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第四部:ビリー

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 そうして、リンダの激情が去るのを待ってから、ロイは後ろに振り返った。

「キッド君。いつまでそこに隠れている気?」
「えっ?」

 なにも気付いていなかったリンダは、驚いてロイの胸から顔を上げた。
 戸口の所には、決まりの悪そうな顔で立つウィリアムがいる。

「立ち聞きとは、あんまりいい趣味とは言えないねェ」
「気付いてたのかよ…」
「そりゃあ、まぁ…。キミと違って、気付きたくなくても気付いちゃう様に仕込まれたからさ。とにかく、そこにノビてるオッサンに手錠して」
「あ…、うん…」

 ロイに蹴りあげられて気を失っているモンテカルロに手錠をかけてから、ウィリアムは改めて複雑な表情をロイに向けた。

「なに? なんか言いたそうだね、キッド君」
「…アンタ、今の話を主任や…、その…、主任の奥さんとかに、したのか?」
「ハリーにもリサにも、アレクを殺したのが僕だって言ったよ。直接には手を下していなくても、結果から言えば同じ事だからね。…それに僕は、本当に人を殺している。リンダのパパを含めて、外にも何人もね。…裁かれて、当然だろう?」
「でも…」
「うん。まぁ、紆余曲折ってのがあってね。キミが色々訊ねたい事があるのは解るけど、それは今度ね」
「え…っ?」

 リンダの肩を抱き、自分の脇をスルリと抜けていったロイを、ウィリアムは驚いた顔のまま見送る事さえ忘れてしまった。
 問いに、答えてもらえるとは思っていなかったから。

「…おいっ! 待てよっ! 今度って、どういう意味だっ!?」

 扉が閉じる音にハッと我に返ったウィリアムは、モンテカルロを連行する事も忘れて、ドタドタとロイの後を追った。




 松葉杖をついて帰宅したハリーを出迎え、リサは不安を隠せない表情を浮かべた。

「パパってば、やっぱり若い女の子の呼び出しに応じちゃったのね。ママ、心配してあげるコトなんてないわよ。そうでしょう、ロイ?」

 一緒に出迎えたエリザベスの一言に、その場の空気が和む。

「そうだよ。それにね、ハリーには心強い味方がいるから大丈夫。ねェ、キッド君」

 ハリーとロイを乗せて車を運転してきたウィリアムは、不意にふられて言葉に詰まる。

「あら、ビリーさんがパパを助けてくれたの? クリスマスのマーケットの時みたいに、大活躍だったの、ロイ?」
「もちろんさ。ねェ、キッド君」
「う…、まぁ…その…。…そうです…」

 なぜロイが、自分を英雄に仕立て上げたいのか、今一つ解らないウィリアムはどうにも歯切れの悪い返事をした。

「それで事件があった時、ロイはどうしていたの? その口振りじゃ、やっぱり現場に一緒に…?」

 不安げなリサの言葉と、見合わせたハリーとロイの表情に、ウィリアムはようやくロイの意図に気付く。
 車の中で、ロイが何故マクミラン邸に引き取られたのかの経緯を、ハリーが話してくれた。聖母のようなマクミラン婦人の、ロイに対する不安と愛情。
 ウィリアムは安心させるような笑みを浮かべ、リサと向かい合った。

「申し訳ありません。帰ろうとしたロイを送るつもりで車に同乗させたまま、俺が現場に行ってしまったんです。一般市民を巻き込むのは規律違反なんですケド、主任の甥御サンだと思ったら、つい…」

 それが嘘である事をリサは見抜いたようだったが、結局溜息を一つ零しただけでなにも言わなかった。

「ねェ、ママ。もうお家に入りましょ。いつまでも片足で立たせていたら、パパが拗ねてしまうわ」
「そうね。ウィリアムさん、お夕飯を一緒にいかが? 主人を送ってもらったんですもの、このまま帰しては悪いわ」
「いえ、俺はここで…」
「遠慮なんてしなくていいのよ。今日は、大変だったのでしょう?」
「実は、まだ勤務中なんです。主任を送った後で暑に戻らなきゃならないんで」
「そう。それは残念ね。じゃあ、今度またゆっくり…」

 優しい笑みを残して家の中に戻るファミリーを見送り、ウィリアムは複雑な表情になった。
 人をくったような笑みの裏の、ロイの素顔。
 思いかけずに見てしまったそれに、戸惑っている。
 ウィリアムは小さな溜息を一つ零すと、踵を返して車へと戻っていった。
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