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第一部:アレックス

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 不意に響いたテレフォンコールに、アレックスは思考を中断された。
 まるで自分の存在を主張するように鳴り続けるそれを、億劫そうに取り上げて耳に当てる。

「はい?」

 『アレックス?』
「ロイか? どうしたんだ?」

 『ちょっと…、話があるんだけど、出てこれる?』
ロイの声は奇妙にくぐもっていて、変に不安を掻き立てた。

「構わんよ。何処だ?」

 『七時に…、町外れの、廃工場』
「解った、七時だな」

 アレックスは復唱して、手帳に書き留めた。
 『どうしてそんな所に』とか、『なぜワザワザそんな時間に』などという疑問は、掻き立てられた不安が、霧のように立ちこめて、覆い隠されてしまう。
 『じゃあ、後で…』
そのまま、ひどく乱暴に受話器を置いたかのように途切れた通話。
 一体、なにがあったのだろう?
電話で時間まで指定してきたという事は、病気やケガで困ったという訳ではなさそうだけれど…?
アレックスは時計を見上げた。
 六時を、少し回っている。
 指定の廃工場までは、車で十五分程だ。
 アレックスは立ち上がると、出かける為に服を着替え始めた。




 ほとんど機械的に言葉を繋ぐと、ロイは電話を切った。
 そして受話器を両手で握りしめ、しばらく俯いたまま動かない。
 約束の場所に出かける気はなかった。
 アレックスがそこに行けば、待っているのはマコーミックの筈だ。
 ロイは膝を曲げて、電話にもたれかかった。
  マコーミックの言っていた『興味のある話』とは、一本のマイクロカセットテープだった。その中には、アレックスともう一人ハリーという名の男の声が録音されていた。

「アイツは、ポリ公なんだよ」

 マコーミックはロイの耳元に囁く。

「オマエは利用されてるだけさ。…解るだろ?」

 骨張った痩せた掌で、マコーミックはロイの太腿を撫でる。
 電話を盗聴したらしい、そのざらついた音声の会話は、マコーミックの言葉を証明していた。

「コイツをボスの所に持っていけば…、なぁ、どうなるか解るか?」
「どうなる?」
「俺は、信用を取り戻せる」

 左手を太腿に乗せたまま、マコーミックの右手はロイの腰に回された。

「なら、持っていけばいい」

 身体を離そうとしたロイを、マコーミックは強く抱き寄せた。

「アイツを紹介した、オマエさんの立場はどうなる?」
「別に、構いやしないよ。好きにすれば良い」
「強がるなよ。言っただろ、俺はオマエを高く買ってるって。なぁロイ、俺達で組織を手に入れようぜ。ボスのやり方じゃ、そのうちこのファミリーはダメになっちまう。オマエが思ってるより、俺はずっといい男だぜ、ロイ。悪いようにはしねェから…」

 ドアには、ロックがかかっている。
 仕切りで分けられた運転席には、ボディガードもかねた屈強な男がいたのを、車に乗り込む前に見ていた。
 ウィンドウは黒いサンシェードがついていて、多分防音も完全なのだろう。
 車内は、ロイとマコーミックの二人きりだった。

「アンタ、確か女房がいるんじゃなかったっけ?」

 体重をかけてきたマコーミックを、ロイは冷たい目で見つめた。

「オンナはいるぜ。…少しばかり金をやって、食わしてはいるが。それだけだ。女房じゃない」

 シャツの下に潜り込んでくる男の手が、ひどく不快だった。
 以前マコーミックが言った通り、ロイはモンテカルロにあらゆる教育をされていたから、本当を言えばこの場でマコーミックを払いのけ、一瞬のうちに息の根を止める事さえ可能ではあったけれど。
 でもロイは、あえてそれをしなかった。
 もう、なにもかもがどうでも良く感じてしまっていて、マコーミックをはねのける気力さえ湧かなかったから。

「ヤツを呼び出してくれよ、ロイ。…オマエさんの呼び出しなら、ヤツは絶対に怪しんだりしねェからな…」

 囁かれた言葉に、ロイは頷いていた。
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