イルン幻想譚

RU

文字の大きさ
上 下
21 / 90
ep.1:剣闘士の男

10:森の黄昏(2)

しおりを挟む
ヒトならざる者ヴァリアントは、種族の名称では無いよ」

 感心したようなファルサーに、アークは簡素な訂正をする。

「そうなんですか?」
ヒトならざる者ヴァリアントとは、人間リオンより優れた "なにか" の能力を持っているものを総じて呼ぶ、呼称なのだそうだ」
「それじゃあまるで、人間リオン以外の人間リオンみたいなものが、たくさんいるみたいに聞こえます」
「そう、言ったよ」
「そうなんですか?!」

 ファルサーの反応を予想していたらしいアークは、その驚きをさほど気にも止めずに話を続ける。

人間リオンの "常識" では、人間リオンこそが生物のヒエラルキーの頂点に立つ存在とされている。そこに君の身の上を加えると、国の王とは生き物の王を統べる王、即ち神の如き存在…になるんだろう」
「でも、あなたのような存在を知ってしまうと、人間リオンが生き物の王とは、とても思えません」
「うむ。そもそも、先程言った通り、世界にヒトガタをしている種族は、多様に存在しているのだよ。だが、そのことを知らない人間リオンは、それらの種族をまとめてヒトならざる者ヴァリアントと称しているのだ」
人間リオン以外のヒトガタをした種族…なんて、信じがたいなぁ…。あなたの存在を知ったあとでも、やっぱりなんだか…夢みたいです」
「私も獣人族セリアンスロウ旅芸人ジョングルールに出会わなければ、知ることは無かったから、君がそう感じるのは当然だと思うよ」
「僕からすると、あなたの存在は "神にも等しい" って思えますけど」
「…だとしたら、神とは無力な存在だな…」

 アークの表情にはほとんど変化が無く、ファルサーにはその言葉の真意は解らなかった。

「なぜ、そばだれも置かないんですか? あんな場所に独りでいたら、僕なら寂しいと感じます」
「考えかたの相違だろう。そばだれかを置いて、常にそのだれかを見送ってばかりいるほうが、私は気分が滅入る」

 返された答えの意味を理解するまでに、数秒掛かった。
 だが "見送る" と言う言葉が、相手との死別であることに気付いた瞬間、ファルサーは想像を絶する恐怖を感じた。
 同時に、先程の言葉の意味や、無表情に見えるアークの顔は、複雑な感情が入り混じった憂いの現れなのだろうか? と思う。

もうわけない質問をしてしまいました」
「君の常識が、全ての常識では無いと言っただろう」

 相変わらずアークは仏頂面で、声音もまたぶっきらぼうだった。
 しかしその時、不意にファルサーは気付いてしまった。
 そういうアークの無愛想な態度は、人を寄せ付けないための手段なのだと。
 アークがファルサーの無謀な使命に同行してきたのも、ここに至るまでの気遣いも、全部ただの気まぐれと思っていた。
 他に考えようがなかった。
 なぜならアークには、ファルサーのことを気にかけたり、面倒を見たりする義務も理由も何もなかったからだ。
 だがむしろ今までの小さくて細やかな気遣いこそがアークの真実で、傲慢で高飛車な態度のほうが仮面に過ぎないのだと気付いたら、ファルサーは無性にアークのことが知りたいと思った。

「どうして町の酒場では、あなたのことを "隠者のビショップ" と呼んでいたんでしょう?」
「私がちゃんと名乗らないからだろう。通名とおりなのようなものでも、名前が世間に知れ渡ると、面倒や厄介事にまきこまれる」
「でも僕には、アークと名乗ってくれたじゃないですか」
「それは仮名ケニングだ」
「じゃあ本当は、なんて言うんですか」

 ファルサーの質問に、アークは一瞬、妙な感覚に襲われた。
 頭痛と動悸。
 だがそれらの症状は "気がした" だけで、実際には頭痛も動悸もしていない。
 アークは、ファルサーの顔を見た。
 ずっと正面の炎を眺めながら応対していたアークに対して、ファルサーはこちらを見て話をしていたらしい。
 ほとんど真正面から、ファルサーの顔を見る形になった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...