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第25話
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中師氏のオフィスを後にした俺は、そのまま真っ直ぐ自宅のマンションに戻った。
マンションの入り口に設置されているメッセージボックスの、俺の部屋の箱から何か長細い物が突き出している事に気付き、あまり考えもせずに手にとってエレベーターに乗る。
中師氏に解き明かして貰った多聞氏のカラクリは、確かに衝撃的な内容ではあったけれど。
しかし考えてみれば、彼の行動は俺より一枚上手の俺だっただけなのだ。
俺は柊一を手に入れたいと思った。
多聞氏は椿を手に入れたいと思った。
その過程も結果も、今になってみれば俺には解りすぎるほど解る。
多聞氏は俺に、椿と自分は幼馴染みなのだ…と言った。
俺が柊一に寄せる執着や一方的な感情と同じモノを、多聞氏が椿に持っているとしたら?
俺が多聞氏だったら、やっぱりなんとしても椿を手に入れたいと思うだろう。
そして多聞氏はそれを行動に移し、思惑通りに椿を手中に収めたのだ。
一方、多聞氏を利用するつもりで出し抜かれた俺は、半ばパニック状態で途方に暮れている。
事ここに至って、俺はようやく自分の莫迦さを思い知らされていた。
確かに中師氏の言う通り、俺が素知らぬ顔で椿の代わりになる事も出来る。
そういう意味では、多聞氏はもしかしたら俺に対して多少なりとも親近感のようなモノを抱いていて、椿と柊一を分け合う(と表現するのも妙なのだが)仲間として認めていたのかもしれないが。
しかし、俺は椿を失った時の柊一の動揺なんて、全く予想もしていなかった。
解放された柊一は、それを歓迎こそすれ、中師氏に椿との面会を掛け合いに来るなんて想像もしていなかったし、中師氏に指摘されるまで、俺は柊一が椿を「唯一の肉親」として執着している事に気付いていなかったのだ。
多聞氏がどれほどの好意と恋慕を持っていたとしても、多聞氏のやっている事は「慰み物にする為に監禁した」と糾弾されるべき行動だ。
椿を「双子の弟」と認め、唯一残っている肉親…と柊一が認識している場合。
弟が監禁され弄ばれていると知ったら、柊一は憤るだろう。
ましてや、俺がその片棒を担いでいると知れば、その怒りや憎しみは俺にも向けられる事になる。
つい昨日まで、俺は自分が柊一に抱いている感情は、独占欲だと思っていた。
もし、本当に俺の持っている感情が独占欲だけだったとしたら、今の状況にこれほど狼狽えたりはしない。
全く、呆れる程の底抜けのバカだ、俺は。
今更、自分が「柊一に好意を抱いて貰いたい」なんて思っている事を、自覚するとは………。
玄関にノックの音がした。
扉を開くと、そこには柊一が立っている。
「どうしたんですか?」
柊一が来る事は、なんとなく予想していたので、俺は内心の動揺を隠して冷静を装った。
「ハルカ………俺、もうどうしたらいいか解らなくて……」
部屋の中に招き入れると、柊一は疲れ果てたような様子で勧めたソファに腰を降ろす。
「一体、どうしたんですか?」
「よく…解らないんだ。…以前にも、急に椿が強制的に入院させられた事はあったんだけど。でも、今回はあの時となんか違って…面会もさせてくれないし。それで、中師サンに訊きに行ったら、しばらくは俺が表立って動けって……」
俺はキッチンに行ってハチミツをたっぷり入れたワインをレンジで温めて、それを柊一に出してやった。
「前の時は、すんなり面会させて貰えたんですか?」
「中毒症状が抜けるまでは錯乱状態で、全く話になんてならなかったけど。でも、強制入院させられた時にビックリして病院に駆けつけたら、扉越しだったけど椿の様子は見せて貰えたんだ。…でも今回は入院先も良く解らない状態で……」
「多聞サンの所じゃないんですか?」
「そうらしいんだけど、レンの病院に連絡したらそんな患者はいないって言われて。レンは、会ってもなんだか様子がおかしくて……」
「おかしいとは?」
「う…ん……。俺は椿の主治医だから…って言うんだ。…だから、俺とは無関係だから……って」
