72 / 89
第四部:ビリー
23
しおりを挟む
そうして、リンダの激情が去るのを待ってから、ロイは後ろに振り返った。
「キッド君。いつまでそこに隠れている気?」
「えっ?」
なにも気付いていなかったリンダは、驚いてロイの胸から顔を上げた。
戸口の所には、決まりの悪そうな顔で立つウィリアムがいる。
「立ち聞きとは、あんまりいい趣味とは言えないねェ」
「気付いてたのかよ…」
「そりゃあ、まぁ…。キミと違って、気付きたくなくても気付いちゃう様に仕込まれたからさ。とにかく、そこにノビてるオッサンに手錠して」
「あ…、うん…」
ロイに蹴りあげられて気を失っているモンテカルロに手錠をかけてから、ウィリアムは改めて複雑な表情をロイに向けた。
「なに? なんか言いたそうだね、キッド君」
「…アンタ、今の話を主任や…、その…、主任の奥さんとかに、したのか?」
「ハリーにもリサにも、アレクを殺したのが僕だって言ったよ。直接には手を下していなくても、結果から言えば同じ事だからね。…それに僕は、本当に人を殺している。リンダのパパを含めて、外にも何人もね。…裁かれて、当然だろう?」
「でも…」
「うん。まぁ、紆余曲折ってのがあってね。キミが色々訊ねたい事があるのは解るけど、それは今度ね」
「え…っ?」
リンダの肩を抱き、自分の脇をスルリと抜けていったロイを、ウィリアムは驚いた顔のまま見送る事さえ忘れてしまった。
問いに、答えてもらえるとは思っていなかったから。
「…おいっ! 待てよっ! 今度って、どういう意味だっ!?」
扉が閉じる音にハッと我に返ったウィリアムは、モンテカルロを連行する事も忘れて、ドタドタとロイの後を追った。
松葉杖をついて帰宅したハリーを出迎え、リサは不安を隠せない表情を浮かべた。
「パパってば、やっぱり若い女の子の呼び出しに応じちゃったのね。ママ、心配してあげるコトなんてないわよ。そうでしょう、ロイ?」
一緒に出迎えたエリザベスの一言に、その場の空気が和む。
「そうだよ。それにね、ハリーには心強い味方がいるから大丈夫。ねェ、キッド君」
ハリーとロイを乗せて車を運転してきたウィリアムは、不意にふられて言葉に詰まる。
「あら、ビリーさんがパパを助けてくれたの? クリスマスのマーケットの時みたいに、大活躍だったの、ロイ?」
「もちろんさ。ねェ、キッド君」
「う…、まぁ…その…。…そうです…」
なぜロイが、自分を英雄に仕立て上げたいのか、今一つ解らないウィリアムはどうにも歯切れの悪い返事をした。
「それで事件があった時、ロイはどうしていたの? その口振りじゃ、やっぱり現場に一緒に…?」
不安げなリサの言葉と、見合わせたハリーとロイの表情に、ウィリアムはようやくロイの意図に気付く。
車の中で、ロイが何故マクミラン邸に引き取られたのかの経緯を、ハリーが話してくれた。聖母のようなマクミラン婦人の、ロイに対する不安と愛情。
ウィリアムは安心させるような笑みを浮かべ、リサと向かい合った。
「申し訳ありません。帰ろうとしたロイを送るつもりで車に同乗させたまま、俺が現場に行ってしまったんです。一般市民を巻き込むのは規律違反なんですケド、主任の甥御サンだと思ったら、つい…」
それが嘘である事をリサは見抜いたようだったが、結局溜息を一つ零しただけでなにも言わなかった。
「ねェ、ママ。もうお家に入りましょ。いつまでも片足で立たせていたら、パパが拗ねてしまうわ」
「そうね。ウィリアムさん、お夕飯を一緒にいかが? 主人を送ってもらったんですもの、このまま帰しては悪いわ」
「いえ、俺はここで…」
「遠慮なんてしなくていいのよ。今日は、大変だったのでしょう?」
「実は、まだ勤務中なんです。主任を送った後で暑に戻らなきゃならないんで」
「そう。それは残念ね。じゃあ、今度またゆっくり…」
優しい笑みを残して家の中に戻るファミリーを見送り、ウィリアムは複雑な表情になった。
