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第四部:ビリー

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 夕暮れ時、ウィリアムはざわめく街を歩いていた。
 先輩刑事とのコンビで捜査を任されている事件が、どうにも進展しない。
 それが、今のウィリアムの憂鬱の原因だった。
 金髪の、愛らしい顔をした十代後半の少女ばかりを狙った、殺人事件。
 しかも、発見される遺体はどれもバラバラに解体されて、見るも無惨な姿になっているのだ。
 このまま長引けば、一介の市警に任せられないとばかりに、ドコゾのうるさ方がクチバシを突っ込んでくるだろう。
 それを考えると、どうにも気分が晴れないのだった。
 思い詰めた表情を先輩刑事に見つけられ、先に帰るように言われてしまったが、一人暮らしのアパートメントに帰ったところで、何かあるわけでもない。
 少し早めの夕食をいつもの店で済ませたものの、真っ直ぐ家路を辿る気にもなれず、逢魔が時のオレンジ色に縁取られた街をただ何となく歩き回っているのだ。

「キッド君じゃないの。どうしたの、浮かない顔して」

 不意に声をかけられ、ウィリアムは顔をしかめた。
 自分をそんな妙な名前で呼ぶ者は、一人しかいない。しかもできれば、こんな気分の時には会いたくないリストの、筆頭に上がる人物だ。

「なんでアンタが、こんな時間にこんなトコにいるんだよ」

 溜息を一つついて振り向いたウィリアムの、隠しもしない不機嫌な顔にさえも、ロイはいつもの笑みを向ける。

「お姫サマのお迎えに行く途中さ。最近の学校はクラブでこのくらいの時間になるのが普通らしくてね。心配性の親を持ったお姫サマは、お迎えが来ないと帰れないってワケ」

 ふうんと気のない答えを返すウィリアムを、ロイは怪訝な顔でのぞき込んだ。

「キッド君、どっか具合でも悪いの?」
「なんで?」
「お姫サマの話をして、キミがそんな顔するの、初めて見たからさ」

 ムッとした顔でそっぽを向いたウィリアムであったが、内心少し驚いていた。
 自分の上司の家に居候をしているこの男は、なにか事ある毎に奇妙に自分にちょっかいを出してくる。その態度からは、とても『好意』を感じとる事は出来なかった。
 だから、この男にとって自分は『鬱陶しい存在』なのだろうと、思っていたのだ。
 そして、そんな人間に対して、彼が少しでも気を使う事があるなんて考えもしなかったから。

「アンタには、関係ないだろう」
「なぁに? ガールフレンドとケンカでもしたの?」
「いねェよ、そんなモン。商売がヤバすぎて、普通の女の子なんかとつき合えないんだからな」
「ヤバイって、それ程でもないでしょう。ハリーはちゃんと二十年以上、生きて勤めてるよ」
「主任の奥さんの兄貴…、って事はアンタの兄さんか。は、死んじまったんだろ? この間、リズさんに聞いたんだぞ」

 年末にあった事件を思い出し、ウィリアムは少し膨れっ面をする。エリザベスに慕われたあの瞬間以外、良い事なんて一つもなかったからだ。
 始末書を書かされたのは、別に初めてではない。
 しかし、砂を吐く程の始末書を書かされたのは、初めてだった。
 必死で庇ってくれたハリーの努力のおかげで減俸は免れたものの、三週間の謹慎を食らい、ただの一つも身に覚えのない『暴力行為』の為に、裁判所にまで通わされた。

「へえ、あの署に勤めてて、アレクの話が初耳なんだ。キミ、よっぽど情報に疎いんだね」
「ウルセェッ! 悪かったな、アンタの自慢の兄貴の事を知らなくてっ!」
「自慢、ね。彼の死は…本当に悔やまれるよ。…なんたって、ロクデナシの悪魔を庇って、自分の運までそいつに差し出してさ。生きるべき彼の方が、死んでしまった」

 ほんの少し、ロイの表情が曇ったように見えたのは気の所為だろうか?

「どういう、意味だよ?」
「キミも…。そうだな、キミは気をつけた方がいいかもしれないね。人が好すぎるよ、警官なんて職をするにはね」
「余計なお世話だ。俺には俺の事情ってモンがあるんだからな」

 ロイは答えず、なぜか奇妙に優しい笑みを浮かべただけだった。

「早く行けよ。リズさんが待ってるんだろう?」
「…それがね、まだちょっと早いんだよ。そこの本屋で時間をツブそうと思ってたケド、本屋よりキミと話をした方が、同じ時間をツブすんでも有効かと思って」

 ウィリアムはイヤな顔をした。一体この男は、自分をなんだと思っているのだろうか?
「なんなら、代わってあげようか?」
「なにを?」
「お迎えの役。キミならハリーも怒らないから」

 ロイの発言に、ウィリアムは困惑した顔になる。今までずっと、この男は防虫剤なのだとばかり思っていたからだ。

「無責任な発言だと思わないか?」
「どうして?」
「だっ…て、アンタが頼まれてるんだろう? 第一、急に俺なんかが行ったらリズさんが驚くじゃないか」
「たまには毛色の違うのが行った方が、リズも面白いかと思ったのに」
「なんだよその『毛色』ってのは! 俺は犬じゃないんだぞ」

 ウィリアムの反応に、いかにも楽しいといった顔でロイが笑う。

「ようやくいつものキッド君になったね。シリアスに悩んでるなんてキミらしくないよ。話を聞くぐらいなら僕でも出来るけど、気晴らしに話してみない?」
「別に話すコトなんかねェよ。特にアンタなんかにさ」
「その様子じゃ、バラバラ殺人の一件かな?」