「椿サンが入院してるかどうかについては、なんにも言わなかったんですか?」
「俺は椿の主治医だから、患者の情報は守る義務がある…とか言ってて……」
ジイッと……まるで縋り付くみたいな目で俺を見る柊一に、ミゾオチの辺りがキューッと締め付けられるような気分になる。
昨日までの俺だったらば、このままこのヒトを欺いて優しく接する事に、なんの躊躇もなかっただろう。
そうしてしまう方が、よほどこのヒトを傷つけずに手中に収める事が出来る事も解っている。
しかし、今の俺は装った冷静さとは裏腹に、後ろめたさに狼狽えきっていた。
「お話は解りましたけど………」
自分でもビックリするほど落ち着き払った声で答えた俺に、柊一は怪訝な表情を向ける。
「それを、どうして俺に話そうと思ったんですか?」
「……どうして……って、………他に、もう思いつかなかったんだ。……俺は、椿の代わりをしているから、懇意にしているように見えても、俺を俺だと知ってて付き合ってる人間なんて、中師サンの他はレンとハルカだけだったし………」
「だって俺、柊一サンを恐喝して、無理矢理セックスをねだってるような男ですよ?」
そこを指摘されて、柊一は困惑した顔になる。
何回か何かを言おうと口を開き掛けては、戸惑った顔で口を噤む事を繰り返し。
最後に柊一は、黙って俯いてしまった。
「別に、相談事を持ち込まれるのは一向に構わないんですけど」
俺の一言に、柊一は微かな期待を込めた目で顔を上げた。
「それにしても柊一サン、俺しか相談相手が居ないなんて……本当にツイてないヒトだな、アンタ」
奇妙な言い回しに、柊一は再び戸惑った顔になる。
俺は、飲みかけのマグを柊一の手から取り上げると、そのまま手を掴んで身体をこちらに引き寄せた。
「ハルカ?」
「解ってないなぁ、柊一サン。…俺、言ったじゃないですか? 椿サンから柊一サンを取り上げたいって」
「………えっ?」
「ちょっと考えれば、解るでしょう? 多聞サンは俺に鼻薬嗅がされて、共犯者になってるんですよ。椿サンはもう二度と、社会生活に復帰出来ないンです」
「な………んだってっ?」
愕然とした柊一の顔を見つめて、俺は自分の恋慕が悲鳴を上げて引き裂かれていくような気分に襲われていた。
けれど、もし今ここで俺が「全ては多聞氏の策略で、俺はハメられただけなんです」と訴える事に、なんの意味もない。
既に椿は多聞氏の虜になっていて、柊一にとって俺は最初から「恐喝者」だった。
俺がココで、今更許しを請うのなんて、それはあまりに自分勝手すぎるだろう。
本当に俺が柊一に詫びるとしたら、己の感情を殺して、柊一の怒りの矛先を甘んじて受ける事だと思うから。
俺は悪者に徹した冷たい笑みを浮かべて、ジッと柊一を見つめ返した。
「アナタは、もう俺のモノなんですよ。…ずうっと影武者やってきたアナタには、相談相手が俺しかいないんでしょう? そして唯一アナタを俺から解放出来る椿サンは、多聞サンの病院に監禁されちゃった。多聞サンはずうっと、椿サンの覚醒剤使用を心配していたし、病院から外に出たら直ぐにまたクスリに手を出す事を知っていますからね。友達に親身な多聞サンは、俺がこの話を持ちかけた時に即座に同意してくれましたよ?」
優しく微笑むと、柊一は予想通りに俺の顔を睨みつけてくる。
「この……ひとでなし!」
「じゃあ、そのひとでなしに抱かれて、抵抗しないアナタは何になるの?」
無理矢理引き寄せて口唇を重ね合わせ、ベルトを外してジッパーを引き下ろす。
柊一は、今までの様に黙ってそれを受け入れはしなかった。
必死に抵抗する柊一の手を掴み、俺は柊一の顔を真っ正面から覗き込む。
「それじゃあ、ここから飛び出して、警察にでも行く? でもそうなったら一大スキャンダルだよね? 椿サンはヤク中で、オマケに公演は時々別人が演っていた…なんてさ。東雲柊一を支持しているオーディエンスは、どんなにショックかなぁ?」
俺の台詞に、柊一は凍り付いたような顔で俺を凝視した。
中師氏は柊一を「寂しがりの甘えん坊」と指摘したが、柊一が椿を完全に拒絶しなかった理由はそれだけじゃない。
確かに唯一の肉親であり、双子の弟である椿に対して、柊一が執着していたのも確かだし、それらを捨ててしまう事が柊一には出来なかったのも事実だが。
