15 / 21
Scene.15
しおりを挟む
「オマエ、バッカじゃねェの!」
扉を開けて俺を出迎えたマツヲさんの第一声はそれだった。
「スミマセン、お世話掛けます…」
マツヲさんは呆れ返ったような顔をしたけど、それでも中に入れてくれる。
結局俺はあの後、ベッドの上に柊一を残したまま、脱いだ服を着込んで仕事で使ってるギターを1棹抱え、マンションを出てきてしまった。
逃げてる……と思う。
けれど、今はもうどうしても柊一と顔を合わせる気になれなかった。
そして逃げ出した俺は、マツヲさんの所に転がり込んだのである。
独り身の音楽屋なんてのは、大体が昼夜に関係ない生活を送っている。だから深夜早朝を問わず、連絡さえつけばなんでもアリな傾向がある。
とはいえ先輩のマツヲさんの家にいきなり押しかけるのは非礼過ぎると思ったので、先に携帯から連絡を入れた。
それでのっけから、件の第一声を頂戴したわけだ。
もっとも柊一との顛末を本当に話したワケではなく、「やっぱりメモリーカードの初期化が出来なかった不具合から生じる反抗的な態度」とかいう超・ウソ話しかしてないけどさ。
マツヲさんの家に入った途端、目の前に超・暑苦しいモノが出現した。
「ようこそいらっしゃいませっ!」
いきなり飛び出てきたのは、マンガ的マッチョ・ボディが真っ黒に日焼けしている男(ピッタピタのハーフ・スパッツ&白Tという姿)で、それが俺に向かって90度角に頭を下げているのだ。
「………やぁ、こ…こんばんわ」
「キミ、わかったから、もうあっち行っててくれる?」
マツヲさんが引きつり気味に、疲れた声を出している。
「そちらのお客様のお茶とお菓子は、どういったものをお持ちすれば宜しいでしょうかっ!」
常に口調の語尾に「っ!」マークが付いている超・元気なサムは、俺のヘコッた表情も、マツヲさんの疲れた顔も、全く気にならないらしい。
「お茶はいいよ。ハルカとちょっと込み入った話するから、しばらくリビングには入ってこないでくれる?」
「はいっ! 解っかりましたぁ!」
クルッときびすを返すと、サムはズンズンと元気よくキッチンの方へ消えていった。
俺はマツヲさんに勧められて、リビングのソファーに腰を落ち着けつけながら、つい気になったことを訊いてしまった。
「マツヲさん、サムに対してかなり腰が引けてません?」
「だってアイツ、なに言っても全然通じないんだモン! ノリカチャンとかマリンちゃんは、キツイ調子で叱れば反省してくれるんだけど、アイツはそーじゃねぇんだよ。まぁ、マリオネットなんて感情があるフリしてるだけのロボだって、頭では解ってンだけどナ…」
「叱るって、なんかマズイことやらかすんですか?」
「それがまたそうじゃないとこがムズカシイんだよ~。あの調子で暑苦しいわ、無神経だわで、参っちゃうんだけど、やることはなにもかも完璧で、落ち度がまったく無いんだぜ、アイツ!」
「それならいいじゃないッスか」
「だけどこの状況どうよ? オマエのヘコヘコの顔を前にして、お茶もお菓子もないモンだろ? でもアイツはホームキーパーとして当然のサービスをしてるだけだから、叱れないじゃん! でも鬱陶しいじゃん!」
「存在そのものが鬱陶しいって、言えないですか?」
「じゃあオマエは、アイツにそんなこと言えるかよ?」
「俺は言えませんよ。つーか、俺はマリオネットに気を使ってマンション明け渡したような人間ですからね、言えなくて当然でしょう」
俺の返事に、マツヲさんはなにもかもが抜けていくような長い長い溜息を吐いた。
「そんで、オマエどうするつもりなんだよ?」
「どうもこうも、まだ何にも考えていません」
「まぁ俺は良いけどさぁ。カズヤんトコと違って、俺はヒトリモンだし、部屋も空いてるから、好きなだけ居りゃいいよ。でもオマエ、家賃払ってるマンションにマリオネットを一人住まいさせとくほど、バカな話もねェだろが?」
「そーなんですけど。……とにかくしばらくは頭冷やしたいっつーか、距離を取りたいっつーか」
「それが同棲しているカノジョに対する台詞ならともかく、相手がマリオネットじゃカッコもつかねェよ!」
「だって……俺にはマツヲさんとかカズヤとかアテがありますし、いざとなったらカプセルホテルに泊まり込む事も出来るけど、柊一サンはそんなワケにいかないから…」
「聞き分けのないマリオネットなら、1発や2発、殴り倒して言うこときかせるぐらいの強気を持ってだなぁ!」
「セーフティモードが正常に機能してるかどうかわからんマリオネットを、こっちから殴るんですか?」
「そんならウチのサム、貸してやるよ」
「柊一サンを壊す気はありませんよ」
やれやれと言った顔で、マツヲさんは肩を竦めてみせる。
「ったく、どうなってンのかねェ? そんなHも出来ない、命令には背く、Mモデルのポンコツ、どうしてそんなに庇いたくなるのか、俺には理解出来ないね!」
