Komplize

RU

文字の大きさ
上 下
5 / 19

第5話

しおりを挟む
 多聞が怯んだ様子に軽い満足を覚えた柊一は、唐突に自分が空腹である事に気付く。

「…レン、腹減った」
「あ、うん」

 何が何だか解らぬウチにすっかり気勢を制されてしまった多聞は、自分が「監禁をしている立場の有利な人間」である事も忘れている風で、先ほど室内に入ってきた時に手から離したトレーを持ってきた。

「シノさんって、結構偏食が激しいからね。気ィ使って用意したんだよ」

 まるで自慢の手料理を披露するかのような態度で、多聞はベッドの側に小さなテーブルをセッティングすると、トレーをそこに置く。
 今の口論で少し冷めかけてしまっているが、柊一の嗜好に合わせられた料理はそれなりに魅力的だった。
 食事の為にと身体を起こしかけ、柊一は身の上自由を感じる。

「…おい、メシ食わすつもりなら、手ェ解けよ」

 半端に身体を起こした格好で、柊一はそれを要求してみた。

「ダメだよ」

 しかし、申し出は案の定、即座に却下される。

「テメェなぁっ!」

 思わず激昂しそうになった柊一の顔の前に、多聞は人差し指を立てて左右に振ってみせた。

「俺、シノさんと自分の実力差ぐらい、ちゃんと解ってるモン。真っ向から殴り合いになったら、勝てないって事ぐらいね。だから、保険は残しておかないと危ないって知ってるよ。先刻も言ったけど、今のシノさんは捕らえたばかりの野生の獣と同じだモン。懐いてくれるまでは、鎖に繋いでおかないとね」
「…テメェ…後で、覚えてろよ…」
「医者を呼んじゃヤダって言うくらいなんだから、実はシノさんこの状況を自分でも楽しんでるんじゃないの?」
「それとこれとは、別だ」

 低く唸るように呟いた柊一に、多聞はちょっとだけ笑った。

 食事は、多聞の手ずから食べさせられた事さえのぞけば、ごく真っ当だった。
 医者を呼ぶ呼ばないで、柊一に懇願させようとたくらんでいたくらいなのだから、てっきりもっと異常な要求を突きつけられると思っていたので、それに関してだけは肩すかしを食らったような気分だった。
 もっとも、それを望んでいた訳ではないから、柊一はあえてその事には触れなかったが。
 どうやら多聞は、自分が差し出すスプーンを、柊一がおとなしく受け入れている事ですっかり悦に入ってしまったらしい。
 高揚した気分をそのままに、食事の間中たわいのないお喋りを一方的に繰り広げていた。
 食事を終わらせた後、多聞は小振りではあるが高性能なステレオで好みの音楽をかけて、何かを思いつくと、音楽を中断してギターを抱え込み楽譜にペンを走らせたりする。
 それは奇妙に穏やかな時間だった。
 まるで、自分は病床にあって、多聞が見舞いの客として訪れたようだとすら感じてしまう。

「ねェ、シノさん。このフレーズどうかなぁ?」

 平素と替わらぬ無邪気な声で、ギターを奏でながら多聞が訊ねる。

「そうだな…もっと…」

 何気なく答えそうになって、柊一はハッと口を噤んだ。

「もっと…何?」
「テメェで考えろっ!」

 吐き捨てるように言って、柊一は顔を逸らした。

「シノさん…」

 ギターを降ろし、立ち上がった多聞が側に歩み寄ってくる気配がする。

「…シノさん…俺…」

 多聞の指が頬に触れ、柊一は強引に顔をこちらに向けさせられた。

「俺…シノさんが俺を嫌ってる事、知ってるけど…、でも今は、そうやって態度に現すのマズイんじゃないの?」
「誰が監禁されて、相手に好意を持てるかっ! 当たり前だろう!」
「嘘吐き…。シノさん、俺の事がずっと嫌いだったんだろう?」
「はぁ?」

 多聞の言っている事をロクに理解できないウチに、柊一の思考は中断させられる。
 口唇をふさがれ、掛け布の下にのばされた手は素肌をまさぐって柊一の身体に再び火を付けようと蠢いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき(藤吉めぐみ)
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

目標、それは

mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。 今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

処理中です...