しかし、柊一は頑固で石頭で責任感の強い長男気質を持っている。
柊一が俺に言った「自分だけ逃げる事は出来ない」という台詞は、すなわち東雲柊一というミュージシャンに対して、夢を抱いている人々を裏切れない…という、一種の義務感なのだ。
椿が無責任に集めてしまった衆目など、己には関係ないとばかりに手放してしまえば楽になれるのに。
柊一にはそれが出来ないのだ。
「それにさ、それほど悪いコトでも無いと思うけど? 椿サンは、このまま放っておけば確実に身体を壊すし、椿サンにそのつもりが無くてもちょっとした事故でアナタは命を失うかもしれない。でも、今はどっちの心配もいらないよね?」
俺の問い掛けに、柊一はなにも言い返せない。
結局、諦めたように抵抗する腕の力が抜けた。
それを許諾と受け止めて、俺は柊一に深い口づけを与える。
「……ふ…………ぅ……」
「今日はローションが無いから、よくほぐしてからじゃないとアナタを傷つけちゃうからね」
ソファに俯せにして、尻を高く持ち上げさせた姿勢のまま、双丘を割って蕾に舌を這わせる。
指で執拗なまでに馴染ませて、蕾を押し開く。
わざと焦らして追い上げて、優しい愛撫だけを繰り返す。
張りつめた熱に、柊一は悩ましげに身を捩らせた。
身体を仰向けに返して、俺は柊一の顔を覗き込む。
「泣いてる顔、スッゴク可愛い。ホントは自分からねだって欲しいケド……、でも大丈夫。挿れてってねだって……なんて、言わないから」
膝の上に抱き上げて、俺の上に跨らせる。
「椿サンに、そーいうプレイ散々やられてるんでしょう? 俺は嫌われたくないから、柊一サンがそういう欲しそうな顔したら、挿れてあげる。……柊一サンの口がウソつきなのも知ってるから、一番気持ちイイ事をしてあげるね?」
「ひ…………う……んっ!」
貫かれて、柊一は悲鳴じみた声を上げたけれど。
必死になって口を塞ぎ、声を殺している。
「大丈夫だよ。俺のマンション、柊一サン所ほど壁が薄くないからね。もっと声上げても、隣に聞こえないから。……泣きわめいても、誰も来ないよ」
暗に助けも来ないと含めた俺に、柊一は絶望的な顔で俺を見る。
ギュウッと握られた拳が、俺のシャツを掴んで。
痛みも悔しさも悲しみもないまぜになった顔で、柊一は泣き出した。
しゃくりを上げる柊一の押し殺した声が、愛おしい。
体内を抉るように腰を振り立て、絶望に泣きながらも他に縋る物が無い手が俺のシャツを握りしめている様子に心が昏く満たされていくのを感じる。
同時に、自身の罪深さに俺の方が泣き出したいような気分にもなった。
「………ハル……カァ……っ!」
「イキたいの? …いいよ、ここでブチまけちゃって。アナタので、俺のコト汚してよ………」
俺の言葉なんて、もうちゃんと理解なんてしちゃいないだろう。
追い詰められた柊一は、身体を戦慄かせて吐精した。
力が抜け、俺の腕の中に細い身体が崩れ落ちる。
望んで手に入れたその身体は、震えるほど愛しくて。
しかし同時に、この身体を抱く事で俺の良心は悲痛な悲鳴を上げている。
それでも、俺はその悲鳴を黙殺した。
全てのエゴイズムを刺激するような、加護欲と嗜虐心をたまらなくそそるヒトだと思ったあの時から。
俺はこのヒトをどうしても手に入れたいと願った。
この結果は、俺自身が招いた。
ならば、俺自身が責任を負わねばならない。
テーブルの上に投げ出されている箱にふと目が行って、それがなんであるかを不意に思い出した。
俺は腕に柊一を抱えたまま、その箱を手にとって封を切る。
厳重に梱包されている包みを乱暴に開け、最後に出てきた洒落た箱の蓋をひらくと、中には銀色の高価なアクセサリーが入っていた。
それをつまみだし、俺は柊一の首にそのアクセサリーを巻き付ける。
「コレは、バースデープレゼントじゃないよ。今日からアンタが俺の所用物だって証の代わりだから、ね」
「俺は、オマエに所有なんかされない…」
「どっちだっていいよ。だって逃げられないなら、同じでしょ?」
ニイッと笑いかけると、柊一は一瞬ギッと俺を睨みつけたが。
それも一瞬の事で、直ぐにもふいっと目を逸らしたのだった。
*メビウスのトンネル:おわり*
First update:2007.11.