「料理が美味いんです」
「そんならウチのサム、おまえにやるよ」
本気なんだか冗談なんだか、マツヲさんは立ち上がると、キッチンに繋がる扉を開けた。
「うぉーい、サム! ハルカの為に客室の準備してくれや! あとは……おいハルカ、腹減ってる?」
「実は夕飯まだ食ってません」
「うぉーい、サム! 俺とハルカにラーメン作ってくれや!」
「お任せ下さい、御主人様っ!」
サムに用事を言いつけてる様子がいかにも慣れている。
口ではブウブウ言いつつも、マツヲさんはサムにすっかり馴染んでいて、ちゃっかり利用しているようだ。
「なんだよ?」
「実はサム君、超お気にじゃないですか?」
「おまえ、いくらサムだからってそこまでサムいジョーダン、よせちゅーの!」
モノスゴイ嫌そうな顔をして、鼻に皺を寄せている。どうやら本人は自分がサムに馴染みきってるコトに、全く気付いてないらしい。
「でもこんな時間にラーメン食ったら、胃がもたれません?」
「大丈夫、大丈夫。どうせオマエ、気がくさくさしてんだろ? ラーメンの後に俺のとっておき出してやるから!」
それって、順番逆なんじゃ? とか思いつつも。
どうせなんでも飲む理由にしてしまうマツヲさん相手に、そんな事を言っても無駄だし。
実際、気が滅入っている時には、こういうヒトと飲むのも一つの手段だから。
俺は特に逆らわずに、マツヲさんオススメの「スペシャル・サム君ラーメン」を頂いたのだった。
扉を開けて俺を出迎えたマツヲさんの第一声はそれだった。
「スミマセン、お世話掛けます…」
マツヲさんは呆れ返ったような顔をしたけど、それでも中に入れてくれる。
結局俺はあの後、ベッドの上に柊一を残したまま、脱いだ服を着込んで仕事で使ってるギターを1棹抱え、マンションを出てきてしまった。
逃げてる……と思う。
けれど、今はもうどうしても柊一と顔を合わせる気になれなかった。
そして逃げ出した俺は、マツヲさんの所に転がり込んだのである。
独り身の音楽屋なんてのは、大体が昼夜に関係ない生活を送っている。だから深夜早朝を問わず、連絡さえつけばなんでもアリな傾向がある。
とはいえ先輩のマツヲさんの家にいきなり押しかけるのは非礼過ぎると思ったので、先に携帯から連絡を入れた。
それでのっけから、件の第一声を頂戴したわけだ。
もっとも柊一との顛末を本当に話したワケではなく、「やっぱりメモリーカードの初期化が出来なかった不具合から生じる反抗的な態度」とかいう超・ウソ話しかしてないけどさ。
マツヲさんの家に入った途端、目の前に超・暑苦しいモノが出現した。
「ようこそいらっしゃいませっ!」
いきなり飛び出てきたのは、マンガ的マッチョ・ボディが真っ黒に日焼けしている男(ピッタピタのハーフ・スパッツ&白Tという姿)で、それが俺に向かって90度角に頭を下げているのだ。
「………やぁ、こ…こんばんわ」
「キミ、わかったから、もうあっち行っててくれる?」
マツヲさんが引きつり気味に、疲れた声を出している。
「そちらのお客様のお茶とお菓子は、どういったものをお持ちすれば宜しいでしょうかっ!」
常に口調の語尾に「っ!」マークが付いている超・元気なサムは、俺のヘコッた表情も、マツヲさんの疲れた顔も、全く気にならないらしい。
「お茶はいいよ。ハルカとちょっと込み入った話するから、しばらくリビングには入ってこないでくれる?」
「はいっ! 解っかりましたぁ!」
クルッときびすを返すと、サムはズンズンと元気よくキッチンの方へ消えていった。
俺はマツヲさんに勧められて、リビングのソファーに腰を落ち着けつけながら、つい気になったことを訊いてしまった。
「マツヲさん、サムに対してかなり腰が引けてません?」
「だってアイツ、なに言っても全然通じないんだモン! ノリカチャンとかマリンちゃんは、キツイ調子で叱れば反省してくれるんだけど、アイツはそーじゃねぇんだよ。まぁ、マリオネットなんて感情があるフリしてるだけのロボだって、頭では解ってンだけどナ…」
「叱るって、なんかマズイことやらかすんですか?」
「それがまたそうじゃないとこがムズカシイんだよ~。あの調子で暑苦しいわ、無神経だわで、参っちゃうんだけど、やることはなにもかも完璧で、落ち度がまったく無いんだぜ、アイツ!」
「それならいいじゃないッスか」
「だけどこの状況どうよ? オマエのヘコヘコの顔を前にして、お茶もお菓子もないモンだろ? でもアイツはホームキーパーとして当然のサービスをしてるだけだから、叱れないじゃん! でも鬱陶しいじゃん!」
「存在そのものが鬱陶しいって、言えないですか?」
「じゃあオマエは、アイツにそんなこと言えるかよ?」
「俺は言えませんよ。つーか、俺はマリオネットに気を使ってマンション明け渡したような人間ですからね、言えなくて当然でしょう」