 ギクリとなったウィリアムを見て、ロイはクスクスと笑う。

「大当たり? 事件のコトは聞いたけど…。へえ、キミが担当なんだ」
「担当ってワケじゃない。俺なんかは、まだまだルイス先輩のアシストだ」
「で、捜査が難航して、すっかりやんなっちゃったの? それとも、FBIでも、クビ突っ込んできたのかな?」
「アイツ等の出る幕じゃねェよ。だいたいなぁ、アンタなんかに同情されたかないぜ。それにコレは仕事なんだから、部外者は口を出さないでくれ」
「バラバラ殺人を捜査中のプロの刑事サンなんかには、可愛い女の子の護衛なんか莫迦莫迦しくて出来ない?」
「誰も莫迦莫迦しいなんて言ってないだろう」
「じゃ、代わってよ。別に用事がある訳じゃないんだろ? カワイコちゃんとお話でもすれば、気晴らしになるかもよ」

 態度も言葉も決してそれらしく感じる事は出来ないが、ロイが自分を慰めようとしているような気がする。ウィリアムは伺うようにロイの顔を見た。

「何か変なモンでも喰ったのか?」
「なんで?」
「俺に気を使うなんて、ヘンだぞ。宇宙人にでもとりつかれてんじゃねェの?」
「失礼なコトを言うね。それじゃまるで僕が、全く気を使わない人間みたいじゃないか」
「違うのか?」
「いいよ、もう。キミは一人寂しく下宿にでも帰れば。じゃあね」

 拗ねたような顔でスタスタと立ち去ろうとするロイに驚き、ウィリアムはあわてて後を追った。

「悪かったよ。そんなに怒らなくたっていいだろう?」
「ふうん、キミでも僕に気を使うコトがあるんだ」

 こちらを向いたロイは、してやったりと言う笑みを浮かべている。

「何なんだよ、もう。俺はアンタの暇つぶしにつきあってるほど暇じゃねェんだぞ」

 食って掛かろうとしたウィリアムを、急にロイが遮る。

「なんだよ」
「正義の味方の出番だよ。ほら、あそこ」

 何のことかと振り向くと、少し離れた場所の路地に、二人の男と女性が一人入っていった。

「あれが、どうしたんだよ」
「ああ、見えなかったの? 女のコ、嫌がってたよ」
「それを早く言えっ!」

 言うが早いか、ウィリアムは脱兎のごとく駆け出した。三人の入っていった路地を曲がり、彼らの後を追う。
 迷いながらいくつかの角を曲がると、言い争うような声が聞こえてきた。

「ナニすんだよっ! このインポ野郎!」
「うるせェ、このアマ! あんなトコに立ってたんだ、客引きなんだろう? おとなしく足開きな」
「汚ねェ手で触んな! あたいはそんなんじゃねェよ!」

 ウィリアムは声を求めて走った。
 平手で頬を叩く音。男の怒声。女の悲鳴。そして、急に静かになった。

「ここか!?」

 声がしたと思わしき角を曲がり、ウィリアムは我が目を疑った。
 のされた二人の男。安堵の息をついている女性。そしてその彼女の前に立つ小柄な男。

「遅かったね、キッド君」
「アンタ、いつのまに!?」

 ロイはポケットから白いハンカチを取り出すと、彼女の顔に当てた。
 真っ赤な口紅に同じく真っ赤なマニキュア。全体的に派手な印象の化粧をしている。それゆえ、夕暮れ時に街角に立つ『夜の商売』をする彼女達と間違われたのだろうか。

「叩かれたの?」
「キザな男だね、アンタ。年はいくつだよ」
「そこに立ってる、男前の刑事さんより年上」
「ウソォ!」

 彼女は二人を見比べた後に、もう一度しげしげとウィリアムを見つめた。

「あれが刑事ってのも、嘘っぽいよォ」
「悪かったな。見えなくて」

 むくれたウィリアムをみて、彼女は笑い出した。

「ダメだよ! こんなガキみたいのんが刑事やってるから、こんな莫迦どもが徘徊するようになっちまうんだ。顔は全然アンタの方がガキくさいけど、アンタが刑事やった方が、こういう莫迦は減るんじゃない?」

 地面にのされた男達を、彼女は先の尖ったヒールで転がしてみせる。

「ところでキミは、何処に行くのかな? 都合が悪くなけりゃ、送ってあげるよ」
「何言ってんだ。アンタには別に迎えに行かなきゃならない用事があるんだろ! 彼女はちゃんと俺が…」

 エリザベスをすっぽかしてしまいそうなロイに、思わずウィリアムは食って掛かった。

「お姫サマは、キミが迎えに行ってくれるでしょ? それともナニ、僕が送り狼にでもなりそうに見える?」
「見えなくもないぞ」

 引き下がらないウィリアムの目の前に、彼女のほっそりとした白い指が突き立てられた。

「あたいの選択権も忘れないで欲しいね。あたいのヴァージンを守ってくれたこっちのベビィフェイスのお兄さんの方が、よっぽど頼りになりそうだから、あたいはこっちのお兄さんに送ってもらいたいよ。そうしてくれるんだろ?」
「キミがリクエストするならね。じゃあね、キッド君。後よろしく」
「あっ、おい!」

 呼び止めるウィリアムに振り向きもせず、ロイは彼女の肩を抱くと、その場からスタスタといなくなった。

「なんだよ、もう」

 ふてくされたように呟き、ウィリアムもそこから離れる事にした。このままこの場の後片付けなどをしようものなら、またしても大量の始末書を書かされかねない。
 もう二度と、自分がおこなっていない暴力行為の反省文など書くものかと、心に誓っているウィリアムだった。
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