなぜ、ドラゴンの元へ行くのか?」
「王命です。そう言ったでしょう」
「だが、君の様子は "常識" には合わない」
「僕の常識は、あなたの常識じゃないんでしょう?」
「この場合の "常識" は、君達の基準に合わせたほうで話をしている」
「一体僕の何が非常識だと?」

 やはり幽鬼のように音もなく、アークはテーブルのそばの椅子に座った。
 そして最初の日と同じように、向かい側に座るようにテーブルを指先でコツコツと叩いてみせる。
 ファルサーは黙って従った。

「アレを討伐するつもりのもの達は、だれもがもっと大掛かりだ。懸賞金目当ての冒険者アドベンチャーであれ、君と同じく "王命" を受けた軍であれ、アレに対抗するために、装備にかねを惜しまず、できる対策を全て講じてから挑む。つまり、それがドラゴン討伐をするものの "常識" というわけだ。だが、君はなんだ? ろくな装備も持たず、旅費すらまともに持っていない。そんなものなど、初めて見た」
「しかしそれは、あなたに関係ないでしょう」
「私に同行して欲しいと、君は言った。この程度の質問は、最低限必要だと思うが?」
「確かに僕は同行をもうし出ましたが、あなたは断った」
「だが、思い直す時間はあった。君が私にした願いごとを撤回するのならば、話は違うがね」
「撤回はしません。もし出来うるなら、同行してもらいたい」
「では、改めて訊ねる。なぜ君は、そんな身なりをして、独りで討伐に向かうのか?」

 アークの問いに、ファルサーは諦めたように溜息をいた。
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