27 / 89
第二部:ハリー
11
しおりを挟む
深夜の冷たい海を泳いで、ハリーは人気のない海岸でようやく水から上がる事が出来た。
一体、なにが起こったのかさえ解らない。
ロイは、どうなったのだろう?
解っている事といえば、あの状況で危険を察したロイがハリーを助けてくれたという事だけだ。
ハーバーに近い倉庫街の海岸では、逃れる為の活路といえば海しかなかった。
ハリーを突き飛ばした後、ロイは撃たれたように見えた。
それを確かめる事も出来ず、逃げる事しか出来なかった不甲斐なさに憤りすら感じている。
でも、そう考えている今でさえ、自分に出来る事といえば電話を探して応援を頼む事ぐらいしかなくて。
あの暗がりでは、海面に浮いていた黒い液体が血液であったかどうかも解らない。
潮の匂いがきつく、血の匂いすら判らなかった。
海水の滴る重い上着を脱いで、ハリーは「自分に出来る事」を果たす為に、公衆電話を探しにそこから歩き出した。
翌朝、『夜釣りに出て、船から落ちた誰か』を捜す為、沿岸警備隊のボートが、駆り出された。
「何か、上がったか?」
埠頭に立って海面を見つめているハリーに、イーストンが声をかける。
「いえ、まだ何も…」
ハリーは、じっと身じろぎもせずに、捜索の様子を眺めながら、答えた。
「あまり無理も言えないからな。後三十分で切り上げよう」
「………解り、ました」
ロイの死体が上がるまで、たとえ死体でなくとも何かが見つかるまで、捜し続けたいと思う。
しかし、管轄違いの沿岸警備隊を、しかも『上がる筈の無い夜釣り客』を捜す為に、いつまでも使っている訳にはいかない。
組織に、こちらの動きをごまかす為のタテマエは、味方である筈の沿岸警備隊までもごまかす形で使用されている。
本来なら、こんな大掛かりの捜索などしてはならない。
組織に、こちらの内情を少しでも伺わせる機会を与えてはならないからだ。
今回、こうした偽装をしてまで捜索をさせてもらえたのは、イーストンがハリーの気持ちを汲んでくれたからだった。
捜索を打ち切る合図と共に、ゴムボートが大きな船に吸い込まれるように収容され始める。
ハリーは、その様子までも静かに見つめていた。
少年と会って話をしたのは、ほんの二日に過ぎない。
あまりにも鮮烈な、印象。
アレックスを殺害したのは自分だと、彼は言った。組織を潰してしまいたい、とも言った。
『どこまで、本気だったんだろう…』
笑わない子供というものを、ハリーは初めて見た。子供というものは、笑っているものだと思っていた。
『先輩といた時も、ああだったのかな』
沿岸警備隊が引き上げた、静かに凪いだ海を後にして、ハリーは車に乗った。
思えば三年前、アレックスと一緒になって仕事をしていた時から乗っている車である。
ハリーはエンジンもかけずに、シートに身を沈めた。
「先輩が、いてくれたらなぁ…」
少々の事では弱音など吐かないハリーであったが、今回は、アレックスの弔い合戦と意気込んでいた分、ショックも大きい。
ハリーは、家で待っている妻子の顔を思い浮かべた。
「ああ、そー言えば、エリザベスって名前、先輩が付けてくれたんだっけ」
ぼんやりと車の天井を見つめていたハリーの表情が、次第に怪訝なものに変わる。
「………!!」
まるで、バネのついた人形のように、ハリーは身を起こした。
アレックスの考えた子供の名前に、ロイの名前があった事を、思い出したからだ。
ハリーは慌ててエンジンをかけると、車を急発進させた。
一体、なにが起こったのかさえ解らない。
ロイは、どうなったのだろう?
解っている事といえば、あの状況で危険を察したロイがハリーを助けてくれたという事だけだ。
ハーバーに近い倉庫街の海岸では、逃れる為の活路といえば海しかなかった。
ハリーを突き飛ばした後、ロイは撃たれたように見えた。
それを確かめる事も出来ず、逃げる事しか出来なかった不甲斐なさに憤りすら感じている。
でも、そう考えている今でさえ、自分に出来る事といえば電話を探して応援を頼む事ぐらいしかなくて。
あの暗がりでは、海面に浮いていた黒い液体が血液であったかどうかも解らない。
潮の匂いがきつく、血の匂いすら判らなかった。
海水の滴る重い上着を脱いで、ハリーは「自分に出来る事」を果たす為に、公衆電話を探しにそこから歩き出した。
翌朝、『夜釣りに出て、船から落ちた誰か』を捜す為、沿岸警備隊のボートが、駆り出された。
「何か、上がったか?」
埠頭に立って海面を見つめているハリーに、イーストンが声をかける。
「いえ、まだ何も…」
ハリーは、じっと身じろぎもせずに、捜索の様子を眺めながら、答えた。
「あまり無理も言えないからな。後三十分で切り上げよう」
「………解り、ました」
ロイの死体が上がるまで、たとえ死体でなくとも何かが見つかるまで、捜し続けたいと思う。
しかし、管轄違いの沿岸警備隊を、しかも『上がる筈の無い夜釣り客』を捜す為に、いつまでも使っている訳にはいかない。
組織に、こちらの動きをごまかす為のタテマエは、味方である筈の沿岸警備隊までもごまかす形で使用されている。
本来なら、こんな大掛かりの捜索などしてはならない。
組織に、こちらの内情を少しでも伺わせる機会を与えてはならないからだ。
今回、こうした偽装をしてまで捜索をさせてもらえたのは、イーストンがハリーの気持ちを汲んでくれたからだった。
捜索を打ち切る合図と共に、ゴムボートが大きな船に吸い込まれるように収容され始める。
ハリーは、その様子までも静かに見つめていた。
少年と会って話をしたのは、ほんの二日に過ぎない。
あまりにも鮮烈な、印象。
アレックスを殺害したのは自分だと、彼は言った。組織を潰してしまいたい、とも言った。
『どこまで、本気だったんだろう…』
笑わない子供というものを、ハリーは初めて見た。子供というものは、笑っているものだと思っていた。
『先輩といた時も、ああだったのかな』
沿岸警備隊が引き上げた、静かに凪いだ海を後にして、ハリーは車に乗った。
思えば三年前、アレックスと一緒になって仕事をしていた時から乗っている車である。
ハリーはエンジンもかけずに、シートに身を沈めた。
「先輩が、いてくれたらなぁ…」
少々の事では弱音など吐かないハリーであったが、今回は、アレックスの弔い合戦と意気込んでいた分、ショックも大きい。
ハリーは、家で待っている妻子の顔を思い浮かべた。
「ああ、そー言えば、エリザベスって名前、先輩が付けてくれたんだっけ」
ぼんやりと車の天井を見つめていたハリーの表情が、次第に怪訝なものに変わる。
「………!!」
まるで、バネのついた人形のように、ハリーは身を起こした。
アレックスの考えた子供の名前に、ロイの名前があった事を、思い出したからだ。
ハリーは慌ててエンジンをかけると、車を急発進させた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
チェイス★ザ★フェイス!
松穂
ライト文芸
他人の顔を瞬間的に記憶できる能力を持つ陽乃子。ある日、彼女が偶然ぶつかったのは派手な夜のお仕事系男女。そのまま記憶の奥にしまわれるはずだった思いがけないこの出会いは、陽乃子の人生を大きく軌道転換させることとなり――……騒がしくて自由奔放、風変わりで自分勝手な仲間たちが営む探偵事務所で、陽乃子が得るものは何か。陽乃子が捜し求める “顔” は、どこにあるのか。
※この作品は完全なフィクションです。
※他サイトにも掲載しております。
※第1部、完結いたしました。
希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~
白い黒猫
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある希望が丘駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】。
国会議員の重光幸太郎先生の膝元であるこの土地にある商店街は、パワフルで個性的な人が多く明るく元気な街。就職浪人になりJazzBarを経営する伯父の元で就職活動をしながら働く事になった東明(とうめい)透(ゆき)は、商店街のある仕事を担当する事になり……。
※ 鏡野ゆうさんの『政治家の嫁は秘書様』に出てくる商店街が物語を飛び出し、仲良し作家さんの活動スポットとなってしまいました。その為に同じ商店街に住む他の作家さんのキャラクターが数多く物語の中で登場して活躍しています。鏡野ゆうさん及び、登場する作家さんの許可を得て創作させて頂いております。
コラボ作品はコチラとなっています。
【政治家の嫁は秘書様】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981
【希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々 】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/188152339
【日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232
【希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~】
https://ncode.syosetu.com/n7423cb/
【希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376
【Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271
【希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271
【希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/813152283
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
「2人の青、金銀の護り」 それはあなたの行先を照らす ただ一つの光
美黎
ライト文芸
先祖が作った家の人形神が改築によりうっかり放置されたままで、気付いた時には家は没落寸前。
ピンチを救うべく普通の中学2年生、依る(ヨル)が不思議な扉の中へ人形神の相方、姫様を探しに旅立つ。
自分の家を救う為に旅立った筈なのに、古の予言に巻き込まれ翻弄されていく依る。旅の相方、家猫の朝(アサ)と不思議な喋る石の付いた腕輪と共に扉を巡り旅をするうちに沢山の人と出会っていく。
知ったからには許せない、しかし価値観が違う世界で、正解などあるのだろうか。
特別な能力なんて、持ってない。持っているのは「強い想い」と「想像力」のみ。
悩みながらも「本当のこと」を探し前に進む、ヨルの恋と冒険、目醒めの成長物語。
この物語を見つけ、読んでくれる全ての人に、愛と感謝を。
ありがとう
今日も矛盾の中で生きる
全ての人々に。
光を。
石達と、自然界に 最大限の感謝を。
目覚めたときに君がおはようと言ってくれる世界
戸津秋太
ライト文芸
生きることの意味を見出せずに灰色の人生を送る高校生、日比谷比呂。彼には他者の夢の中に入ることができるという不思議な力があった。
まるで映画や劇を鑑賞するように傍観者として見ず知らずの他人の夢を眺める毎日。
そんなある日、彼は夢の中で一人の少女と出会う。
「――誰?」
夢の中で意思疎通を図れる少女との出会いが、灰色だった彼の人生に色をもたらす。
しかし、彼女にはとある秘密があって――。
So long! さようなら!
設樂理沙
ライト文芸
思春期に入ってから、付き合う男子が途切れた事がなく異性に対して
気負いがなく、ニュートラルでいられる女性です。
そして、美人じゃないけれど仕草や性格がものすごくチャーミング
おまけに聡明さも兼ね備えています。
なのに・・なのに・・夫は不倫し、しかも本気なんだとか、のたまって
遥の元からいなくなってしまいます。
理不尽な事をされながらも、人生を丁寧に誠実に歩む遥の事を
応援しつつ読んでいただければ、幸いです。
*・:+.。oOo+.:・*.oOo。+.:・。*・:+.。oOo+.:・*.o
❦イラストはイラストAC様内ILLUSTRATION STORE様フリー素材
【青天白雪、紅の君。2072】 〜2072年夏、僕は無口な少女と出会った〜
凜 Oケイ
ライト文芸
舞台は2072年。世界のほとんどは大企業に監視されていた…
主人公の仁山 コズ(にやま こず)は全寮制の学園に通う優等生。
しかしある日、ルームメイトの経馬 シン(へりま しん)に学校を抜け出して肝試しに行かないかと誘われる。
主人公は断れずついていくが、そこで奇妙な少女に声をかけられる。
少女の名前は萩原 ユヅハ(はぎわら ゆづは)という。
その無口な少女はなぜか主人公にだけ興味津々で………?
【近未来恋愛ストーリー!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる