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第15話

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「なんだよ~、俺だって腹減ってるのに~」
「誰の所為で昼飯食い損ねたと思ってんだよっ! 大体、飯炊きはオマエの管轄だろうがっ!」

 ちょっとだけ拗ねた顔をして見せたが、柊一が調理の出来ない理由をわきまえている多聞は、それ以上は何も言わずにおとなしくキッチンに向かう。

「カルボナーラでいい?」
「もっと、手間かからねェ簡単なのでイイよ」
「手間なんて掛からないよ~、スパゲティ茹でるだけで、後は缶詰のソースで仕上げるから」

 仕切りの向こうで、多聞は早速お湯を沸かし始めたようだった。
 多聞の意識が完全に逸れた事を確認して、柊一は再び玄関へと目線を移す。
 ただの取り越し苦労なら、それに越した事はないのだが…。

「ねェ、シノさん~、ちょっと悪いけど~」
「なんだよ?」

 思考を中断させられて、柊一は億劫そうに立ち上がるとキッチンに向かう。

「俺の携帯にメール着信したんだけど、見て」
「んなモン、手が離れたら自分で見りゃーいいだろう」

 湯気の上がる鍋を運ぶ多聞は、柊一の苦情にニィッと笑った。

「だって、せっかくシノさんと居るんだモン。側にいて欲しいし」
「なんだそりゃ?」

 仕方なく、柊一はそこに置いてある多聞の携帯を取り上げ、メールを開く。

「北沢サンからだ。…なんか、連絡よこせって書いてあるぜ?」
「ええ~、傷心の俺にそんなご無体な…。なんだろう?」
「さぁな。でも俺が死んだつーコトになってるのに、オマエに呼び出しがかかるってコトは、それ関係のネタかもな」

 茹であがったスパゲティを皿に盛り、多聞は手早く仕上げを済ませ柊一の手から携帯を受け取ると、おもむろにマネージャーに連絡を入れ始めた。
 柊一は黙って盛りつけの済んだ皿を手に取り、居間へと引き返す。
 ソファに座って、柊一が悠々と食事を始めてしばらくすると、多聞が慌てた様子でこちらへやってきた。

「シノさん、なんか変だよ?」
「なにが?」
「それが…、北沢クンが『脅迫状が来た』って言うんだ」
「はぁ?」

 思わず食事の手を止めて顔を上げた柊一に、多聞もなにやら困惑気味の顔を向ける。

「シノさんのコトを誘拐して監禁してあるから、身代金を払えって言ってきたヤツがいるって。言うんだよ」
「マスコミにはまだ、俺が死んだつー話は流してないんだろ? 俺の失踪を利用した、ただの便乗愉快犯じゃねェの?」
「俺もそう思うんだけど、でも北沢クンに『シノさんは此処にいるから、そんなのはウソです』とは言えないぢゃん。一応、ただの愉快犯なんじゃないのって、俺も言ったんだけど…」
「でも、オマエにまでわざわざその連絡をしてきたって事は、事務所の方ではその話に信憑性を感じてて、少なくとも俺がまだ生きている可能性があるってオマエに言いたかったからなんだろうな」

 柊一の言葉に、多聞は強く頷いてみせる。

「そーなんだよ。北沢クンも脅迫の内容とかそーいう話はほとんどしなくって、シノさんが生きて帰ってくる可能性があるから、あまり気を落とさないでって、そればっかり言っててさぁ」
「まぁ、北沢サンならそうくるだろうな。つーか、ヘタすっと事務所の方からは口止めされてるのに、オマエにだけ連絡してきたのかもしんねェし」

 マネージャーの気遣いに、柊一は思わず苦い笑みを浮かべる。
 だが、例えそうだとしても、やはり北沢自身に確信がなければ多聞に連絡をいれる様な事をする筈がない。
 もし本当にそれがただの便乗犯で、柊一が死亡していた場合、多聞の精神的ショックは最初の比ではなくなる事など、あの北沢が判らぬ筈がないのだから。

「でも…一体誰がそんな脅迫してんだろ。まさか、シノさんが北沢さんをからかう為に…?」
「オマエねェ…、怒るよ?」

 冗談混じりの多聞に、柊一もまた口元に笑みを浮かべて答えたが。

「少なくとも、シノさんを監禁しているって、北沢クンや事務所を納得させられるだけの材料を出してきてるってコトだよね?」
「たぶんな。…にしてもムカツクなぁ、そいつ。…こっちの都合、お構いなしでかき回してきやがって…」

 机に置かれた多聞の携帯電話を見つめ、柊一は少し考える。

「オマエさぁ、東京行って直に様子見て来いよ」
「…やっぱり、その方が良いかなぁ?」

 さすがの多聞もその結論を導き出したらしく、特に不満を述べずに柊一の意見を肯定した。

「オマエが行ってなにがどう変わるってワケでもないだろうけど、脅迫状の内容を知っておきたいしな。俺らのゲームを勝手にかき回しにきたヤツが誰かが判る、ヒントがあるかもしれねェし」
「うん、分かった。じゃあ、飯食ったら俺すぐに出掛けるよ。ココに戻ってすぐにまた東京に行かなきゃならないのはスッゴイ残念だけど、俺もやっぱりそいつにムカツクから」
「当たり前だろ」

 おっとり刀の多聞に様子を見てこさせるのは少し不安だったが、だからといって柊一が行く訳にもいかない。
 チクチクと棘のような苛立ちを感じながら、柊一は短い溜息を付いた。
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