Marionette -マルチメイド編-

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Scene.15

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「オマエ、バッカじゃねェの!」

 扉を開けて俺を出迎えたマツヲさんの第一声はそれだった。

「スミマセン、お世話掛けます…」

 マツヲさんは呆れ返ったような顔をしたけど、それでも中に入れてくれる。
 結局俺はあの後、ベッドの上に柊一を残したまま、脱いだ服を着込んで仕事で使ってるギターを1棹抱え、マンションを出てきてしまった。
 逃げてる……と思う。
 けれど、今はもうどうしても柊一と顔を合わせる気になれなかった。
 そして逃げ出した俺は、マツヲさんの所に転がり込んだのである。
 独り身の音楽屋なんてのは、大体が昼夜に関係ない生活を送っている。だから深夜早朝を問わず、連絡さえつけばなんでもアリな傾向がある。
 とはいえ先輩のマツヲさんの家にいきなり押しかけるのは非礼過ぎると思ったので、先に携帯から連絡を入れた。
 それでのっけから、件の第一声を頂戴したわけだ。
 もっとも柊一との顛末を本当に話したワケではなく、「やっぱりメモリーカードの初期化が出来なかった不具合から生じる反抗的な態度」とかいう超・ウソ話しかしてないけどさ。
 マツヲさんの家に入った途端、目の前に超・暑苦しいモノが出現した。

「ようこそいらっしゃいませっ!」

 いきなり飛び出てきたのは、マンガ的マッチョ・ボディが真っ黒に日焼けしている男(ピッタピタのハーフ・スパッツ&白Tという姿)で、それが俺に向かって90度角に頭を下げているのだ。

「………やぁ、こ…こんばんわ」
「キミ、わかったから、もうあっち行っててくれる?」

 マツヲさんが引きつり気味に、疲れた声を出している。

「そちらのお客様のお茶とお菓子は、どういったものをお持ちすれば宜しいでしょうかっ!」

 常に口調の語尾に「っ!」マークが付いている超・元気なサムは、俺のヘコッた表情も、マツヲさんの疲れた顔も、全く気にならないらしい。

「お茶はいいよ。ハルカとちょっと込み入った話するから、しばらくリビングには入ってこないでくれる?」
「はいっ! 解っかりましたぁ!」

 クルッときびすを返すと、サムはズンズンと元気よくキッチンの方へ消えていった。
 俺はマツヲさんに勧められて、リビングのソファーに腰を落ち着けつけながら、つい気になったことを訊いてしまった。

「マツヲさん、サムに対してかなり腰が引けてません?」
「だってアイツ、なに言っても全然通じないんだモン! ノリカチャンとかマリンちゃんは、キツイ調子で叱れば反省してくれるんだけど、アイツはそーじゃねぇんだよ。まぁ、マリオネットなんて感情があるフリしてるだけのロボだって、頭では解ってンだけどナ…」
「叱るって、なんかマズイことやらかすんですか?」
「それがまたそうじゃないとこがムズカシイんだよ~。あの調子で暑苦しいわ、無神経だわで、参っちゃうんだけど、やることはなにもかも完璧で、落ち度がまったく無いんだぜ、アイツ!」
「それならいいじゃないッスか」
「だけどこの状況どうよ? オマエのヘコヘコの顔を前にして、お茶もお菓子もないモンだろ? でもアイツはホームキーパーとして当然のサービスをしてるだけだから、叱れないじゃん! でも鬱陶しいじゃん!」
「存在そのものが鬱陶しいって、言えないですか?」
「じゃあオマエは、アイツにそんなこと言えるかよ?」
「俺は言えませんよ。つーか、俺はマリオネットに気を使ってマンション明け渡したような人間ですからね、言えなくて当然でしょう」

 俺の返事に、マツヲさんはなにもかもが抜けていくような長い長い溜息を吐いた。

「そんで、オマエどうするつもりなんだよ?」
「どうもこうも、まだ何にも考えていません」
「まぁ俺は良いけどさぁ。カズヤんトコと違って、俺はヒトリモンだし、部屋も空いてるから、好きなだけ居りゃいいよ。でもオマエ、家賃払ってるマンションにマリオネットを一人住まいさせとくほど、バカな話もねェだろが?」
「そーなんですけど。……とにかくしばらくは頭冷やしたいっつーか、距離を取りたいっつーか」
「それが同棲しているカノジョに対する台詞ならともかく、相手がマリオネットじゃカッコもつかねェよ!」
「だって……俺にはマツヲさんとかカズヤとかアテがありますし、いざとなったらカプセルホテルに泊まり込む事も出来るけど、柊一サンはそんなワケにいかないから…」
「聞き分けのないマリオネットなら、1発や2発、殴り倒して言うこときかせるぐらいの強気を持ってだなぁ!」
「セーフティモードが正常に機能してるかどうかわからんマリオネットを、こっちから殴るんですか?」
「そんならウチのサム、貸してやるよ」
「柊一サンを壊す気はありませんよ」

 やれやれと言った顔で、マツヲさんは肩を竦めてみせる。

「ったく、どうなってンのかねェ? そんなHも出来ない、命令には背く、Mモデルのポンコツ、どうしてそんなに庇いたくなるのか、俺には理解出来ないね!」
「料理が美味いんです」
「そんならウチのサム、おまえにやるよ」

 本気なんだか冗談なんだか、マツヲさんは立ち上がると、キッチンに繋がる扉を開けた。

「うぉーい、サム! ハルカの為に客室の準備してくれや! あとは……おいハルカ、腹減ってる?」
「実は夕飯まだ食ってません」
「うぉーい、サム! 俺とハルカにラーメン作ってくれや!」
「お任せ下さい、御主人様っ!」

 サムに用事を言いつけてる様子がいかにも慣れている。
 口ではブウブウ言いつつも、マツヲさんはサムにすっかり馴染んでいて、ちゃっかり利用しているようだ。

「なんだよ?」
「実はサム君、超お気にじゃないですか?」
「おまえ、いくらサムだからってそこまでサムいジョーダン、よせちゅーの!」

 モノスゴイ嫌そうな顔をして、鼻に皺を寄せている。どうやら本人は自分がサムに馴染みきってるコトに、全く気付いてないらしい。

「でもこんな時間にラーメン食ったら、胃がもたれません?」
「大丈夫、大丈夫。どうせオマエ、気がくさくさしてんだろ? ラーメンの後に俺のとっておき出してやるから!」

 それって、順番逆なんじゃ? とか思いつつも。
 どうせなんでも飲む理由にしてしまうマツヲさん相手に、そんな事を言っても無駄だし。
 実際、気が滅入っている時には、こういうヒトと飲むのも一つの手段だから。
 俺は特に逆らわずに、マツヲさんオススメの「スペシャル・サム君ラーメン」を頂いたのだった。
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