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第5話
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多聞が怯んだ様子に軽い満足を覚えた柊一は、唐突に自分が空腹である事に気付く。
「…レン、腹減った」
「あ、うん」
何が何だか解らぬウチにすっかり気勢を制されてしまった多聞は、自分が「監禁をしている立場の有利な人間」である事も忘れている風で、先ほど室内に入ってきた時に手から離したトレーを持ってきた。
「シノさんって、結構偏食が激しいからね。気ィ使って用意したんだよ」
まるで自慢の手料理を披露するかのような態度で、多聞はベッドの側に小さなテーブルをセッティングすると、トレーをそこに置く。
今の口論で少し冷めかけてしまっているが、柊一の嗜好に合わせられた料理はそれなりに魅力的だった。
食事の為にと身体を起こしかけ、柊一は身の上自由を感じる。
「…おい、メシ食わすつもりなら、手ェ解けよ」
半端に身体を起こした格好で、柊一はそれを要求してみた。
「ダメだよ」
しかし、申し出は案の定、即座に却下される。
「テメェなぁっ!」
思わず激昂しそうになった柊一の顔の前に、多聞は人差し指を立てて左右に振ってみせた。
「俺、シノさんと自分の実力差ぐらい、ちゃんと解ってるモン。真っ向から殴り合いになったら、勝てないって事ぐらいね。だから、保険は残しておかないと危ないって知ってるよ。先刻も言ったけど、今のシノさんは捕らえたばかりの野生の獣と同じだモン。懐いてくれるまでは、鎖に繋いでおかないとね」
「…テメェ…後で、覚えてろよ…」
「医者を呼んじゃヤダって言うくらいなんだから、実はシノさんこの状況を自分でも楽しんでるんじゃないの?」
「それとこれとは、別だ」
低く唸るように呟いた柊一に、多聞はちょっとだけ笑った。
食事は、多聞の手ずから食べさせられた事さえのぞけば、ごく真っ当だった。
医者を呼ぶ呼ばないで、柊一に懇願させようとたくらんでいたくらいなのだから、てっきりもっと異常な要求を突きつけられると思っていたので、それに関してだけは肩すかしを食らったような気分だった。
もっとも、それを望んでいた訳ではないから、柊一はあえてその事には触れなかったが。
どうやら多聞は、自分が差し出すスプーンを、柊一がおとなしく受け入れている事ですっかり悦に入ってしまったらしい。
高揚した気分をそのままに、食事の間中たわいのないお喋りを一方的に繰り広げていた。
食事を終わらせた後、多聞は小振りではあるが高性能なステレオで好みの音楽をかけて、何かを思いつくと、音楽を中断してギターを抱え込み楽譜にペンを走らせたりする。
それは奇妙に穏やかな時間だった。
まるで、自分は病床にあって、多聞が見舞いの客として訪れたようだとすら感じてしまう。
「ねェ、シノさん。このフレーズどうかなぁ?」
平素と替わらぬ無邪気な声で、ギターを奏でながら多聞が訊ねる。
「そうだな…もっと…」
何気なく答えそうになって、柊一はハッと口を噤んだ。
「もっと…何?」
「テメェで考えろっ!」
吐き捨てるように言って、柊一は顔を逸らした。
「シノさん…」
ギターを降ろし、立ち上がった多聞が側に歩み寄ってくる気配がする。
「…シノさん…俺…」
多聞の指が頬に触れ、柊一は強引に顔をこちらに向けさせられた。
「俺…シノさんが俺を嫌ってる事、知ってるけど…、でも今は、そうやって態度に現すのマズイんじゃないの?」
「誰が監禁されて、相手に好意を持てるかっ! 当たり前だろう!」
「嘘吐き…。シノさん、俺の事がずっと嫌いだったんだろう?」
「はぁ?」
多聞の言っている事をロクに理解できないウチに、柊一の思考は中断させられる。