俺の返事に、マツヲさんはなにもかもが抜けていくような長い長い溜息を吐いた。
「そんで、オマエどうするつもりなんだよ?」
「どうもこうも、まだ何にも考えていません」
「まぁ俺は良いけどさぁ。カズヤんトコと違って、俺はヒトリモンだし、部屋も空いてるから、好きなだけ居りゃいいよ。でもオマエ、家賃払ってるマンションにマリオネットを一人住まいさせとくほど、バカな話もねェだろが?」
「そーなんですけど。……とにかくしばらくは頭冷やしたいっつーか、距離を取りたいっつーか」
「それが同棲しているカノジョに対する台詞ならともかく、相手がマリオネットじゃカッコもつかねェよ!」
「だって……俺にはマツヲさんとかカズヤとかアテがありますし、いざとなったらカプセルホテルに泊まり込む事も出来るけど、柊一サンはそんなワケにいかないから…」
「聞き分けのないマリオネットなら、1発や2発、殴り倒して言うこときかせるぐらいの強気を持ってだなぁ!」
「セーフティモードが正常に機能してるかどうかわからんマリオネットを、こっちから殴るんですか?」
「そんならウチのサム、貸してやるよ」
「柊一サンを壊す気はありませんよ」
やれやれと言った顔で、マツヲさんは肩を竦めてみせる。
「ったく、どうなってンのかねェ? そんなHも出来ない、命令には背く、Mモデルのポンコツ、どうしてそんなに庇いたくなるのか、俺には理解出来ないね!」
「料理が美味いんです」
「そんならウチのサム、おまえにやるよ」
本気なんだか冗談なんだか、マツヲさんは立ち上がると、キッチンに繋がる扉を開けた。
「うぉーい、サム! ハルカの為に客室の準備してくれや! あとは……おいハルカ、腹減ってる?」
「実は夕飯まだ食ってません」
「うぉーい、サム! 俺とハルカにラーメン作ってくれや!」
「お任せ下さい、御主人様っ!」
サムに用事を言いつけてる様子がいかにも慣れている。
口ではブウブウ言いつつも、マツヲさんはサムにすっかり馴染んでいて、ちゃっかり利用しているようだ。
「なんだよ?」
「実はサム君、超お気にじゃないですか?」
「おまえ、いくらサムだからってそこまでサムいジョーダン、よせちゅーの!」
モノスゴイ嫌そうな顔をして、鼻に皺を寄せている。どうやら本人は自分がサムに馴染みきってるコトに、全く気付いてないらしい。
「でもこんな時間にラーメン食ったら、胃がもたれません?」
「大丈夫、大丈夫。どうせオマエ、気がくさくさしてんだろ? ラーメンの後に俺のとっておき出してやるから!」
それって、順番逆なんじゃ? とか思いつつも。
どうせなんでも飲む理由にしてしまうマツヲさん相手に、そんな事を言っても無駄だし。
実際、気が滅入っている時には、こういうヒトと飲むのも一つの手段だから。
俺は特に逆らわずに、マツヲさんオススメの「スペシャル・サム君ラーメン」を頂いたのだった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
首輪 〜性奴隷 律の調教〜
M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。
R18です。
ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。
孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。
幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。
それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。
新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
公開凌辱される話まとめ
たみしげ
BL
BLすけべ小説です。
・性奴隷を飼う街
元敵兵を性奴隷として飼っている街の話です。
・玩具でアナルを焦らされる話
猫じゃらし型の玩具を開発済アナルに挿れられて啼かされる話です。
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
【R18】奴隷に堕ちた騎士
蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。
※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。
誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。
※無事に完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる