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第二部:ハリー

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 人間の記憶などというものは曖昧なものだ。一週間前の夕食に何を食したか? この間会った友人は、どんな服装をして、何色の靴を履いていたか? よほど注意をしていたか、あるいは強く印象に残るような事がなければ、まず憶えてはいない。
 顔とは、人物を見分ける為に必要な一種のアイテムの様なもので、名前とは、その見分けたものを使用する為の、言わば名称に過ぎないと、ロイは思っていた。
 アイテムを使用するには、名称を憶えなければならないし、名称とアイテムが一致していなければ、うまく使いこなす事は出来ない訳で、ロイは自然に人の顔というものを憶える癖がついた。
 ハリーの顔を見たロイは、はっきりと思い出した。
 この人物を、何時何処で見かけたか。
 男の顔を見たのはほんの一瞬だったけれど、でもその時、自分は微かに疑問を抱き、そして覚えていたから。
 自分を欺き続けた人間の、その仲間なのだ。この目の前にいる男は…。
 エレベーターに乗り、地下二階のボタンを押す。最下階は、駐車場になっている。
 狭い箱の中には、二人の他に誰もいない。
 ロイはゆっくりと上着の内側に右手を差し込み、銃を抜いた。

「ロイ…?」

 向けられた銃口に戸惑い、ハリーはロイを見る。

「…よっぽど、運が無いのかな。」

 微かに笑んでいる、ロイの顔。

「なぜ?」

 安全装置の外れる音が、妙に大きく響いた。

「キミ自身が、一番良く知っているでしょう?」

 今ここで引き金を引けば、たぶんこの男は夢の中のアレックス同様、みるも無残な屍と成り果てるだろう。
 冷たく、物も言わず、動く事さえ無い、あのグッタリとした物体になってしまうのだ。
 不意に、エレベーターが止まった。地下駐車場に着いたのだ。
 ロイは、一瞬扉の方に気をとられた。
 そのスキをついて、ハリーはロイをつき飛ばし、エレベーターの外へ飛び出す。
 つき飛ばされて重心を失ったものの、身体が小さく身軽なロイは、即座に立ち直り後を追った。
 ぎっちりと止められた車の間をすり抜け、出口を求めてハリーは走った。
 なぜ自分の正体が見破られたのか、ハリーには解らない。まさか三年前の、あの一瞬の事をロイが覚えているなんて、夢にも思わなかった。
 いや、それどころか。
 確かに記憶の中に、アレックスが接触していた情報源がロイであった事は覚えていたが、あの遊園地での出来事などハリーは覚えていなかった。
 車の間をすり抜けるハリーを、ロイは撃ってこない。
 射撃に自信がないのか、それとも決して逃す訳がないと余裕があるのか…?
しかし、こんな所でやすやすと殺される訳にはいかない。
 自分にはまだ、やらなければならない事が山程ある。
 三年前のあの日から、密かに心の中で願っていたこの任務を、こんな形で無駄に終わらす訳にはいかないのだ。
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