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第五部:ロイ
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静かな部屋の中、その人間が生きている事を現す電子音だけが、規則正しく聞こえてくる。
呼吸器を付けられ、青白い横顔をみせている青年を、リンダはジッと見つめていた。
端正な横顔は、今はとても頼りなく見える。
この青年が、なぜあんなに強く見えたのだろう?
ベッドに横たわる身体も、青白く疲れはてたように見える横顔も、どこにもあの強靭な印象を見つけだす事が出来なくて。
リンダは、とても戸惑っていた。
確かに、この青年に護られる事よりも、この青年を抱き締める存在になりたいと願ったけれど。
自分が憧れていたのは、こんなにも線の細い青年だっただろうか。
「…リ…ンダ…」
呟くような声を聞いたような気がして、リンダは思わず座っていた椅子から立ち上がっていた。
「そ…こにいるの…、リンダ…でしょう…?」
顔がゆっくりとこちらに向けられて、今にも事切れてしまいそうな様子の青年が、ビニールのシートの向こう側で微かに笑っている事に気付く。
「気が…ついたのかい?」
「…リズは…、無事?」
ロイは手を伸ばすと、自分の顔についている呼吸用のマスクを外した。
「ダメだよ、外しちゃ」
リンダはシートをめくり上げると、ロイの側に歩み寄った。
「い…らないよ…、こん…なモノ。…そ…れより、…リズは?」
「どうして、そんなにあの娘を庇うんだい? そんなに、ボロボロになってまで…さ」
「選んだ騎士が…、思いの外に役立たずだから…かな」
「莫迦だね…」
「え…っ?」
「ロイは…、あの娘の事を愛してるワケじゃないんだろう? その…、恋人とか…、伴侶とかのつもりでさ」
「そう…だね。…僕は、彼女の良い叔父さんを…演じたかっただけさ」
「ロイが…、あの娘の伯父さんを殺したから?」
目を閉じて、口元に笑みを浮かべたロイが小さく頷いてみせる。
リンダは手を伸ばし、ロイの頬を温めるように掌で包み込んだ。
「そんな事を言ったら、ロイはあたいの親父にもならなくちゃいけなくなるよ」
「…そう…だね…」
「でも、ロイは他にもいっぱい人を殺したって言っただろ? 一体どれほどの人の肉親になるつもりなんだい?」
ロイは少し驚いたような表情をして、それから微かに笑んで見せた。
「ゴ…メン、…判ら…ないや…」
「判らなくて、当然だよ。だって、そんなモノになる必要ないんだからさ。リズの叔父さんも、あたいのパパも、代わりなんて誰にもなれないよ。その人に必要な人間は、その人が探し出さなくちゃ見つからないんだから。リズも、あの刑事さんも…、そしてロイも…ね」
「僕…に必要な…人は、…もう…居…なくなっちゃったよ…」
「そう思い込んで、探さなかったんだね。なにも、人生に一人きりってワケじゃないんだよ。大事な人はね」
「リ…ンダ?」
リンダはクスクスと笑いながら、そっと唇をロイの頬に押しつけた。
「本当に、アンタは莫迦だね。…莫迦な、子供なんだねロイは。…アンタ、あたいに自分は老人みたいだって言ったけど、訂正した方がいいよ。ロイは、子供なんだよ。きっと、そのアレックスって人が死んじまった時から、アンタは全然成長してないんだね」
「…そう、だね。…きっと、…リンダの言う通りだよ…」
「周りの連中も、莫迦だね。…それに気がつかないでさ。そんな所に居るから、自分が老人だなんてイカれた勘違いをしちまったんじゃないのかい?」
頬から手を離し、リンダはロイの髪をそっと梳いた。
「リンダの手は…、とても温かいね。…それに…、すごく優しい…」
穏やかな表情を浮かべるロイに、リンダは黙っていつまでも髪を梳いていた。
呼吸器を付けられ、青白い横顔をみせている青年を、リンダはジッと見つめていた。
端正な横顔は、今はとても頼りなく見える。
この青年が、なぜあんなに強く見えたのだろう?
ベッドに横たわる身体も、青白く疲れはてたように見える横顔も、どこにもあの強靭な印象を見つけだす事が出来なくて。
リンダは、とても戸惑っていた。
確かに、この青年に護られる事よりも、この青年を抱き締める存在になりたいと願ったけれど。
自分が憧れていたのは、こんなにも線の細い青年だっただろうか。
「…リ…ンダ…」
呟くような声を聞いたような気がして、リンダは思わず座っていた椅子から立ち上がっていた。
「そ…こにいるの…、リンダ…でしょう…?」
顔がゆっくりとこちらに向けられて、今にも事切れてしまいそうな様子の青年が、ビニールのシートの向こう側で微かに笑っている事に気付く。
「気が…ついたのかい?」
「…リズは…、無事?」
ロイは手を伸ばすと、自分の顔についている呼吸用のマスクを外した。
「ダメだよ、外しちゃ」
リンダはシートをめくり上げると、ロイの側に歩み寄った。
「い…らないよ…、こん…なモノ。…そ…れより、…リズは?」
「どうして、そんなにあの娘を庇うんだい? そんなに、ボロボロになってまで…さ」
「選んだ騎士が…、思いの外に役立たずだから…かな」
「莫迦だね…」
「え…っ?」
「ロイは…、あの娘の事を愛してるワケじゃないんだろう? その…、恋人とか…、伴侶とかのつもりでさ」
「そう…だね。…僕は、彼女の良い叔父さんを…演じたかっただけさ」
「ロイが…、あの娘の伯父さんを殺したから?」
目を閉じて、口元に笑みを浮かべたロイが小さく頷いてみせる。
リンダは手を伸ばし、ロイの頬を温めるように掌で包み込んだ。
「そんな事を言ったら、ロイはあたいの親父にもならなくちゃいけなくなるよ」
「…そう…だね…」
「でも、ロイは他にもいっぱい人を殺したって言っただろ? 一体どれほどの人の肉親になるつもりなんだい?」
ロイは少し驚いたような表情をして、それから微かに笑んで見せた。
「ゴ…メン、…判ら…ないや…」
「判らなくて、当然だよ。だって、そんなモノになる必要ないんだからさ。リズの叔父さんも、あたいのパパも、代わりなんて誰にもなれないよ。その人に必要な人間は、その人が探し出さなくちゃ見つからないんだから。リズも、あの刑事さんも…、そしてロイも…ね」
「僕…に必要な…人は、…もう…居…なくなっちゃったよ…」
「そう思い込んで、探さなかったんだね。なにも、人生に一人きりってワケじゃないんだよ。大事な人はね」
「リ…ンダ?」
リンダはクスクスと笑いながら、そっと唇をロイの頬に押しつけた。
「本当に、アンタは莫迦だね。…莫迦な、子供なんだねロイは。…アンタ、あたいに自分は老人みたいだって言ったけど、訂正した方がいいよ。ロイは、子供なんだよ。きっと、そのアレックスって人が死んじまった時から、アンタは全然成長してないんだね」
「…そう、だね。…きっと、…リンダの言う通りだよ…」
「周りの連中も、莫迦だね。…それに気がつかないでさ。そんな所に居るから、自分が老人だなんてイカれた勘違いをしちまったんじゃないのかい?」
頬から手を離し、リンダはロイの髪をそっと梳いた。
「リンダの手は…、とても温かいね。…それに…、すごく優しい…」
穏やかな表情を浮かべるロイに、リンダは黙っていつまでも髪を梳いていた。
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