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第一部:アレックス

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 アレックス・グレイスは、組織のボスであるモンテカルロ主催のパーティーにやって来た。
 彼の職業は刑事である。
 しかし表向きは『犯罪者』だった。今夜のパーティーで上手く組織の幹部に取り入って、モンテカルロの組織に潜入する。それが今夜ここにやってきた目的であり使命なのだ。
 スラリとした長躯を壁に預け、ここへやってくる前に覚えためぼしい人物を頭の中にピックアップしていると、自分に対する奇妙な視線を感じた。
 確かに自分はまだ余所者で、周りの目は敵意とまではいかないが、警戒を含んだ眼差しであったけれど、背中に感じているその視線は、そんな生やさしいものではなかった。
 アレックスは幹部達に挨拶をしながら、そっと会場内を見回してみる。
 しかし、視線の主はまるでからかうかのように気配を潜ませては、再びきつい眼差しをアレックスの背中に当ててきた。
 内心、焦り始めたアレックスが組織のナンバー2といわれるマコーミックという幹部に挨拶を済ませた時、その目とぶつかった。
 招待客と談笑しているモンテカルロは、脂ぎった自身とは対照的な、猫科の大型獣を思わせるしなやかな身体と抜け目のない瞳を持つ女性と、もう一人、幼い子供を連れている。
 視線は、その子供のものだった。
 その子供は、果たして男であるか女であるか、アレックスは一瞬判断を付けかねた。
 透けるように白い肌。宝石を思わせるペイルグリーンの瞳。薔薇の花弁のように赤く緩やかなラインを描く唇。そこに浮かぶ微笑みはあまりに完璧で、その人物が子供である事を忘れてしまいかねない。
 そう、招待客達をあしらう態度に、この仕事が長いアレックスでさえもが見惚れてしまう程。
 幼いけれど整った美貌も、ほっそりとした身体も、そしてやたらと伸ばした長い黒髪も、とても男性とは思えなかったけれど、でも彼はモンテカルロと同じ型のフォーマルスーツを大人顔負けに着こなしていた。ガラス玉のような瞳に、氷のような冷たい光を宿して。
 印象的な瞳だ…と思う。
 彼の態度や表情以上に、彼の瞳が、その子供でしかあり得ない筈の少年から〝子供らしさ〟を感じさせない。
 新緑を陽に透かしたような、本当にどこまでも澄んだ綺麗な瞳なのに、まるで『オマエの正体を見透かしてやる』とでもいいたげに、きつい眼差しを向けてくる。
 その瞳に射抜かれて、アレックスは蛇に睨まれた蛙の如く動けなかった。
 少年の背を、大きな石のついた指輪をこれみよがしに填めたモンテカルロの手が押す。
 彼の視線が外れた事で、アレックスはようやくその呪縛から逃れる事が出来たのだった。
 子供の視線が自分から外れると、アレックスは近くにいたバニーガールを一人捕まえて、その必要以上に露出させ、赤いラメ入りのレオタードで異様なまでに膨らませた胸の隙間に、一枚の紙幣をはさみ込んだ。

「ねえ、ボスの連れてるあの子、可愛いね」
「えっ?」

 モンテカルロが連れている女ほどではないが、やはり男好きのしそうなファニーフェイスのバニーガールは、高額のチップに口元を綻ばせると、アレックスに愛想のいい顔をしてみせる。

「アレはマリリンよ。最近のボスのお気に入りだから、ヘタに手なんか出したら殺されるわよ」
「違うよ。彼女じゃなくて、彼の方」
「なぁに、アナタ。あっちのヒトなの?」

 怪訝な顔をするバニーガールに、アレックスは肩を竦めた。

「どうして全部そっちの話題になっちゃうのかな? 少し早く出世をしたい、出遅れた男の焦りなんだけど?」
「あぁ」

 彼女は大きく頷いた。

「そういう事なの」
「そういう事さ」

 ふうんと答えて、彼女は改めて少年の方に目線を送り、もう一度大きく頷いてみせる。

「確かに、目の付け所は悪くないと思うケド…」
「なんか、ひっかかる言い方をするね」
「だって、あの子は誰にも懐かないもの」
「誰も声をかけないのかい?」
「違うわ。…みんな、子供だから簡単に懐柔できるとでも思ってるのかしら。大体最初はあの子に近付くのよ。でも、あたしだったら絶対止めとくわ。それならまだ、マリリンに声をかける方がマシよ」
「酷い言われようだね。でも、どうして?」
「アナタ、あの子の目を見てないの? スゴク冷たい、まるでヘビみたいな目をしてるのよ? あたし、あの子の顔キライ。ヘンに愛想が良くて、表情のない目をしてるからコワイのよ」

 ゾッとしたような表情の彼女に、アレックスは笑みを向けた。

「ありがとう、なかなか為になる話だったよ」
「やだ、アナタ。まだあの子に声をかけるつもりなの?」
「かけるも何も、あっちが熱烈な視線を送ってくれているからねェ。声をかけなきゃ失礼だろ?」

 アレックスの態度に、彼女は呆れ果てたような顔をしてみせる。

「ねェ、止した方がいいわよ。あたし、あんまり親しいワケじゃないけど、なんならマリリンに口きいてあげるから…」
「ご忠告、ありがとう」

 ニッと笑って、アレックスはバニーガールから離れていった。
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