口唇をふさがれ、掛け布の下にのばされた手は素肌をまさぐって柊一の身体に再び火を付けようと蠢いた。
「…レン、腹減った」
「あ、うん」
何が何だか解らぬウチにすっかり気勢を制されてしまった多聞は、自分が「監禁をしている立場の有利な人間」である事も忘れている風で、先ほど室内に入ってきた時に手から離したトレーを持ってきた。
「シノさんって、結構偏食が激しいからね。気ィ使って用意したんだよ」
まるで自慢の手料理を披露するかのような態度で、多聞はベッドの側に小さなテーブルをセッティングすると、トレーをそこに置く。
今の口論で少し冷めかけてしまっているが、柊一の嗜好に合わせられた料理はそれなりに魅力的だった。
食事の為にと身体を起こしかけ、柊一は身の上自由を感じる。
「…おい、メシ食わすつもりなら、手ェ解けよ」
半端に身体を起こした格好で、柊一はそれを要求してみた。
「ダメだよ」
しかし、申し出は案の定、即座に却下される。
「テメェなぁっ!」
思わず激昂しそうになった柊一の顔の前に、多聞は人差し指を立てて左右に振ってみせた。
「俺、シノさんと自分の実力差ぐらい、ちゃんと解ってるモン。真っ向から殴り合いになったら、勝てないって事ぐらいね。だから、保険は残しておかないと危ないって知ってるよ。先刻も言ったけど、今のシノさんは捕らえたばかりの野生の獣と同じだモン。懐いてくれるまでは、鎖に繋いでおかないとね」
「…テメェ…後で、覚えてろよ…」
「医者を呼んじゃヤダって言うくらいなんだから、実はシノさんこの状況を自分でも楽しんでるんじゃないの?」
「それとこれとは、別だ」
低く唸るように呟いた柊一に、多聞はちょっとだけ笑った。
食事は、多聞の手ずから食べさせられた事さえのぞけば、ごく真っ当だった。
医者を呼ぶ呼ばないで、柊一に懇願させようとたくらんでいたくらいなのだから、てっきりもっと異常な要求を突きつけられると思っていたので、それに関してだけは肩すかしを食らったような気分だった。
もっとも、それを望んでいた訳ではないから、柊一はあえてその事には触れなかったが。
どうやら多聞は、自分が差し出すスプーンを、柊一がおとなしく受け入れている事ですっかり悦に入ってしまったらしい。
高揚した気分をそのままに、食事の間中たわいのないお喋りを一方的に繰り広げていた。
食事を終わらせた後、多聞は小振りではあるが高性能なステレオで好みの音楽をかけて、何かを思いつくと、音楽を中断してギターを抱え込み楽譜にペンを走らせたりする。
それは奇妙に穏やかな時間だった。
まるで、自分は病床にあって、多聞が見舞いの客として訪れたようだとすら感じてしまう。
「ねェ、シノさん。このフレーズどうかなぁ?」
平素と替わらぬ無邪気な声で、ギターを奏でながら多聞が訊ねる。
「そうだな…もっと…」
何気なく答えそうになって、柊一はハッと口を噤んだ。
「もっと…何?」
「テメェで考えろっ!」
吐き捨てるように言って、柊一は顔を逸らした。
「シノさん…」
ギターを降ろし、立ち上がった多聞が側に歩み寄ってくる気配がする。
「…シノさん…俺…」
多聞の指が頬に触れ、柊一は強引に顔をこちらに向けさせられた。
「俺…シノさんが俺を嫌ってる事、知ってるけど…、でも今は、そうやって態度に現すのマズイんじゃないの?」
「誰が監禁されて、相手に好意を持てるかっ! 当たり前だろう!」
「嘘吐き…。シノさん、俺の事がずっと嫌いだったんだろう?」
「はぁ?」
多聞の言っている事をロクに理解できないウチに、柊一の思考は中断させられる。
口唇をふさがれ、掛け布の下にのばされた手は素肌をまさぐって柊一の身体に再び火を付けようと蠢いた。
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