マンションの入り口に設置されているメッセージボックスの、俺の部屋の箱から何か長細い物が突き出している事に気付き、あまり考えもせずに手にとってエレベーターに乗る。
中師氏に解き明かして貰った多聞氏のカラクリは、確かに衝撃的な内容ではあったけれど。
しかし考えてみれば、彼の行動は俺より一枚上手の俺だっただけなのだ。
俺は柊一を手に入れたいと思った。
多聞氏は椿を手に入れたいと思った。
その過程も結果も、今になってみれば俺には解りすぎるほど解る。
多聞氏は俺に、椿と自分は幼馴染みなのだ…と言った。
俺が柊一に寄せる執着や一方的な感情と同じモノを、多聞氏が椿に持っているとしたら?
俺が多聞氏だったら、やっぱりなんとしても椿を手に入れたいと思うだろう。
そして多聞氏はそれを行動に移し、思惑通りに椿を手中に収めたのだ。
一方、多聞氏を利用するつもりで出し抜かれた俺は、半ばパニック状態で途方に暮れている。
事ここに至って、俺はようやく自分の莫迦さを思い知らされていた。
確かに中師氏の言う通り、俺が素知らぬ顔で椿の代わりになる事も出来る。
そういう意味では、多聞氏はもしかしたら俺に対して多少なりとも親近感のようなモノを抱いていて、椿と柊一を分け合う(と表現するのも妙なのだが)仲間として認めていたのかもしれないが。
しかし、俺は椿を失った時の柊一の動揺なんて、全く予想もしていなかった。
解放された柊一は、それを歓迎こそすれ、中師氏に椿との面会を掛け合いに来るなんて想像もしていなかったし、中師氏に指摘されるまで、俺は柊一が椿を「唯一の肉親」として執着している事に気付いていなかったのだ。
多聞氏がどれほどの好意と恋慕を持っていたとしても、多聞氏のやっている事は「慰み物にする為に監禁した」と糾弾されるべき行動だ。
椿を「双子の弟」と認め、唯一残っている肉親…と柊一が認識している場合。
弟が監禁され弄ばれていると知ったら、柊一は憤るだろう。
ましてや、俺がその片棒を担いでいると知れば、その怒りや憎しみは俺にも向けられる事になる。
つい昨日まで、俺は自分が柊一に抱いている感情は、独占欲だと思っていた。
もし、本当に俺の持っている感情が独占欲だけだったとしたら、今の状況にこれほど狼狽えたりはしない。
全く、呆れる程の底抜けのバカだ、俺は。
今更、自分が「柊一に好意を抱いて貰いたい」なんて思っている事を、自覚するとは………。
玄関にノックの音がした。
扉を開くと、そこには柊一が立っている。
「どうしたんですか?」
柊一が来る事は、なんとなく予想していたので、俺は内心の動揺を隠して冷静を装った。
「ハルカ………俺、もうどうしたらいいか解らなくて……」
部屋の中に招き入れると、柊一は疲れ果てたような様子で勧めたソファに腰を降ろす。
「一体、どうしたんですか?」
「よく…解らないんだ。…以前にも、急に椿が強制的に入院させられた事はあったんだけど。でも、今回はあの時となんか違って…面会もさせてくれないし。それで、中師サンに訊きに行ったら、しばらくは俺が表立って動けって……」
俺はキッチンに行ってハチミツをたっぷり入れたワインをレンジで温めて、それを柊一に出してやった。
「前の時は、すんなり面会させて貰えたんですか?」
「中毒症状が抜けるまでは錯乱状態で、全く話になんてならなかったけど。でも、強制入院させられた時にビックリして病院に駆けつけたら、扉越しだったけど椿の様子は見せて貰えたんだ。…でも今回は入院先も良く解らない状態で……」
「多聞サンの所じゃないんですか?」
「そうらしいんだけど、レンの病院に連絡したらそんな患者はいないって言われて。レンは、会ってもなんだか様子がおかしくて……」
「おかしいとは?」
「う…ん……。俺は椿の主治医だから…って言うんだ。…だから、俺とは無関係だから……って」
「椿サンが入院してるかどうかについては、なんにも言わなかったんですか?」
「俺は椿の主治医だから、患者の情報は守る義務がある…とか言ってて……」
ジイッと……まるで縋り付くみたいな目で俺を見る柊一に、ミゾオチの辺りがキューッと締め付けられるような気分になる。