人をくったような笑みの裏の、ロイの素顔。
思いかけずに見てしまったそれに、戸惑っている。
ウィリアムは小さな溜息を一つ零すと、踵を返して車へと戻っていった。
「キッド君。いつまでそこに隠れている気?」
「えっ?」
なにも気付いていなかったリンダは、驚いてロイの胸から顔を上げた。
戸口の所には、決まりの悪そうな顔で立つウィリアムがいる。
「立ち聞きとは、あんまりいい趣味とは言えないねェ」
「気付いてたのかよ…」
「そりゃあ、まぁ…。キミと違って、気付きたくなくても気付いちゃう様に仕込まれたからさ。とにかく、そこにノビてるオッサンに手錠して」
「あ…、うん…」
ロイに蹴りあげられて気を失っているモンテカルロに手錠をかけてから、ウィリアムは改めて複雑な表情をロイに向けた。
「なに? なんか言いたそうだね、キッド君」
「…アンタ、今の話を主任や…、その…、主任の奥さんとかに、したのか?」
「ハリーにもリサにも、アレクを殺したのが僕だって言ったよ。直接には手を下していなくても、結果から言えば同じ事だからね。…それに僕は、本当に人を殺している。リンダのパパを含めて、外にも何人もね。…裁かれて、当然だろう?」
「でも…」
「うん。まぁ、紆余曲折ってのがあってね。キミが色々訊ねたい事があるのは解るけど、それは今度ね」
「え…っ?」
リンダの肩を抱き、自分の脇をスルリと抜けていったロイを、ウィリアムは驚いた顔のまま見送る事さえ忘れてしまった。
問いに、答えてもらえるとは思っていなかったから。
「…おいっ! 待てよっ! 今度って、どういう意味だっ!?」
扉が閉じる音にハッと我に返ったウィリアムは、モンテカルロを連行する事も忘れて、ドタドタとロイの後を追った。
松葉杖をついて帰宅したハリーを出迎え、リサは不安を隠せない表情を浮かべた。
「パパってば、やっぱり若い女の子の呼び出しに応じちゃったのね。ママ、心配してあげるコトなんてないわよ。そうでしょう、ロイ?」
一緒に出迎えたエリザベスの一言に、その場の空気が和む。
「そうだよ。それにね、ハリーには心強い味方がいるから大丈夫。ねェ、キッド君」
ハリーとロイを乗せて車を運転してきたウィリアムは、不意にふられて言葉に詰まる。
「あら、ビリーさんがパパを助けてくれたの? クリスマスのマーケットの時みたいに、大活躍だったの、ロイ?」
「もちろんさ。ねェ、キッド君」
「う…、まぁ…その…。…そうです…」
なぜロイが、自分を英雄に仕立て上げたいのか、今一つ解らないウィリアムはどうにも歯切れの悪い返事をした。
「それで事件があった時、ロイはどうしていたの? その口振りじゃ、やっぱり現場に一緒に…?」
不安げなリサの言葉と、見合わせたハリーとロイの表情に、ウィリアムはようやくロイの意図に気付く。
車の中で、ロイが何故マクミラン邸に引き取られたのかの経緯を、ハリーが話してくれた。聖母のようなマクミラン婦人の、ロイに対する不安と愛情。
ウィリアムは安心させるような笑みを浮かべ、リサと向かい合った。
「申し訳ありません。帰ろうとしたロイを送るつもりで車に同乗させたまま、俺が現場に行ってしまったんです。一般市民を巻き込むのは規律違反なんですケド、主任の甥御サンだと思ったら、つい…」
それが嘘である事をリサは見抜いたようだったが、結局溜息を一つ零しただけでなにも言わなかった。
「ねェ、ママ。もうお家に入りましょ。いつまでも片足で立たせていたら、パパが拗ねてしまうわ」
「そうね。ウィリアムさん、お夕飯を一緒にいかが? 主人を送ってもらったんですもの、このまま帰しては悪いわ」
「いえ、俺はここで…」
「遠慮なんてしなくていいのよ。今日は、大変だったのでしょう?」
「実は、まだ勤務中なんです。主任を送った後で暑に戻らなきゃならないんで」
「そう。それは残念ね。じゃあ、今度またゆっくり…」
優しい笑みを残して家の中に戻るファミリーを見送り、ウィリアムは複雑な表情になった。
人をくったような笑みの裏の、ロイの素顔。
思いかけずに見てしまったそれに、戸惑っている。
ウィリアムは小さな溜息を一つ零すと、踵を返して車へと戻っていった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
サンタの村に招かれて勇気をもらうお話
Akitoです。
ライト文芸
「どうすれば友達ができるでしょうか……?」
12月23日の放課後、日直として学級日誌を書いていた山梨あかりはサンタへの切なる願いを無意識に日誌へ書きとめてしまう。
直後、チャイムの音が鳴り、我に返ったあかりは急いで日誌を書き直し日直の役目を終える。
日誌を提出して自宅へと帰ったあかりは、ベッドの上にプレゼントの箱が置かれていることに気がついて……。
◇◇◇
友達のいない寂しい学生生活を送る女子高生の山梨あかりが、クリスマスの日にサンタクロースの村に招待され、勇気を受け取る物語です。
クリスマスの暇つぶしにでもどうぞ。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
神様のボートの上で
shiori
ライト文芸
”私の身体をあなたに託しました。あなたの思うように好きに生きてください”
(紹介文)
男子生徒から女生徒に入れ替わった男と、女生徒から猫に入れ替わった二人が中心に繰り広げるちょっと刺激的なサスペンス&ラブロマンス!
(あらすじ)
ごく平凡な男子学生である新島俊貴はとある昼休みに女子生徒とぶつかって身体が入れ替わってしまう
ぶつかった女子生徒、進藤ちづるに入れ替わってしまった新島俊貴は夢にまで見た女性の身体になり替わりつつも、次々と事件に巻き込まれていく
進藤ちづるの親友である”佐伯裕子”
クラス委員長の”山口未明”
クラスメイトであり新聞部に所属する”秋葉士郎”
自分の正体を隠しながら進藤ちづるに成り代わって彼らと慌ただしい日々を過ごしていく新島俊貴は本当の自分の机に進藤ちづるからと思われるメッセージを発見する。
そこには”私の身体をあなたに託しました。どうかあなたの思うように好きに生きてください”と書かれていた
”この入れ替わりは彼女が自発的に行ったこと?”
”だとすればその目的とは一体何なのか?”
多くの謎に頭を悩ませる新島俊貴の元に一匹の猫がやってくる、言葉をしゃべる摩訶不思議な猫、その正体はなんと自分と入れ替わったはずの進藤ちづるだった
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
チェイス★ザ★フェイス!
松穂
ライト文芸
他人の顔を瞬間的に記憶できる能力を持つ陽乃子。ある日、彼女が偶然ぶつかったのは派手な夜のお仕事系男女。そのまま記憶の奥にしまわれるはずだった思いがけないこの出会いは、陽乃子の人生を大きく軌道転換させることとなり――……騒がしくて自由奔放、風変わりで自分勝手な仲間たちが営む探偵事務所で、陽乃子が得るものは何か。陽乃子が捜し求める “顔” は、どこにあるのか。
※この作品は完全なフィクションです。
※他サイトにも掲載しております。
※第1部、完結いたしました。
雪町フォトグラフ
涼雨 零音(すずさめ れいん)
ライト文芸
北海道上川郡東川町で暮らす高校生の深雪(みゆき)が写真甲子園の本戦出場を目指して奮闘する物語。
メンバーを集めるのに奔走し、写真の腕を磨くのに精進し、数々の問題に直面し、そのたびに沸き上がる名前のわからない感情に翻弄されながら成長していく姿を瑞々しく描いた青春小説。
※表紙の絵は画家の勅使河原 優さん(@M4Teshigawara)に描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる