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第二部:ハリー
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「じゃあ、行ってくるよ。戸締まりをしっかりね」
いつもよりしつこく感じられる程、ハリーはリサに念を押した。
「ええ、解ってるわ。行ってらっしゃい」
一方のリサの方は、いつもと変わらぬ態度で夫を送り出す。
ハリーの車が見えなくなるまで見送ってから、リサはキッチンの棚に隠しておいた封筒を出した。
昨夜は結局、ハリーにあの少年の事を言えなかった。
本当は、警官達が引き上げた後に話をしようと思ったのだけれど、なんとなく切り出しにくかったのも手伝って、言いそびれてしまったのである。
ダイニングの椅子に腰を降ろし、リサは封筒から手帳を取り出した。
黒革の表紙に、微かな見覚えがある。
パラパラとめくったページには、見慣れた神経質な文字。
控えられている人物の名前は、リサには一体何者なのかすら判らない。
「…あら?」
後ろの方の、一人だけ別に記載されている人物の名に、リサは手を止めた。
「ロイ・ベッティ…?」
他の人間は、当時のハリーの下宿の住所さえも、ちゃんとアルファベット順の住所録に記載されているのに。
その人物だけは、後ろの白ページに別記してある。
それだけでなく、その人物だけは住所の他にいくつかのプライベートデータまでが細かく書き込まれている事に、リサは疑問を抱いた。
「これは、あの子の…」
そこに書かれているその人物の特徴に、リサは昨夜の少年の顔を思い出した。
「…兄さんは、あの子を引き取ろうとしていたんだわ…っ!」
少年の戸籍の取得方法と、養子を貰い受ける為の必要条件。手帳の後半は、それらの手配をする為の問い合わせ先などが詳しく書かれている。
「あの子…、ロイっていうのね…」
リサは、そのページを見つめたまま、静かにアレックスの事を考えた。
昨夜の少年とアレックスが、一体どういう経緯で知り合ったかは、だいたい予想がつく。
仕事に打ち込み、浮いた噂のひとつもなかった兄、アレックス。
妹のリサを溺愛してくれてはいたが、それ以上に正義を貫く事を重んじていた事を、リサは知っている。
正義を貫く為には、自分に弱みを作っては駄目なのだと言って、異性との交際は極力避けていた。
一体、あの鋼鉄の意志を持った兄の心を、どうして動かす事が出来たのだろう?
リサの知っているアレックスならば、決して子供を引き取るなどとは言い出さない。
おそらく、良縁の養子先を探してくる事はしても、自分が里親になるなどとは…。
「兄さん…、この子は、そんなに傷ついている子供なの…?」
少年の瞳は、なんの感情も持っていなかった。
少年を引き取る事まで考えていた、アレックス。
そのアレックスを、殺したのだと告げた少年。
リサは立ち上がると、リビングにある電話を取り、ハリーの携帯の番号をプッシュした。
アレックスと少年の事を、ハリーが知っている保証はないけれど。でも少なくとも、この事件をアレックスが担当した時に、一緒に仕事をしていたのはハリーなのだから。
兄が助ける事が出来なかった少年を、助けたい。
それが自分に出来る、兄に対するせめてもの手向けのような気が…した。
自宅のリビングで、モンテカルロは寝酒を楽しんでいた。
シースルーの夜着も艶かしい愛人達にかしづかれながら、テレビのスポーツチャンネルを眺めつつ、ソファでくつろぐ。
不意に、部屋の端に置いてあった電話がヒステリックに鳴り響いた。
けたたましく鳴り続ける受話器を、モンテカルロは面倒臭そうに取りあげる。
「誰だ?」
『私だが』
モンテカルロの横柄な態度に負けず劣らない、高飛車な態度と、威圧的な声。
「これはこれは、どうなさいました?」
『どうしたもこうしたもない、マクミランは生きてるぞ』
「ええっ? まさかそんな…」
『おおかた、死体の確認もしないで殺したと思っていたんだろう。死んだのは一緒にいた坊やだけだ』
「なんですって、ロイが?」
『私の予想通りになったな』
苛立った声が、受話器の向こうで男がイライラと葉巻をふかす姿を、容易に想像させる
「それじゃすぐにでも新手を…」
『いや、手は考えてある』
「何です?」
『電話では不味い。これからそっちに行く』
「わかりました」
モンテカルロは受話器を置くと、呼び鈴を鳴らした。
「お呼びで」
「これから客が来る。人目につかれると不味い方だ、裏口を開けておけ。もちろん、細心の注意を払って人目につかぬようにご案内するんだ。良いな」
「はっ」
命を受けた側近は、即座に部屋を出ていく。
「オマエ達、今夜はもうおしまいだ」
それを見送った後に、モンテカルロは女達にも退室を命じた。
いつもよりしつこく感じられる程、ハリーはリサに念を押した。
「ええ、解ってるわ。行ってらっしゃい」
一方のリサの方は、いつもと変わらぬ態度で夫を送り出す。
ハリーの車が見えなくなるまで見送ってから、リサはキッチンの棚に隠しておいた封筒を出した。
昨夜は結局、ハリーにあの少年の事を言えなかった。
本当は、警官達が引き上げた後に話をしようと思ったのだけれど、なんとなく切り出しにくかったのも手伝って、言いそびれてしまったのである。
ダイニングの椅子に腰を降ろし、リサは封筒から手帳を取り出した。
黒革の表紙に、微かな見覚えがある。
パラパラとめくったページには、見慣れた神経質な文字。
控えられている人物の名前は、リサには一体何者なのかすら判らない。
「…あら?」
後ろの方の、一人だけ別に記載されている人物の名に、リサは手を止めた。
「ロイ・ベッティ…?」
他の人間は、当時のハリーの下宿の住所さえも、ちゃんとアルファベット順の住所録に記載されているのに。
その人物だけは、後ろの白ページに別記してある。
それだけでなく、その人物だけは住所の他にいくつかのプライベートデータまでが細かく書き込まれている事に、リサは疑問を抱いた。
「これは、あの子の…」
そこに書かれているその人物の特徴に、リサは昨夜の少年の顔を思い出した。
「…兄さんは、あの子を引き取ろうとしていたんだわ…っ!」
少年の戸籍の取得方法と、養子を貰い受ける為の必要条件。手帳の後半は、それらの手配をする為の問い合わせ先などが詳しく書かれている。
「あの子…、ロイっていうのね…」
リサは、そのページを見つめたまま、静かにアレックスの事を考えた。
昨夜の少年とアレックスが、一体どういう経緯で知り合ったかは、だいたい予想がつく。
仕事に打ち込み、浮いた噂のひとつもなかった兄、アレックス。
妹のリサを溺愛してくれてはいたが、それ以上に正義を貫く事を重んじていた事を、リサは知っている。
正義を貫く為には、自分に弱みを作っては駄目なのだと言って、異性との交際は極力避けていた。
一体、あの鋼鉄の意志を持った兄の心を、どうして動かす事が出来たのだろう?
リサの知っているアレックスならば、決して子供を引き取るなどとは言い出さない。
おそらく、良縁の養子先を探してくる事はしても、自分が里親になるなどとは…。
「兄さん…、この子は、そんなに傷ついている子供なの…?」
少年の瞳は、なんの感情も持っていなかった。
少年を引き取る事まで考えていた、アレックス。
そのアレックスを、殺したのだと告げた少年。
リサは立ち上がると、リビングにある電話を取り、ハリーの携帯の番号をプッシュした。
アレックスと少年の事を、ハリーが知っている保証はないけれど。でも少なくとも、この事件をアレックスが担当した時に、一緒に仕事をしていたのはハリーなのだから。
兄が助ける事が出来なかった少年を、助けたい。
それが自分に出来る、兄に対するせめてもの手向けのような気が…した。
自宅のリビングで、モンテカルロは寝酒を楽しんでいた。
シースルーの夜着も艶かしい愛人達にかしづかれながら、テレビのスポーツチャンネルを眺めつつ、ソファでくつろぐ。
不意に、部屋の端に置いてあった電話がヒステリックに鳴り響いた。
けたたましく鳴り続ける受話器を、モンテカルロは面倒臭そうに取りあげる。
「誰だ?」
『私だが』
モンテカルロの横柄な態度に負けず劣らない、高飛車な態度と、威圧的な声。
「これはこれは、どうなさいました?」
『どうしたもこうしたもない、マクミランは生きてるぞ』
「ええっ? まさかそんな…」
『おおかた、死体の確認もしないで殺したと思っていたんだろう。死んだのは一緒にいた坊やだけだ』
「なんですって、ロイが?」
『私の予想通りになったな』
苛立った声が、受話器の向こうで男がイライラと葉巻をふかす姿を、容易に想像させる
「それじゃすぐにでも新手を…」
『いや、手は考えてある』
「何です?」
『電話では不味い。これからそっちに行く』
「わかりました」
モンテカルロは受話器を置くと、呼び鈴を鳴らした。
「お呼びで」
「これから客が来る。人目につかれると不味い方だ、裏口を開けておけ。もちろん、細心の注意を払って人目につかぬようにご案内するんだ。良いな」
「はっ」
命を受けた側近は、即座に部屋を出ていく。
「オマエ達、今夜はもうおしまいだ」
それを見送った後に、モンテカルロは女達にも退室を命じた。
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