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最終話

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 多聞が目を覚ましたのは、見慣れぬ白い部屋の中だった。
 清潔な白衣を着た女性と、心配そうに自分を覗き込む見覚えのある人の顔。

「あ…れ? 北沢クン?」
「大丈夫か、多聞君。ああ良かった、ボクが判るみたいだ。東雲君、多聞君が意識を取り戻したよ」

 心底安堵したように破顔した北沢は、顔を上げるとなにやら後ろを向いて誰かに話しかけている。
 多聞がその視線を追うと、隣のベッドには柊一が横たわっていた。

「シノさん…ッ? …あ…北沢クン、俺達…」
「ああ、うん。大体の事情は東雲君から聞いたよ。多聞君、大活躍だったねェ。少し容態が安定したら、警察の方から事情聴取に来るって言っていたけど、今はとりあえず何も考えないで養生してくれ。ちゃんと事務所の方で弁護士を立てるし、コレはどう考えたって正当防衛が成り立つ筈だからね」
「大活躍…?」
「北沢サン、多聞はまだ目ェ覚めたばっかで混乱してるし、状況は俺が解ってるから今日はこの辺にしてやってよ」
「あ、ああ、それもそうだね。みんなにも君達の無事を伝えなきゃならないし、それじゃあ、ボクはコレで一度引き揚げるよ。明日になったらまた来るから」

 ひたすら訳が判らない多聞が何かを訊ねる前に柊一が応対してしまい、北沢はそのまま部屋から出ていってしまった。

「…シノさん…どういう事?」

 扉が閉まると同時に、多聞は柊一に振り返る。

「…階段からコケ落ちた時に打ち所が悪くて、死ンじまったんだよ」
「ええっ! 俺ってば死んでるのっ?」

 多聞の返事に、柊一は心底ガッカリした。

「なんで死んでるオマエが俺と会話してるんだよっ! 死んだのはあのイッちゃてたカンチガイ野郎だっつーのっ!」
「え…? えええっ?!」

 多聞は、しばらく驚きで声も出ない。

「じゃあ、じゃあ俺、殺人犯ッ?」
「北沢サンが言ってたろ、弁護士立てて正当防衛を立証するって。別に問題ねェよ」
「でも…でも俺…、シノさんの事を監禁したし、それに、…それにゴーカンだって…」

 狼狽える多聞に、柊一は酷く意味ありげな笑みをニイッと浮かべてみせる。

「オマエなぁ、この俺が主犯でそんなつまんねェポカをカマすと思うか? オマエは俺と共犯なんだから、オマエのウソがバレたら俺のウソだって露呈しちまうだろうが」
「へっ?」

 上思議そうな顔をする多聞に、柊一は身体を起こすとベッドを降りて多聞の側へと歩み寄った。

「シノさん…足が…」
「ありがたい事に、折れてなかったよ。もっとも、散々医者にヒネリ回されて、ヒデェ目にあったけどな」

 忌々しげにギブスで固定された自分の足に目線を落としてから、柊一は再び多聞に目線をあてる。

「どっちにしろ、そうするつもりだったけどな。あのカンチガイ野郎が死ンじまって何も反論できなくなったから、全部の都合をアイツにつけてもらったよ。裸にひん剥かれて、散々人のコト撫で回しやがったんだから、それぐらいの代償は支払って貰わないとなぁ」
「それって、つまり…」
「俺を監禁してたのは、オマエじゃなくてあのカンチガイ野郎。あのログハウスは俺とオマエの秘密の隠れ場所で、オマエを捜しに行った俺はあそこでアイツに監禁されてたの。アイツはあそこがオマエも知ってるって事は知らなかったらしくて、都合良く俺を監禁したらしい…って言っといた」
「そ、それで?」
「俺の失踪&死亡事故の話を聞いて意気消沈したオマエは、あのログハウスに傷心を慰める為に帰ってきたところで、あそこを監禁場所に利用していたアイツとかち合った……つーワケだ」
「シノさんって、スゲェ姑息!」

 感嘆の声と賛美の表情でロクな事を言わない多聞の頭を、柊一は軽く叩いた。

「褒めてねェゾ」
「うん、でもスゲェ嬉しい。シノさんが、俺を庇ってくれるなんて思ってなかった」

 あの、大型犬を思わせる目で自分を見上げてくる多聞に、柊一はほんの少し気を悪くしたような顔を向けてみせる。
 あの男に触れられた時の嫌悪感が、自分の中の多聞に対する許容心を自覚させた。
 だから、どんなに呆れる事があったとしても、この男とはそれなりにやっていけるという確信を持ってしまったから。
 自分も気持ちのどこかで、多聞に対し少なからぬ好意を抱いているのだという事を、柊一は気付いてしまったから。
 でもたぶん、この天然無神経に、そんな柊一の気持ちなど決して察してはもらえないのだろう。
 しかし、だからといって自分からこの男にそれを伝えてしまうのはなんとも癪に障る。
 柊一は、おもむろに身体を屈めると、多聞の口唇に自分のそれを押しつけた。

「シノさんッ?!」
「最初の監禁の件と、今度の医者の件、合わせてオマエには一生ドレイにでもなってもらわなきゃ、俺は割りがあわねェって思ってるんだからな。覚悟しとけよ」

 ビシッと人差し指を鼻先に突きつけられて、多聞はポカンとした顔をしている。

「それって、これからもシノさんは俺と一緒にいてくれるってコト?」
「オマエが最初に言ったんだろ、俺達は共犯者だって」
「共犯者…?」

 しばらく柊一の顔を見つめた後、多聞はようやく自分がログハウスのカギを渡した時の言葉を思い出した。

「そうだね。俺達、共犯だモンね」

 二人は、目を見合わせてさもおかしそうに笑った。



*Komplize:おわり*

Komplize(ドイツ語):共犯者
First update:06.03.19.
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