昨日までの俺だったらば、このままこのヒトを欺いて優しく接する事に、なんの躊躇もなかっただろう。
そうしてしまう方が、よほどこのヒトを傷つけずに手中に収める事が出来る事も解っている。
しかし、今の俺は装った冷静さとは裏腹に、後ろめたさに狼狽えきっていた。
「お話は解りましたけど………」
自分でもビックリするほど落ち着き払った声で答えた俺に、柊一は怪訝な表情を向ける。
「それを、どうして俺に話そうと思ったんですか?」
「……どうして……って、………他に、もう思いつかなかったんだ。……俺は、椿の代わりをしているから、懇意にしているように見えても、俺を俺だと知ってて付き合ってる人間なんて、中師サンの他はレンとハルカだけだったし………」
「だって俺、柊一サンを恐喝して、無理矢理セックスをねだってるような男ですよ?」
そこを指摘されて、柊一は困惑した顔になる。
何回か何かを言おうと口を開き掛けては、戸惑った顔で口を噤む事を繰り返し。
最後に柊一は、黙って俯いてしまった。
「別に、相談事を持ち込まれるのは一向に構わないんですけど」
俺の一言に、柊一は微かな期待を込めた目で顔を上げた。
「それにしても柊一サン、俺しか相談相手が居ないなんて……本当にツイてないヒトだな、アンタ」
奇妙な言い回しに、柊一は再び戸惑った顔になる。
俺は、飲みかけのマグを柊一の手から取り上げると、そのまま手を掴んで身体をこちらに引き寄せた。
「ハルカ?」
「解ってないなぁ、柊一サン。…俺、言ったじゃないですか? 椿サンから柊一サンを取り上げたいって」
「………えっ?」
「ちょっと考えれば、解るでしょう? 多聞サンは俺に鼻薬嗅がされて、共犯者になってるんですよ。椿サンはもう二度と、社会生活に復帰出来ないンです」
「な………んだってっ?」
愕然とした柊一の顔を見つめて、俺は自分の恋慕が悲鳴を上げて引き裂かれていくような気分に襲われていた。
けれど、もし今ここで俺が「全ては多聞氏の策略で、俺はハメられただけなんです」と訴える事に、なんの意味もない。
既に椿は多聞氏の虜になっていて、柊一にとって俺は最初から「恐喝者」だった。
俺がココで、今更許しを請うのなんて、それはあまりに自分勝手すぎるだろう。
本当に俺が柊一に詫びるとしたら、己の感情を殺して、柊一の怒りの矛先を甘んじて受ける事だと思うから。
俺は悪者に徹した冷たい笑みを浮かべて、ジッと柊一を見つめ返した。
「アナタは、もう俺のモノなんですよ。…ずうっと影武者やってきたアナタには、相談相手が俺しかいないんでしょう? そして唯一アナタを俺から解放出来る椿サンは、多聞サンの病院に監禁されちゃった。多聞サンはずうっと、椿サンの覚醒剤使用を心配していたし、病院から外に出たら直ぐにまたクスリに手を出す事を知っていますからね。友達に親身な多聞サンは、俺がこの話を持ちかけた時に即座に同意してくれましたよ?」
優しく微笑むと、柊一は予想通りに俺の顔を睨みつけてくる。
「この……ひとでなし!」
「じゃあ、そのひとでなしに抱かれて、抵抗しないアナタは何になるの?」
無理矢理引き寄せて口唇を重ね合わせ、ベルトを外してジッパーを引き下ろす。
柊一は、今までの様に黙ってそれを受け入れはしなかった。
必死に抵抗する柊一の手を掴み、俺は柊一の顔を真っ正面から覗き込む。
「それじゃあ、ここから飛び出して、警察にでも行く? でもそうなったら一大スキャンダルだよね? 椿サンはヤク中で、オマケに公演は時々別人が演っていた…なんてさ。東雲柊一を支持しているオーディエンスは、どんなにショックかなぁ?」
俺の台詞に、柊一は凍り付いたような顔で俺を凝視した。
中師氏は柊一を「寂しがりの甘えん坊」と指摘したが、柊一が椿を完全に拒絶しなかった理由はそれだけじゃない。
確かに唯一の肉親であり、双子の弟である椿に対して、柊一が執着していたのも確かだし、それらを捨ててしまう事が柊一には出来なかったのも事実だが。
しかし、柊一は頑固で石頭で責任感の強い長男気質を持っている。
柊一が俺に言った「自分だけ逃げる事は出来ない」という台詞は、すなわち東雲柊一というミュージシャンに対して、夢を抱いている人々を裏切れない…という、一種の義務感なのだ。
椿が無責任に集めてしまった衆目など、己には関係ないとばかりに手放してしまえば楽になれるのに。
柊一にはそれが出来ないのだ。
「それにさ、それほど悪いコトでも無いと思うけど? 椿サンは、このまま放っておけば確実に身体を壊すし、椿サンにそのつもりが無くてもちょっとした事故でアナタは命を失うかもしれない。でも、今はどっちの心配もいらないよね?」
俺の問い掛けに、柊一はなにも言い返せない。
結局、諦めたように抵抗する腕の力が抜けた。
それを許諾と受け止めて、俺は柊一に深い口づけを与える。
「……ふ…………ぅ……」
「今日はローションが無いから、よくほぐしてからじゃないとアナタを傷つけちゃうからね」
ソファに俯せにして、尻を高く持ち上げさせた姿勢のまま、双丘を割って蕾に舌を這わせる。
指で執拗なまでに馴染ませて、蕾を押し開く。
わざと焦らして追い上げて、優しい愛撫だけを繰り返す。
張りつめた熱に、柊一は悩ましげに身を捩らせた。
身体を仰向けに返して、俺は柊一の顔を覗き込む。
「泣いてる顔、スッゴク可愛い。ホントは自分からねだって欲しいケド……、でも大丈夫。挿れてってねだって……なんて、言わないから」
膝の上に抱き上げて、俺の上に跨らせる。
「椿サンに、そーいうプレイ散々やられてるんでしょう? 俺は嫌われたくないから、柊一サンがそういう欲しそうな顔したら、挿れてあげる。……柊一サンの口がウソつきなのも知ってるから、一番気持ちイイ事をしてあげるね?」
「ひ…………う……んっ!」
貫かれて、柊一は悲鳴じみた声を上げたけれど。
必死になって口を塞ぎ、声を殺している。
「大丈夫だよ。俺のマンション、柊一サン所ほど壁が薄くないからね。もっと声上げても、隣に聞こえないから。……泣きわめいても、誰も来ないよ」
暗に助けも来ないと含めた俺に、柊一は絶望的な顔で俺を見る。
ギュウッと握られた拳が、俺のシャツを掴んで。
痛みも悔しさも悲しみもないまぜになった顔で、柊一は泣き出した。
しゃくりを上げる柊一の押し殺した声が、愛おしい。
体内を抉るように腰を振り立て、絶望に泣きながらも他に縋る物が無い手が俺のシャツを握りしめている様子に心が昏く満たされていくのを感じる。
同時に、自身の罪深さに俺の方が泣き出したいような気分にもなった。
「………ハル……カァ……っ!」
「イキたいの? …いいよ、ここでブチまけちゃって。アナタので、俺のコト汚してよ………」
俺の言葉なんて、もうちゃんと理解なんてしちゃいないだろう。
追い詰められた柊一は、身体を戦慄かせて吐精した。
力が抜け、俺の腕の中に細い身体が崩れ落ちる。
望んで手に入れたその身体は、震えるほど愛しくて。
しかし同時に、この身体を抱く事で俺の良心は悲痛な悲鳴を上げている。
それでも、俺はその悲鳴を黙殺した。
全てのエゴイズムを刺激するような、加護欲と嗜虐心をたまらなくそそるヒトだと思ったあの時から。
俺はこのヒトをどうしても手に入れたいと願った。
この結果は、俺自身が招いた。
ならば、俺自身が責任を負わねばならない。
テーブルの上に投げ出されている箱にふと目が行って、それがなんであるかを不意に思い出した。
俺は腕に柊一を抱えたまま、その箱を手にとって封を切る。
厳重に梱包されている包みを乱暴に開け、最後に出てきた洒落た箱の蓋をひらくと、中には銀色の高価なアクセサリーが入っていた。
それをつまみだし、俺は柊一の首にそのアクセサリーを巻き付ける。
「コレは、バースデープレゼントじゃないよ。今日からアンタが俺の所用物だって証の代わりだから、ね」
「俺は、オマエに所有なんかされない…」
「どっちだっていいよ。だって逃げられないなら、同じでしょ?」
ニイッと笑いかけると、柊一は一瞬ギッと俺を睨みつけたが。
それも一瞬の事で、直ぐにもふいっと目を逸らしたのだった。
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